思ってもいなかった、まさかの再会。



 そして迎えた放課後。僕はホームルームを終えた後、手荷物を素早く纏めて、美術室に向かう準備を進める。


 これは決して、教壇にいる釜谷先生のプレッシャーを受けて、早々に向かおうとするポーズを取っている訳じゃない。


 僕は早いところ課題を終わらせて、如月さんの応援に報いたい。そんな下心でマシマシの心持ち動いている訳だ。


「よし、行こう」


 そして荷物を纏め終えると、僕は席を立ってそのまま美術室へと向っていく。今日で終わらせてしまおうという意気込みを胸に、僕は教室から出て行った。


「……でも、本当に今日で終わらせられるのかな」


 だが、僕があれこれと意気込んだところで、苦手意識というのは消えるものじゃない。そんなもので克服できるのなら、既に課題なんて授業中に終わらせているだろうから。


「はぁ……」


 せめてこれが自画像とかじゃなくて、リンゴとかバナナとかだったら、書いてみようって思うんだけども……自分の顔が題材になると、本当に嫌になってしまう。


 もしくは、題材を自由に決められるのなら、僕は喜んで如月さんをモデルにして書こうと思えるのに。そうしたら、僕は全集中して気合で彼女の姿を描き上げるだろうから。


「まぁ、そんなの無理なんだけど」


 僕はそう独り言ちながら、廊下を歩き続ける。そして本校舎から美術室のある特別棟に移って、そのまま美術室の前までやって来た。


「……ふう」


 僕は小さく息を吐く。そして覚悟を決めて、美術室のドアを開けた。すると、そこには……誰もいなかった。


「うん、まぁ……先生より早く来たら、そうなるよね」


 僕はそう呟きながら、美術室の中に入っていく。そして適当な席に向かっていき、その椅子を引いて着席した。


「……さて、どうしようか」


 荷物を置いた後で、僕はこれからどう行動すべきなのかを考える。もちろん、課題を進めるのは当然なんだけど……先生がいないのに、勝手に道具を引っ張り出してもいいものなんだろうか。


 適当に出して使っても、怒られないだろうか。いや、多分だけど怒られる。勝手に触ったりでもしたら、先生に何を言われるか分かったものじゃない。


「余計な事をしでかす可能性の方が高いだろうし……よし。なら、ここは……」


 とりあえず、僕は大人しく待つ事にしよう。やって何か変な事をするよりも、何もしない方がまだマシだ。


 という訳で、勇み足で来てしまったけど、僕はスマホの電子書籍を読みつつ、先生がやって来るのを待つ事にした。


 そしてそれからしばらくして、美術室の出入り口である扉がガラガラと開く音が聞こえてきた。僕はその音を聞いて、扉の方に視線を向ける。


 先生がやって来たと、僕はそう思っていたんだけども……


「あれ?」


 僕の予想に反して、そこに立っていたのは釜谷先生ではなかった。誰が立っていたかというと……


「……ちぃーす」


 そう言って美術室に入ってきたのは、昨日に僕が曲がり角で衝突をしてしまった女子生徒だった。


 釣り目がちの鋭い目つき。銀色の髪をおさげに結んで垂らしていて、暑いからなのか制服の胸元を大胆に開けて着崩しているので、思わずそちらの方に目が行ってしまう。


 それから特筆すべき点で言えば、彼女の身長だろうか。背が高い……という訳じゃなくて、遠目から見ている僕からしても、かなり低く見える。


 恐らくは150センチにすら達していないのではないだろうか。140センチあるかないかぐらいの背丈だと僕は思った。


 だけど……彼女はなんでここにやって来たんだろう? なにかここに用事でもあるのだろうか。


「あぁん?」


 と、僕が考えていると、そんな声が聞こえてくる。その声は目の前にいる女子生徒が発していたものだった。


「お前、確か……昨日あたしにぶつかってきたクソ野郎じゃねえか」


「あっ、はい……どうも」


「どうもじゃねえよ! 昨日はよくもやってくれたなぁ!」


 彼女はそう言うと、ズカズカとした足取りで僕に近づいてくる。そして僕が座っている席の前までやって来た彼女は、僕の事を睨み付けてきた。


「えっと……すみません……」


 僕はとりあえず謝罪の言葉を口にしてみたが、彼女はそれを聞いて「ちっ」と舌打ちをした。


「ホント、ふざけた野郎だな。謝って済むなら……ん?」


「へ?」


「お前、どこかで会ったような……」


 彼女は僕の事を睨みながら、そんな事を言ってくる。しかし、僕は彼女の事に見覚えなど無いので、そう反応を返すしか……って、あれ?


 僕もまじまじと彼女の顔をジッと見つめると……なんだか僕も彼女をどこかで見た覚えがある様な気がする。


 いや、どこで会ったのか……間違いなくうちのクラスにはいない人だから、教室とは別の場所で出会っていると思うんだけど……一体、どこなんだ?


「……もしかしてだけど、お前……この間の週末に、中古ショップにいなかったか?」


 僕がどこで会ったのかを考えていたら、不意にそんな事を言われた。僕はそれを聞いて「あっ」と小さく呟いた。それから彼女も同じく「あっ」と口にする。


「あの時の子供!」

「あの時の中坊だな!」


 そして僕たちは同時にそう言ったのだった。そうだ。思い出した。この人はあの時、僕が声を掛けた背の小さな子供だ。ただ、こうして学校で出会うという事は、子供じゃなかったという事なんだけども。


「って、誰が子供だ!」


「うわっ!?」


 考え事をしていて、反応が遅れていたら、いつの間にか彼女は僕の襟を掴んでいた。そしてそのままぐいっと引き寄せると、顔を近づけてくる。


「まさかあの時の中坊があたしと同じ高校生だったとはな。しかも、こんなところで会うとは思いもしなかったぜ」


「そ、そうですね……」


 僕はそう言葉を返しながら、彼女の手から逃れようとする。しかし、僕の襟をしっかりと掴んでいる彼女はそれを許してくれない。


「で、お前……なんて言うんだ?」


「えっ?」


「名前だよ、名前。お前、何て名前なんだ?」


「あっ、えっと……立花蓮です」


「ふぅん。蓮って言うんだな。覚えたぜ、お前のツラと名前」


 彼女はそう言った後、にいっと笑みを浮かべた。しかし、それは友好的なものには見えない。どこか不敵な笑みを浮かべていて、まるで獲物を見る目の様な鋭さがある様に思える。


「ちなみにあたしは水無月彩矢みなづきさやだ。しっかりと覚えておけよな」


「は、はい……」


 僕は彼女……水無月さんに向けてそう返事した。すると、彼女は僕の襟を掴んでいた手を離してくれたので、僕はホッと安堵の息を吐いた。


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