水無月さんは 理解ができない。



「い、いや……か、監視って……は? ど、どういう事なんだよ、それって……」


 良く分からない事を聞いたからか、水無月さんは困惑気味に如月さんへと問い掛ける。それに対して如月さんはやはりというべきか、淡々とした口調で答えた。


「そのままの意味だけど」


「そ、そのまま!?」


「蓮くんには監視が必要だから、そうしてるの」


 表情を全く変えず、如月さんは無表情でそう語る。一方、水無月さんは更に理解ができないといった様子で、困惑ぶりを深めていた。


 でもね、如月さん。少しでいいから、考えて欲しいんだ。僕はその発言に対する経緯を分かっているから、別にいいんだよ。


 だけどね? 水無月さんはそうした経緯を知らないから……多分、理解はできないと思うんだよ。というか、ほとんどの人がそうだと思うよ。


 だから、もう少し言い方を考えて欲しいかなぁ。なんて思っても、言ったところで如月さんには上手く伝わらない気がするけども。


「え……あ、いや……なんだって、そんな……」


「……? どうしたの?」


 未だに如月さんの言葉が理解できず、水無月さんが言葉を詰まらせたのを見て、如月さんは不思議そうにしていた。


 いつもの首を傾げて、なにかを問い掛ける彼女の仕草。まぁ、いつ見ても可愛らしい仕草なんだけど、今はそれどころじゃない。


「え、えっと……如月さん。もう少し、こう……」


 だから僕は率直に思った事を伝えた。すると、彼女はまたも首を傾げた。


「もう少しって?」


「その……言い方というか、なんというか……」


「……?」


「もっと、こう……さっきみたく要点を絞るんじゃなくて、分かりやすい部分を伝えた方がいいんじゃないかな?」


「……」


 僕が拙い語彙力でそう伝えると、如月さんは黙り込んでしまった。もしかすると、上手く伝わらなかったのかもしれない。


 そんな彼女の様子を恐る恐る見ていると、如月さんはしばらくしてからゆっくりと頷いた。


「うん、分かった」


 そして如月さんはそう呟いた後、水無月さんの方へ視線を向けた。


「な、なんだよ」


 視線を向けられた当の水無月さんは少したじろぎながら、如月さんにそう口にする。強気な姿勢の彼女しか見てないからか、なんだか新鮮な感じだ。


 そんな水無月さんに対して、如月さんは……


「課題が早く終わるから」


「は、はぁ?」


「監視が必要なのは、蓮くんのやる気を上げる為よ」


 と、きっぱりと如月さんは言い切った。その発言を聞いた水無月さんが、またも訳の分からなそうな表情をしていた。


「やる気を、上げる為……?」


「そう」


「……意味が分かんねえ」


「……? 分かりやすい部分を伝えたと思うけど」


「いや、どこがだよ!」


 水無月さんは如月さんの返答に対して、そう叫んだ。そして彼女は頭を抱えて……いや、実際に抱えていた。


 まぁ、聞いていた僕からしても、そうなるのも無理はないと思った。改めて如月さんの説明能力の無さに驚かされたというか、剛球ストレートばりの発言に唖然としたというか……うん。


 と、僕がそんな事を考えていると、水無月さんがなにやら壊れた機械の様に、ギギギと首を回して僕の方へと視線を向けてきた。


「おい」


「へ?」


「お前、こいつとどんな関係なんだ? もしかして、付き合ってんのか?」」


「あー、えーっと……」


「そうじゃなかったら、おかしいだろ。用も無いのに付き添って、それで監視だ? 特別な関係でもない限り、そうはならないだろうが」


 怪訝そうな表情で、水無月さんはそう語る。ただ、彼女の指摘は的外れなものでは無いから、否定はできないんだけども。


 特別な関係というか、『元』特別な関係だったというか、ただの共犯関係と言うべきか……如月さんとの関係は、他人には説明しにくい部分があるというかね。


 今は友達という関係だけど、それを言って水無月さんが納得してくれるかな。なんかまた、困惑させてしまう気もするけど。どうしようね、これ。早く課題を進めたいんだけども。


「ねえ」


「あ?」


「蓮くんは、私の友達よ」


 と、僕がどう答えようか悩んでいると、如月さんがここぞとばかりにそう口にしていた。


「友達だ?」


「そうね」


「監視なんかしているくせに、か?」


「そうよ」


「……」


 如月さんがそう答えると、水無月さんは黙り込んでしまった。そしてそのまましばらくの沈黙の後、彼女は大きくため息を吐いた。


「……はぁ。なんかもう、どうでも良くなってきた」


「ねえ」


「あ? なんだよ」


「あなたも蓮くんの友達なの?」


 如月さんは首を傾げてそう尋ねた。それに対して、水無月さんは一瞬だけ驚いた様な表情をしていた。


「友達なら、私と同じね」


「は? いや、ちげえよ」


「……? そうなの?」


「こいつとは、たまたま同じ課題を提出してなかっただけの間柄だよ。別に友達でもなんでもねえ」


「そう」


 水無月さんの返答に対して、如月さんはなんの躊躇いもなく頷いた。それを受けて、水無月さんは頭を掻いていた。


「あぁ、もう。調子が狂うなぁ。なんか、もうなんだっていいわ……」


 そして水無月さんはそう呟くと、元いた場所に戻って椅子に座った。どうやら如月さんについて、理解する事を諦めたみたいだった。


 まぁ、うん。それなりの付き合いのある僕でも、まだ如月さんについては理解できていない部分があるから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。


 それに僕もそろそろ課題を進めたいから、諦めてくれた方がありがたいんだけども。


 気を取り直して……僕も課題を進める為に、作業を再開しようと鉛筆を手に取る。


 取り掛かる直前に、僕はちらっと如月さんがいる方へ視線を向ける。視線を向けた先にいる彼女は、手持ち無沙汰でいる様子だった。


 窓の外の景色を少しだけ眺めた後、自分の鞄の中から本を取り出して、それを読み始める。


「……」


 僕はそんな如月さんの様子を横目に見ながら、課題に取り掛かるのだった。


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