如月さんは 付き添いたい。



「え、えっと……どうしたの?」


「……」


声を掛けてみるものの、返事はない。如月さんはただ無言で僕を見つめるだけだった。特に目立った反応を見せる事もない。


「あの……如月さん?」


どうしたものかと思い、もう一度名前を呼んでみる。しかし、それでもやはり反応がない。いつも通りの無表情、如月さんフェイスを見せるだけである。


……いや、本当にどういう事なのだろうか。如月さんは何の用でここにいるのか。どうして僕らの後に付いてきているのか。意図がまるで掴めない。


そんなだから、次はなんて声を掛けるべきか悩んでいると……唐突に僕の頭頂部を軽い衝撃が襲った。


「あいてっ」


「このお馬鹿さん。なにやってるのよ」


その衝撃の発信源は釜谷先生だった。先生は手にしていた冊子の表紙側で、僕の頭を叩いたらしい。


「え、その……なんで叩かれたんですか、僕」


「決まってるでしょ。女の子に対して、うだうだと分かりきった事を聞かないの」


「は、はぁ……。でも、分かりきった事ってなんですか?」


「……全く。それでも如月ちゃんの彼氏なの? あっ、今は元彼氏だったわね」


「それは言わないでください!」


思わぬところで襲い掛かってきた、先生からの精神攻撃を胸に受けつつも、僕は少し涙目になりながらそう返す。


すると、先生はため息を吐きつつ、僕の事をまるで残念に思っているかの様な、呆れた目で見てきた。


「そんな事を聞くなんて、立花ちゃんは本当に野暮ねぇ……」


「いや、野暮って……でも、そうは言いますけど、本当に分からなくてですね……」


「もう、仕方ないわね。じゃあ、特別に教えてあげるわ」


「は、はい」


「いい? 如月ちゃんはね、立花ちゃんに用があって付いてきてくれているのよ」


「えっ……? そ、そうなの?」


先生からそう告げられ、僕は如月さんの方に視線を向ける。彼女は相も変わらず無感情で無表情だったけど、今度はゆっくりと頷いて反応してくれた。


「そうじゃなかったら、如月ちゃんはここにいるはずがないでしょ。元彼氏だったら、それぐらい察してあげなさい」


先生はそう言った後、僕の肩を軽く叩いてきた。いや、あの……さっきから叩きすぎですよ? 体罰とかでPTAに訴えられても知りませんよ?


まぁ、それはさておいて。先生の指摘で如月さんがどうして付いてきたのかは理解できた。けど、まだその理由については分かっていない。


用があるにしても、それがなんなのか。今朝の事を思い返してみても、そんな心当たりはなかった。


そんな風に僕があれこれ思考を巡らせていると、不意に僕の制服の裾が軽く引っ張られた。引っ張ったのはもちろん、如月さんであった。


「へ?」


「……」


「あ、あの……如月さん……?」


僕はただただ、困惑していた。急にそんな事をされれば、誰だって動揺くらいはすると思う。特に如月さんからされたのなら、尚更だ。


しかも、そうした張本人である彼女は、相変わらずの無表情で首を傾げていて、僕の事を見ている。いや、そろそろ口を開いて貰えると、助かるんですけど……。


「蓮くん」


と、僕がそう思っていると、ようやく如月さんが言葉を発した。僕の名前を呼んで、彼女は続ける。


「早く行かないの?」


「え、えーっと……?」


「課題、やるんでしょ」


「あっ、うん。そうだけど」


「じゃあ、行かないと」


「いや、それはそうだけど……なんで如月さんが付いてくるのかなって……」


僕が彼女に向かってそれを指摘すると、如月さんは首を傾げてから、再び口を開いた。


「煌真が言ってた」


「……? 卯月がって、どういう事……?」


「私が監視した方が、早く終わるって」


「それって……」


「その方がやる気が上がるって言ってた。良く分からないけど」


いや……まぁ、確かにやる気が上がると言えば上がるんだけど。でも、卯月が言っているのはそういう事じゃない気がする。


しかも、あれって卯月の言ってた冗談だよね。その冗談を如月さんが本気にしたという事なんだろうか。


……なんというか、如月さんらしい勘違いだなぁ。普通なら、真に受けたりなんかしないと思うんだけど。


まぁ、それも彼女の魅力の1つなのかもしれない。勘違いしてしまう如月さん。可愛いよね。うん。


「あらあら、如月ちゃんってば、優しいのね。こんな課題提出が遅れているだけの立花ちゃんに、付き合ってくれるなんて」


そしてそれを後ろで聞いていた先生は、涙を拭う様な素振りを見せつつ、如月さんに向かってそう言った。


「ほら、立花ちゃん。如月ちゃんはこう言ってくれてるんだから、その期待に応えないと駄目でしょ?」


「ま、まぁ、そうなんですけども……その、いいんですか?」


「あら、なにがかしら?」


「いや、課題提出済みの如月さんが、僕の付き添いをする事について、何も言わないんですか?」


「アタシからすれば、物好きねとしか思わないわ。そ、れ、に、如月ちゃんがそうしたいのなら、アタシからは何も言う事はないわよ」


先生はそう言いつつ、如月さんにウィンクをして見せた。またおぞましい事をしているよ、この先生は……。


「ほら、そうと分かったのなら、早く行くわよ。立花ちゃんは如月ちゃんの貴重な時間を奪っている事を自覚なさい」


「は、はぁ……。分かりました……」


僕はそう返事をすると、先生はまた美術室に向かって歩き出す。その背中を見た後で、僕は如月さんの方に視線を向けた。


「えっと……如月さん、その……ありがとう」


「……? どういたしまして」


如月さんは短くそう告げた後、先生の後を追う形で前に進んでいく。


「早く行こ」


「あ、うん。そうだね。行こうか」


如月さんに促されて、僕もまた先生や如月さんの後に付いて行く。そして美術室に向かって今度こそ、真っ直ぐ歩いていくのだった。



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