弥生さんとは関わりづらい。
「弥生なら、大抵の生徒の情報くらい把握してるはずだから、その水無月ってやつについても知ってるんじゃないか」
「それはそうかもしれないけど……」
僕はそう言いながら、弥生さんがいる場所に視線を向けた。そんな彼女は今、他のクラスメイトと仲良く談笑をしているところだった。
決まった集まりというか、グループとか関係無しに、弥生さんはみんなの輪の中に入っていける人だ。
どんな相手だろうと、僕みたいな陰キャだろうと、分け隔てなく接する事ができる稀有な人でもある。
……けど、僕は知ってしまったのだ。この間の放課後に。目に見えている彼女の姿が、本当の姿じゃないという事を。
それを知ってしまったからこそ、弥生さんに対して接しにくいと思ってしまう。しかも、あの時から彼女とはほとんど話していないから、余計に関わりにくいのだ。
「でも、弥生さんに頼らなくても……」
「あ? お前、水無月ってやつの事を知りたいんじゃないのか?」
「いや、まぁ……別に知らないなら知らないで、それで良かっただけの話だから……」
「そうなのか」
「うん。だから、そこまで話を広げなくてもいいかな……って」
僕がそう言うと、卯月は少し考える素振りを見せる。そして彼は納得した様に頷くのだった。
「ま、お前がそう言うのなら、それでいいけどな」
「あはは……ごめんね、なんか気を遣わせちゃって」
「別にいいさ。とりあえず、今日も頑張れよ」
卯月はそう言いながら僕の肩を軽く叩くと、頭を掻きながら自分の席に向かっていく。そんな彼の姿を僕は黙って見送った。
しかし……卯月って本当に良いやつだよなぁ。顔だけ見ればただの不良にしか見えないけど、内面は全然違う。
彼と知り合ってからは色々と気遣ってくれたり、手助けをしてくれた事もあった。最初は怖い印象しかなかったけど、それも今では見る影もないな……。
いつも助けて貰ってばかりだから、いつかちゃんとお返しをしないと。ただ、それがいつになるかは分からないけども。
そして卯月が離れていった事で、また如月さんと2人という状況となった。
「……」
「……」
2人になったからって、別に会話が生まれるといった事は無い。如月さんはなにか考えている様な感じだし、僕も話を振る度胸も無かった。
そもそも彼女との会話の始まりといえば、如月さんの事をジッと見ていた僕の視線に彼女が気づいて、それで話し掛けてくれたというものだ。
卯月の介入で有耶無耶になったけど、それを蒸し返されても僕が困るだけなので、その話を振る事はできない。
どうするべきかと悩んでいると、僕の腕に何かがちょんちょんと触れた。
「ん?」
僕はそれがなんなのかを確認する為に、視線をそちらに向ける。すると、如月さんが僕の腕を指でつついていた。
「えっと……?」
「ねえ」
「は、はい!」
彼女に声を掛けられて、僕は思わず上擦った声で返事をしてしまった。如月さんとの会話の数も以前に比べたら増えてきているから、ある程度は慣れてきた部分はある。
それでも急な感じだと、こういった反応になってしまう。そこはただ、僕の性格の問題でもあるけど。でも、如月さんはそんな僕の事を気にも留めず、ただジッと僕を見つめていた。
何をしたいのか分からないけど、とりあえずは彼女の反応を伺いながら、僕は次の言葉を静かに待った。
「……」
けど、続く言葉はどれだけ待ってもやってこない。如月さんは後ろで手を組んで、なにもしゃべらない。
話すタイミングを伺っているのか、それとも話を切り出すのを躊躇っているのか。もしくは僕と同じで話す勇気を持てないでいるかもしれない。
いずれにせよ、ここで僕が急かしてしまうのは無粋だ。だからこそ、僕は如月さんの言葉を待ち続けた。
そして少ししてから、如月さんはようやく口を開いた。
「……蓮くんは、どうするの?」
「え?」
「今日の放課後、蓮くんはどうするの?」
「あ、えっと……」
いつもの如月さんの言葉足らずなところが出たから、最初はどういう事か掴めなかったけど、二言目を聞いてなにが言いたいのかようやく伝わった。
彼女が聞きたいのは、僕の放課後の予定についてだろう。どうしてそれを聞きたいのかは分からないけど、聞かれたのなら素直に答えるべきだ。
「その……今日も引き続き、課題を進めるつもりだけど……」
「……そう」
僕がそう答えると、如月さんは小さく頷いた。そんな彼女の仕草を首を傾げながら見ていると、如月さんは不意に足を1歩だけ前に出して、僕の傍に寄ってきたかと思えば……
「へ?」
彼女は無言で、何故か僕の肩を叩いてきた。それも2回。え? なに? なんなの?
