彼女が語る、水無月さんの印象について。
「実を言うと、ちょっと聞こえてたんだよね。今朝の立花くんたちの会話」
「聞こえてたって……でも、弥生さんはその時、近くにはいませんでしたよね?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、どうやって……」
「別にそんな複雑な事でもないよ。少し離れた場所にいても、教室内って広いようで狭いからね。距離があっても、聞こえるもんだよ」
「そ、そうなんですか……」
「それに人ってさ、自分の名前を呼ばれると、ついそっちに反応しちゃうからね。会話の中で私の名前が出れば、意識が向くって感じかな」
「なるほど……」
確かに弥生さんの言う通り、意識が向いてなくても自分の名前が出た途端に反応してしまう事はある。例えそれが自分に向けられた言葉じゃなかったとしても。
あの時は僕と卯月が弥生さんの事を口にしたから、それに反応をして耳を傾けていた……という感じかもしれない。
……それが無くても、彼女は周りに向けて耳を傾けていたかもしれないと思うのは、僕の思い過ごしだろうか。
弥生さんの観察力や洞察力……それに、周囲に向けての過剰なまでの気配り。それを考えれば、それをしていたと言われてもおかしいとも思わない。
彼女の擬態能力と騙しようはピカイチなのだから。
「で、聞きたい事ってなにかな? 私の答えられる範囲でなら、答えてあげるよ」
「あ、えっと……」
「早くしないと昼休みが終わっちゃうし、ここに長居をするのもあまり良くないからさ。ほら、早く聞いてよ」
弥生さんは急かす様にそう言ってくる。正直なところ、水無月さんについては、別にそこまでして聞きたい事でも無かったのだけれども……。
しかし、ここまでお膳立てをしてくれたとあれば、聞かないというのも申し訳なく思ってしまう。
だから、僕は意を決して彼女に向けてこう聞いた。
「じゃあ、質問をしても良いですか?」
「うん、いいよ。聞いてあげる」
弥生さんはそう答えつつ、僕の方を見て小さく微笑む。
「えっと……水無月さんっていう生徒についてなんですが……」
「水無月……」
「どういう人なのか、弥生さんは何か知ってますか?」
僕がそう問い掛けると、弥生さんは少し考える様な素振りを見せてから答えてきた。
「水無月さん……隣のクラスの、水無月彩矢の事で合ってる?」
「あっ、はい。そうです。その人です。その……知っているんですか?」
「うん、知ってるよ。知ってるけど……どうしてその子の事、知りたいの?」
「えっと、それは……」
どうしてと聞かれたけど、なんて答えればいいのだろうか。同じ課題未提出組で、彼女に変な絡まれ方をされてるから、水無月さんの事について知りたいんです、とはあまり言いたくない。
そうした事情を話すのはちょっと説明が長くなるので、適当に割愛して、誤魔化してもいいのかもしれないけど……どうしよう。
そんな風に僕がどうするか考えていると、なにやら弥生さんがニヤニヤとした笑みで僕の顔を覗き込んでいた。
「えっと……弥生さん?」
「いやいや、立花くんも隅に置けないなぁ……と思ってさ」
「へ?」
「その子の事について知りたいのは、心奏ちゃんから乗り換える為に聞きたいんでしょ」
「はい!?」
「この間、心奏ちゃんと別れちゃったから、次の相手にしようと思って、目を付けたんでしょ」
「い、いや! そんなんじゃ!」
僕が慌てながら否定すると、弥生さんはニヤニヤとした笑みをこちらに向けていた。
「ははは、ごめんごめん。分かってるから大丈夫だよ。立花くんは心奏ちゃん一筋だって」
「えっ……?」
「ちょっと面白そうだったから、からかっただけだよ。だから、本気に捉えないでね」
そう言って、弥生さんはあははと笑いながら僕に向かってウィンクをしてきた。からかわれただけの事に気付いた僕は、少し恥ずかしくなってしまう。
「それで、水無月彩矢の事についてだね。その子についてなんだけど……」
「は、はい」
「……ごめんね。彼女の事は、そこまで詳しくは知らないんだ」
彼女はそう言った後、僕に向けて手を合わせてきた。
「その子って誰とも絡んだりしないから、情報が少ないんだ。隣のクラスの子に聞いても、知らないって言われるし」
「……そうですか」
「あっ、でもでも。全く情報が無いって訳じゃないよ。これでも何回かは自分で話し掛けた事があったからさ。まぁ、邪険にされて終わったけど」
やれやれと言わんばかりに肩をすくめる仕草をしてくる弥生さんであった。まぁ、僕も同じ扱いを受けた事があるからこそ、それについては同意である。
「彼女がどんな人かと言えば、私が思うに優しい子だと思うよ」
「……うん?」
えっと、優しい? 彼女が? 滅茶苦茶、態度とか言葉に棘があるのに?
「でも、その……不良みたいな感じですけど、それでも優しいんですか?」
「そうだね。口は悪いし、態度も悪い。周りと協調せずに常に1人でいるけど、それでも私はそうだと思うよ」
「その根拠とかは……」
「根拠は無いんだけど……でも、そう感じるんだよね。ある意味、心奏ちゃんと似ているところがあると思うかな」
「き、如月さんと……?」
いやいや、何を言ってるんだ弥生さんはあれは。どう考えても違うと思う。だって、如月さんは天使だけど、水無月さんはどっちかと言えば悪魔寄りだと思うし。
「……僕はそんな風には思えないんですが」
「まぁ、どう思うかは立花くんの自由だからさ、否定はしないよ。でも、私がそうだと思ったというのを、心の片隅でもいいから覚えておいてね」
「は、はい……」
「で、立花くん。水無月彩矢についてはこんなところなんだけど……他に何か知りたい事とかはある?」
「……いえ、特には無いです」
僕がそう言うと、弥生さんは小さく笑った後、こちらに向かって近付いてきた。
「じゃあ、これで話は終わりって事かな?」
「えっと、そう……ですね」
「なら、ここから早く出よっか。あんまり長居してもあれだし」
弥生さんはそう言うと、扉の施錠を解き、そしてドアノブに手を掛けて、そのまま部室の外へ出ていく。
「ほら、立花くんも早く」
「あっ、はい。分かりました」
弥生さんに促された僕は、慌てて彼女を追って部室の外に出た。そして彼女は合鍵を使ってまた施錠をして、僕の方へ向き直った。
「じゃ、あーしは合鍵を元の位置に戻してくるから、立花くんはテキトーに戻るといい感じかなー」
一瞬にして、弥生さんは僕に対して擬態した姿を見せる。口調や仕草もいつも教室で見せる彼女そのものだ。
部室の外に出たからこそ、誰に聞かれるか分からないから、そうしたのだろう。そうした変わりようは、本当に見事としか言いようがない。
「それじゃあね。昼休みの残り時間、短いけどゆっくりするといいよー」
そう言った後、弥生さんは部室棟の廊下を歩いていき、そしてすぐに姿を消した。
僕はそんな彼女の後ろ姿を見送った後、教室へと戻る事にしたのだった。
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