無口な彼女と、不機嫌な彼女。
如月さんが付いてくるという、突発的なイベントはあったものの、それからはスムーズに美術室に辿り着く事が出来た。
先頭を歩いていた先生が扉を開けてくれて、真っ先に入っていく。僕と如月さんはその後に続く形で入っていった。
「あん?」
美術室の中に入ると、中には既に水無月さんがいて、椅子に腰掛けていた。そして僕らの存在に気が付いたのか、視線をこちらに向けてきた。
「ど、どうも……」
僕はそんな彼女に軽く会釈をしてみると、水無月さんは眉を潜めてこちらを見た。
「……おう」
彼女はそう短く返してきた後、僕から視線を外そうとして……けど、なにかに気が付いてまだ戻してきた。
「おい。なんだ、そいつは」
「……」
水無月さんは如月さんに視線を向けながら、僕に問い掛けてきた。その上、如月さんに対して指を差すという不敬な行動までしている。
これには僕の脳内にいる如月さん過激派の僕が黙ってはいなかった。怒髪天を衝く勢いで、もの凄く怒っている。
けど、結局は僕の一部なので、威勢がいいだけで特になにかを行動をしたり、水無月さんに言ったりはしないんだけども。
そして指を差された当の如月さん本人はというと、特に動じるといった事もなく、無言で水無月さんの事を見つめていた。
「……」
「……」
如月さんがなにも言わないからか、水無月さんも追って言葉を発さずに、如月さんを見据えている。
ただし、その目付きは凄く鋭いし、ガンを飛ばしている感じでもあった。僕だったら、ビビッてへっぴり腰になるところである。
そんな状況の中でも、如月さんはといえば……相変わらずの無反応だ。まるで水無月さんからの威圧なんて感じていないとでも言っているかの様である。
「だから、誰だって言ってんだよ」
そしてそうした状況に痺れを切らしたのか、水無月さんが立ち上がった。それからこちらに向かって近付いてきて……
「はいはい、ストップよ。ストップ。水無月ちゃんってば、そんな態度を取っちゃダメよ」
と、そう言いながら先生は手を叩き、如月さんと水無月さんの間に割って入ってきた。
「は? なんで止めんだよ」
そんな先生に対して、水無月さんが不満そうな声で返すと、先生は両手を腰に当てて、まるで子供を叱り付けるかの様にして言った。
「もう、そんな怖い顔しないの。可愛い顔が台無しよ?」
「……うっせ。可愛いは余計だっての」
水無月さんは先生からの注意を受けて、バツが悪くなったのか、視線を如月さんの方から外した。
「もう……。まぁいいわ。それより、立花ちゃんと水無月ちゃんは早く課題に取り掛かりなさいな。期限だってもう残り少ないんだから」
「は、はい」
「……ちっ、わーったよ」
水無月さんは舌打ちをした後、元々座っていた席にまた戻っていき、そしてドカッと椅子に座る。
それを見た後で、僕も恐る恐るといった形で、移動をする。その後ろを如月さんがゆっくりとした足取りで付いてくる。
そして昨日と同様、準備室の鍵を先生が開けて、僕と水無月さんが必要な道具を持ち出す。如月さんはただの付き添いなので、特になにかを持ち出す事はない。
で、準備が整ったところで、先生は「じゃ、頑張りなさい」とだけ告げて、そのまま美術室を出て行くのだった。
さて、ひと段落ついたところで……これから僕はどう進めていくべきなのか。先生は出て行ってしまったけども、この室内の空気はあまり良くないままである。
水無月さんは引き続き如月さんに視線を向けてるし、如月さんは椅子に座りつつ、どこか虚空を見つめている。我関せずというか、なにも考えていないだけなのかもしれない。
「え、えーっと……」
とりあえず、僕は課題を進める意思を見せようと、鉛筆を手に取る。しかし、この状況ではどうにも集中しづらい。手は止まったままで、一向に進みはしない。
僕がそうして躊躇していると、ガタっと音がした。音に釣られてそちらに視線を向けてみると、水無月さんがまたも椅子から立ち上がっていた。
「み、水無月……さん?」
「……やっぱり、はっきりさせとかないと気が済まねえ」
彼女はそう言うなり、つかつかと歩き出した。そして水無月さんの向かう先には……如月さんがいる。
水無月さんは如月さんの間近まで接近すると、座っている如月さんを見下ろす形で……いや、そこまで見下ろしてはいないか。
背が小さい彼女だからこそ、なんというかちょうど良い高さに如月さんの頭がある感じだった。
「……おい」
そして水無月さんが声を掛けると、如月さんはゆっくりと彼女の顔を見た。それから無言で首を傾げる。
「なに?」
普通の女の子なら威圧されて、怯えてもおかしくない状況。しかし、如月さんは平然とした態度でそう聞き返した。
「お前、名前は?」
「名前?」
「あたしは水無月彩矢だ。で、お前の名前は?」
「如月心奏」
「ふーん。そうか、如月か」
水無月さんはそう呟くなり、如月さんの事をジロジロと眺め始めた。
「あ、あの……」
「あん? なんだよ」
どうにか助け舟を出せないかと思い、僕が堪らず声を掛けると、水無月さんはこちらに視線を向けてきた。その際に一瞬だが睨まれた気がした。それもかなり鋭い眼差しでだ。
「な、なんでもないです……」
そんな彼女の圧に耐え切れず、僕は怖じ気づいた結果、そんな風にしか返せなかった。
いや、だって……普通に怖いから! 水無月さん、マジで怖いんだって! というか、如月さんはよく平気でいられるよね!? 僕は内心、そう思わずにはいられなかった。
「はぁ? 良く分からんが……ホント、変なやつだな」
そして僕の曖昧な返答に対して、水無月さんはそう返してきた。まぁ、そう思うよね。声掛けておいてなんでもないって言われたら、そうなるよね。うん。
「で、如月。1つ、聞いてもいいか?」
「……なにかしら?」
「お前さ、なんでここにいるんだよ?」
水無月さんがそう問い掛けると、如月さんはまた首を傾げた。
「なんでって?」
「用が無いのにここにいるから、気になったんだよ」
「……」
「別にお前、あたしたちと違って課題未提出な訳じゃないだろ。なのに、どうしてここにいるんだよ」
「……どうしてそれを聞く必要があるの?」
如月さんは首を傾げるのをやめて、今度は逆に水無月さんに問い返した。その質問を受けて、水無月さんは少し驚いた様な表情を浮かべた。
「気になるからだよ。用も無いのにいられたら、気になって仕方ないだろうが」
「そういうものなの?」
「あぁ、そうだよ。で、どうなんだ?」
「用ならある」
「……へぇ」
「用ならあるわ」
水無月さんの問い掛けに対して、如月さんは淡々とそう答えた。そして水無月さんはというと、如月さんの発言に対して、眉をひそめていた。
「なら、その用ってのはなんだよ」
「監視よ」
「……はぁ?」
「蓮くんの監視。それが私の用事」
水無月さんが問い掛けに対して、如月さんはなんの躊躇いもなくそう答えた。それを受けてか、水無月さんは訝しげな表情を浮かべている。
そしてある程度の時間、水無月さんは硬直をした後、ゆっくりと僕の方へ視線を向けてきた。
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