不機嫌な彼女と過ごす時間は、とても気まずいものである。
「ところで、その……1つ、聞きたい事があるんですが……」
「あ? 聞きたい事だと?」
「はい。あの……水無月さんは、どうして美術室に?」
「……なんだ、てめえ。あたしがここにいる事がおかしいって言いたいのか?」
「い、いや、そういう訳じゃなくて……」
僕は手と首を全力で振りながら、彼女の言葉にそう答える。すると、彼女は再び僕の襟をグイッと掴んだ。
「じゃあ、なんだよ」
「え、えーっと……僕はその、ある理由があってここにいる訳でして……」
「はぁ? それがどうしたってんだよ」
「だから、水無月さんも何か用事があって来たのかなぁなんて、思ったりしたんです、はい……」
僕は水無月さんに向かってそう尋ねた。すると、彼女は僕から手を離すと「けっ」と言って、僕から離れる。
「あたしの用事がなんだろうが、てめえには関係ねえだろ」
「まぁ、その通りですけど……」
「だったら、聞こうとするんじゃねえ。全く……」
水無月さんはそう言うと、適当な椅子に腰掛けた後、足を組んでからそっぽを向いてしまった。そして黙ってしまったので、美術室にはなんとも言えない空気感で包まれる事になった。
というか、その……目のやり場に困るので、足を組むのだけは止めてくれないだろうか。短めのスカート丈と、彼女が履いているハイソックスから生まれる絶対領域が、僕の視界の中でチラついて仕方ない。
「あ、あの……」
とりあえず、僕はまた彼女に声を掛ける事にした。このまま黙り込んでいたら、美術室が重い雰囲気に包まれるし、なによりも僕が気まずくて仕方が無い。
「……あんだよ。まだなにかあるのか?」
僕が声を掛けると、水無月さんはそう口にしながら僕に向かってギロリという視線を送ってきた。その鋭い視線に僕は思わず「ひっ」と声を漏らす。や、やっぱり怖いよ、この人。
「ちなみに、その……水無月さんは美術部だったりとか、するんですか?」
「は?」
「美術室に用があるのなら、美術部の人なのかなぁ……と」
「……ちげえよ。ただの帰宅部だ。それ以上以下でもねえ」
「そ、そうですか……」
頑張って僕は聞いてみたのだけど、どうやら違うみたいだ。なんだか含みのある様な言い方にも聞こえたけど、気のせいだろう。
しかし……この状況、早く終わってくれないだろうか。というか、釜谷先生。早く来てください。このままだと、僕の心が持ちません。助けて。
そんな僕の心情を汲んでくれたのか、神様が可哀想だと思ってくれて助け舟を出してくれたのか、美術室の扉がガラッと音を立てて開かれた。
「あら、もう来ていたのね。感心、感心」
そんな言葉と共に美術室に入ってきたのは、僕が待ち望んでいた相手である釜谷先生だった。……いや、この言い方だとまるで、好きな恋人を待っていた様に聞こえてしまうから、訂正しておこう。
この重苦しい空気を払拭してくれそうな、そんな希望に溢れた存在の登場を僕は待っていたのだ。
「せ、先生……ありがとうございます」
「ちょ、ちょっと、いきなりどうしたのよ。急にありがとうだなんて、変な子ねぇ」
釜谷先生はうろんな目で僕を見ながら、首を傾げてそう言った。まぁ、理解されるとは思っていないので、僕は特に気にしない事にする。
そして先生は僕の方から視線を外した後、今度は水無月さんの方に視線を向ける。それから先生が僕にはしない様な優しそうな笑みを見せると、彼女はちょっと嫌そうに顔を顰めた。
「水無月ちゃんもしっかりと来てくれてるのね。偉いわよ」
「……ちっ」
釜谷先生が水無月さんに向かってそう言うと、彼女は舌打ちをしつつそっぽを向く。先生はそんな態度を取る水無月さんに苦笑した。
「相変わらず、水無月ちゃんは愛想が無いわねぇ。そんなんじゃ、男の子にモテないわよ?」
「うるせえよ。モテるとかモテないとか、どうでもいいぜ」
「どうでもいい事ないわよ。それが分からない様じゃあ、まだまだ水無月ちゃんはお子様って事ね」
「だ、誰がお子様だってんだよ!」
「そうやってムキになるところよ。魅力的な大人な女性はね、そうやって感情的にならないものよ」
「……うぜえ」
水無月さんはそう言うと、またそっぽを向いてしまった。そんな様子を見て、先生はやれやれと肩を竦める。そして「さて」と口にした後、僕の方に顔を向けた。
「じゃあ、2人とも。今から準備室の鍵を開けるから、道具を持ってきて準備しなさい」
「……ん?」
「あら、立花ちゃん。どうしたの? なにか気になる事でもあるのかしら」
「いや、その……2人、ですか? って、事は……水無月さんも?」
「えぇ、そうよ。あんたたち2人だけがまだ課題を提出していないの。だから、頑張りなさいよね」
僕は先生の言葉を聞いて、ゆっくりと水無月さんに視線を向ける。まさか、先生が言っていたもう1人の課題未提出者が彼女だとは思いもしなかった。
「…… なんか文句あんのかよ?」
僕が彼女を見ていると、それに気付いた水無月さんはまたもやギロリと僕を睨んでくる。ほ、本当に怖い。怖過ぎる。僕、生きて帰れるかどうか分かりません。
しかし、彼女はそんな僕の様子を見て「けっ」と声を漏らしてからゆっくりと立ち上がった。
「どうでもいいから、さっさと終わらせようぜ。あたしも蓮もその方が良いだろ」
「は、はい……」
「つか、敬語やめろ。タメなんだから、普通に喋れ。気持ちわりぃ」
「……はい」
「ちっ」
僕が答えると、水無月さんは舌打ちをする。それから先生が鍵を開けてくれたので、道具を持ち出す為に僕は準備室の中に入っていくのだった。
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