「え、えーっと……如月さん?」
「なに?」
「その……これは一体……」
「煌真の真似」
「真似って……」
「さっきやってた。頑張れって」
い、いや、確かにさっき卯月がやった事だけど……それを如月さんまでやってくるだなんて、ちょっと意外だった。
というか、どうしてやりたくなったのか、そこが疑問だった。如月さんって、こういう事をしてくるタイプじゃないと思うけど……。
……ひょっとすると、卯月の行動を見て、これが友達としてのやり取りだと、そう捉えてしまったのだろうか。
それで彼の真似をしてみた……って感じかな。……意外性ありありでしょ、この行動。
「頑張って」
そして彼女はまたもや肩を叩いてきた。友好の証なのか、健闘を祈っているのか……とにかく、もうよく分からないけども、良いと思う。うん、良い! 最高!
「う、うん、ありがとう」
僕はそう言って、如月さんにお礼を言った。それから彼女は小さく頷いた後、自分の席へと戻っていったのだった。
そんな如月さんの姿を見送った後、僕は脱力しながら机の上に突っ伏した。
「……はぁ」
なんかもう、疲れてしまった。まだ授業も始まっていないというのに、疲労感が込み上げてくる。
あれだけ如月さんや卯月に励まして貰ったというのに、こんな体たらくなのは申し訳ないと思う。
けど、重い。重く感じてしまう。その気遣いが、まだ課題を終わらせられていない僕に対しての負い目として、心に重く圧し掛かってきているのだ。
「まぁ、結局はやれなかった自分が悪いんだけどね……」
そう小さく呟いた後、僕は大きくため息を吐いた。そしてそのまま突っ伏した状態で、僕はホームルームが早く始まらないかと待ち続けた。
「……ん?」
その時、僕の頭になにかが当たる感触がした。触れるというよりかは、なにかがコツンと軽く当たった感じで、その感触は一瞬だけだった。
なにが起こったのかを確認する為に、僕は顔を上げてみる。すると……
「えっ……紙飛行機?」
そう、何故か机の上に紙飛行機が置かれていたのだ。いや、置かれていたというよりかは、僕に当たって机の上に着陸したというべきなのだろうか。
「なんで?」
僕はその紙飛行機を手に取り、どこから飛んできたのかを探っていく。辺りをキョロキョロと見渡して探していると、教壇の付近でこちらに向かって手を振っている弥生さんの姿が目に入った。
「立花くん、ごめんねー」
弥生さんはそう口にしながら、こちらにゆっくりと歩いてきた。そして僕の席の傍で立ち止まると、彼女は僕に話し掛けてきた。
「それ、あーしが飛ばしたやつなんだ」
「あ、そうなんですか……」
「うんうん、適当に飛ばしてたら、立花くんの方にいっちゃってさー」
快活な笑みを浮かべながら、彼女はごく自然な感じに僕に話し掛けてくる。まるで、この間の事が無かったかの様に。
「ホント、ごめんね。次からは気を付けるからさー」
「い、いえ、そこまで謝らなくても……」
「お詫びと言っちゃなんだけど、それあげるね」
「へ?」
「じゃ、そういう事だから。じゃーね」
そう言って弥生さんは手を振って、自分の席へと戻っていった。そんな一連の流れを目の前で見ていた僕は、ただ呆然とするしかなかった。
「な、なんだったんだ?」
そう呟きながら、手に持っている紙飛行機に視線を向ける。すると、その内側になにか書かれているのが見えた。
「え? なんだろう……」
僕は紙飛行機を広げて、中に書かれている文章に目を向ける。そこには驚愕する内容が書かれていた。
「……嘘でしょ」
僕は紙飛行機を机の上に置き、もう一度その中身を確認する。しかし、何度見ても書いてある内容が変わる事は無かった。
「……はぁ」
後々の事を考えながら、僕は大きくため息を吐き、頭を抱えてまた机の上に突っ伏すのだった。
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