憂鬱な放課後、何故かそこにいる彼女。



 さてさて、残りの授業も全て終わって、放課後の時間帯を迎えた。


 今日もこの後に課題を終わらせるという、僕にとって憂鬱な時間と作業が待っている。まぁ、その課題を提出すれば、晴れて解放されるという訳なんだけれども。


 僕は荷物を纏め終えると、そのまま自分の席から立ち上がった。そしてそのまま教壇の方に向かって歩いていった。


「あら?」


 そんな僕を見掛けてか、ホームルームを終えたばかりでまだ教壇付近にいた釜谷先生が声を掛けてきた。


「なにかしら、立花ちゃん。アタシに何か用でもあるのかしら?」


「あ、いえ。用って訳じゃないんですけども……」


「じゃあ、なんなのよ?」


「えっと……今日もまた課題をやるので、先生に付いて行こうと思いまして」


 僕が頭を掻きながらそう告げると、釜谷先生はとても不思議そうな表情を浮かべていた。


「はぁ……。また立花ちゃんったら、変な事を言い出して……」


「そ、そうですか……?」


「そうよ。別にアタシに付いて行かなくても、先に行けばいいじゃないのよ」


「そ、それは、まぁ……そうかもしれないですけど」


 目を泳がせつつ、僕はそう答える。それと同時に、僕はしどろもどろになりながらも、先生をどうやって説得すればいいのかを考える。


 どうしてわざわざ釜谷先生に付いて行こうとしているのかといえば、理由についてはとても単純なものである。


 だって……また先生よりも先に美術室に着いて、それで水無月さんと2人きりになるのが気まずいからだ。


 結果として、如月さんや卯月、それから弥生さんと僕の持ちうる人脈をフル活用しても、水無月さんの情報は全く得られなかった。だからこそ、また昨日の様な状況になる事だけは避けたいと思ったのだ。


 それで1人で先に美術室に向かうのは心細いからこそ、先生を盾にして付いて行こうとしているのだ。名付けて、絶対防楯ぜったいぼうじゅん釜谷先生作戦である。


「で、でも、向かう先は一緒なんですから、僕が先生に付いて行ったって、いいじゃないですか」


 愛想笑いで誤魔化して、いかにも自然な感じで取り繕いながら、僕はそう口にする。


 別に僕は無理難題を言っている訳じゃないんだから、このままいけば普通に受け入れてくれるだろう。


 そんな風に僕が算段を立てていると、先生は腕を組んだ後になにやらこちらを訝しむ様な視線を向けてきたのだ。


「まぁ、断る理由も無いから、立花ちゃんの好きにしたらいいけど……それってただ単に、1人で美術室に向かうのが怖いだけでしょ」


「ぎくっ……!」


「ほら、図星じゃないの。どうせ水無月ちゃんの事が苦手だから、アタシを緩衝材にする気でしょ」


「い、いやぁ……それは、その……」


 やれやれといった感じの先生を前にして、僕は思わず目を逸らしてしまう。嘘を吐くのが下手くそな僕に、先生を誤魔化す事は至難の業だった。


「けど、いいわ。立花ちゃんの言う通り、行き先は同じなんだから、一緒に行きましょう」


「……えっ?」


 釜谷先生が自分の荷物を纏め始める中、僕は思わず目を丸くしてしまった。てっきり僕は、早く1人で行けと断られる流れだと思っていたから。


 そんな僕の反応を見てか、先生は小さく溜め息を吐いた。そして怪訝そうな目で、僕の事を見てくる。


「あら、なによ。自分から言い出した事なのに、その反応は」


「え、えーっと……なんかこう、先に行きなさい的な流れだと思ったので」


「そうね。本当は一度、職員室に戻ってから行こうかと思ったけど、そこまで立花ちゃんに求められたら、仕方ないわね」


 先生はそう言い終えた後、僕に向かってバチっとウィンクをしてみせる。それはなんというか、妖怪みたいなゲテモノ的スマイルだった。


「え、いや、そこまで求めてないので。ただ盾にしようと思っただけですから」


「先生に向かって、なんて口を聞いているのよ!!」


「ぎゃひんっ!!」


 僕が真顔でそんな口を叩くと、思い切り頭に渾身の空手チョップを喰らった。その凄まじい痛みに、僕は思わず頭を抑えながら蹲ってしまう。


「ほら、早く行くわよ。先生だって、暇じゃないんだから」


「は、はい……」


 釜谷先生に急かされながら、僕はその後を付いていく。特に寄り道とかはしないだろうから、このまま美術室に直行する流れだろう。


 そうして無言で僕は校内を歩いていくけども、その道中で先生が急に足を止めた。そして振り返ってこちらを見てくる。


「え、えっと……どうしたんですか?」


「いや、どうしたのって……こっちが聞きたいわよ」


「へ?」


「ほら、後ろ」


 そう言って先生は僕の背後に指を差した。何の事かと思いながらも、僕は振り返ってみた。すると、そこには……


「……如月さん?」


 そう。そこには何故か、如月さんが立っていたのだ。いつもの無表情で、何食わぬ顔で、僕らの事を見ていた。


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