課題が終わらない。



 結論から言おう。僕はその日の放課後の時間をまるまる使ったのだけど、自画像は完成まで辿り着く事は出来なかった。つまり、未完成です。はい。


 そもそも、たったの数時間で僕が絵を完成させられる訳がないのだ。そんな事ならもう終わってるし、こんなに困ってなんかいないよね。


 とりあえず、この数時間で得られた戦果はというと……顔の輪郭と中途半端な耳。以上の2つだけである。


 いや、まぁ……自分でも思うけど、酷いってレベルじゃない。本当に今週末までに終わるかどうか、怪しくなってきた。


 あっ、ちなみに水無月さんはというと……僕の進捗が思わしくないと分かった時点で、さっさと帰ってしまった。


 彼女だってまだ輪郭しか描き上げていないというのに、それでいいのかと思ったけども、僕と違って絵のスキルは高そうだから、別に困っていないのだろう。


 ただ、それにしても……水無月さんはどうして美術室まで足を運んだというのに、描こうとしなかったのは何故なのだろうか。


 美術室に来たという事は、課題を終わらせる意思は少なからずあるはずだ。なのに、あの時の彼女は課題を終わらせる気が無かった様に見える。


 なんでだろう……とは思うけども、彼女なりになにか事情があるのかもしれない。それをほとんど他人に近い僕が詮索するべきではないだろう。


 という事で、日は跨いで翌日を迎えた。今日も今日とて日差しは強く、夏真っ盛りと言った暑さだ。むしろ、猛暑日と言ってもいいかもしれない。


 こんな日はクーラーをガンガンに効かせた部屋に引き籠もって、時間を気にする事なくのんびりと過ごしたい。でも、そんな事をすれば母さんや先生にもれなく怒られるに決まっている。


 社会に出ている会社員の人たちが休めない様に、僕ら学生も学校がある日はちゃんと出席して、勉強をしなくてはならないのだ。


 そうして今日も僕は嫌々ながらも家を出て、学校に辿り着いた。そして下駄箱で上履きに履き替え、自分のクラスに向かうというルーチンワークをこなして、教室の扉を開く。


 僕が教室に入ると室内にいるのはまだ少人数で、いつもに比べてまばらな印象を受けた。まぁ、クラスメイトが多くいたところで、話し掛ける相手は極少数なんだけども。


 そして僕が自分の席に向かっていくと、その道中で如月さんが既に登校していて、自身の席に座っているのを目にした。


 彼女は相変わらず周りのクラスメイトには我関せずといった感じに、読書に勤しんでいた。その姿は本当に絵になるというか、思わず見惚れてしまうものだった。


 僕は自分の席に辿り着いた後も如月さんの事をジッと見つめていると、その視線に気が付いたのか、彼女は本から顔を上げて僕の方に目を向けた。


「あっ」


「……?」


 そこで僕が思わず声を漏らすと、如月さんは首を傾げて怪訝な表情を浮かべた。そして彼女は読んでいた本を閉じて、立ち上がってから僕の席に向かって歩いてきた。


「おはよ」


「う、うん、おはよう」


「で、どうしたの?」


 彼女は後ろで手を組ながら、少し不思議そうに僕に尋ねてきた。そうした仕草も、彼女の場合は絵になるから素敵だと思った。


「なにか用なの?」


「い、いや、用って訳じゃあ……」


「じゃあ、なんで私を見てたの?」


「それは、その……」


 如月さんに見惚れていたから見てました、だなんて言えるはずもなく、僕は言葉を濁して視線を逸らした。


 すると、そのタイミングで僕ら2人の間に割って入って来る人物がいた。それは……


「朝からなにやってんだ、お前ら……」


「あっ、卯月」


「……煌真」


 そう、やって来たのは卯月だった。彼は面倒くさげに頭を掻きながら、僕らの方へと歩いて来た。


「また立花がなにかやらかしたのか?」


「そう」


「いや、そうって……」


 如月さんが短く淡々と、そして無表情で卯月にそう言うものだから、僕は思わずそう漏らしてしまった。


 確かに、僕がやらかしているのは事実なんだけど、もう少し慮ってくれてもいいのに……なんて僕は思ってしまう。


「そういえば、やらかしと言えば……立花、課題の方は終わったのか?」


「えっと……それは、その……まだだけど」


「なんだ、終わってねえのかよ」


 卯月は僕の言葉を聞いて、呆れた様な表情を見せた。そして如月さんはというと、特に表情を変える事なく、ただ僕の方を見ていた。


「いやいや、昨日の今日で終わるぐらいなら、そもそも課題未提出みないな事にはなってないから」


「……自信満々に言ってるが、未提出なのはお前の自業自得だからな」


「……すみません」


「ったく」


 卯月は溜め息を吐いて、それから如月さんの方に目を向けた。


「こいつがこんな調子なら、お前が立花を監視した方が早く終わるかもな」


「私が?」


「その方がやる気が上がるかもしれんぞ」


「……そうなんだ」


「まぁ、冗談だが」


 肩をすくめながら卯月がそう言うと、如月さんは無表情のまま小さく首を傾げていた。


 意味を把握しかねているのか、それともなにを言われているのか分からないのか、とにかくそんな風に僕は感じ取ったのだった。


「とにかく、今週末が期限だからといって、悠長にしている時間はねえぞ」


「そ、そうだね」


「だったら、もっと危機感を持ってちゃんとやれよ。そんな調子だと、いつまで経っても終わらないぞ?」


「……はい」


 卯月にそう言われた僕は、小さく頷いてから返事をする。そして如月さんはそんな僕らのやり取りをただ黙って聞いていた。


 というよりも、何も言わずに教室のどこかを見ている感じで、上の空と言ってもいいかもしれない。


「しかし、あれだな。こんな感じで困っているのは、お前ぐらいなもんだな」


「え?」


「立花以外の生徒は、みんな提出しているんだろ?」


「あ、いや、実はそうじゃなくて……」


「ん? なんだ、立花以外に未提出のやつがいたのか?」


「うん。隣のクラスにいる水無月さんって人なんだけど、卯月はどんな人か知ってる?」


「水無月……」


 卯月はそう呟いた後に考える素振りを見せるが、少ししてから首を横に振ってみせた。


「いや、知らんな」


「そっか。……ちなみに、如月さんは……?」


 僕はそう言いながら彼女の方に視線を向けるが、如月さんは黙ったまま、知らないと言わんばかりに首を横に振っていた。


「まぁ、そうだよね」


 苦笑いしながら僕がそう呟くと、彼女は小さく頷いた。


「というか、俺や如月に聞くよりかは、もっと詳しいやつがいるだろ」


「というと……?」


「そんなもん、あいつ以外いないだろ」


 卯月はそう言って、視線を別の場所に向けた。その視線を辿った先には……


「や、弥生さん……」


 彼が指し示したのは、僕らコミュりょく低め三銃士とは違って、コミュりょくおばけのカーストトップに近い存在である弥生さんだった。


 彼女の周りにはいつも多くの友人が集まっているし、他のクラスの事にも精通していてもおかしくはない。


 ……だけど、今の僕にとってはちょっと接しにくい相手というか、少し気まずさを感じてしまう人でもあった。


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