叱責と励ましの言葉。
「ったく、お前……まだ課題やってなかったのかよ」
「まぁ、その……あはは……」
「あはは、じゃねえぞ。笑いごとじゃ済まないからな」
「……すみません」
釜谷先生に呼び出しを受けた翌日の事。僕は休み時間になると、相談も兼ねて卯月に昨日の経緯について話していた。
どう考えても、今週中に仕上げるのは難しいと思って、それで何とか出来る方法は無いかと藁にも縋る思いでの相談だった。
「んなもん、授業中に終わらせておけばいい話だろうが」
「いや、そうなんだけど……でも、僕にはちょっと課題が難しかったというか、その……」
「難しいって……ただ単に自画像を描くだけの簡単な課題だったろ。それのどこが難しかったんだ?」
「それは、まぁ……なんというか、その……」
「なんだよ、煮え切らない感じだな。なんか事情でもあるのか?」
「事情って訳じゃないけど……ただ、なんとなく自分の顔を描こうとするのに、苦手意識が湧いちゃって……」
僕がそう言うと、卯月は「はぁ……」と小さく溜め息を吐いた。
「要するに、お前の気分の問題じゃねえか。そんなもんただの言い訳だろ」
「うっ……」
「苦手意識だとか言ってないで、早く完成させちまえ。そうじゃないと、成績に響くんだからな」
「全く、その通りです……はい」
「ったく、本当に分かってんのか?」
卯月は呆れた様にそう言ってからため息を吐いた後で、やれやれといった様子で首を振った。それから改めて僕の方をジッと見つめてきた。
「しかし、そうなると……立花はしばらくの間、放課後は課題に追われる事になる感じか」
「えっと……そうなるかな」
「じゃあ、その間は如月とは遊べないな」
「……残念ながら、そういう事になります」
僕は卯月の言葉に対して、肩を落としながらそう答えた。そうなんだよ、それが一番の問題点なんだよなぁ。
別に課題に関しては僕の自業自得だから仕方ないとしても、そのせいで如月さんとの交流が減ってしまうのは、僕にとっても痛手だ。
せっかく関係も改善が出来たというのに、スタートダッシュからこんな事になるなんて。本当に僕ってやつは……。
「……はぁ」
「どうした、ため息なんか吐いて」
「いや、ちょっと自分の不甲斐なさに呆れてて……」
「まぁ、自業自得だからな。仕方ないだろ」
「ごもっとも……」
そう言った後、僕はどうにでもなれとばかりに机の上に突っ伏した。もうここまでくるとお手上げ状態なので、後はなすがまま、なるがままである。もうどうにでもなれ。
「ねえ」
「ん?」
「あ?」
「呼んだ?」
唐突に聞こえてきた声を耳にして、僕は突っ伏していた状態から顔をゆっくりと上げた。すると、そこには如月さんが立っていて、僕の方に視線を向けていた。
「いや、お前……何しに来たんだよ」
そんな彼女に向けて、卯月がしかめっ面をしながらそう言った。すると、如月さんはムッとしながら口を開いた。
「呼ばれた気がしたから、来ただけ」
「呼んでねえよ。名前を出しただけだ」
「じゃあ、やっぱり呼ばれた」
如月さんは卯月のそんなツッコミに対して、満足そうに頷いた。すると、彼女はそんなやり取りを見ていた僕の方を向いてきた。そして僕に目線を合わせた上で、如月さんは口を開く。
「それで、何?」
「え、えっと……実は、その……卯月に美術の課題が終わらない事を相談していて、その時に如月さんの名前が出たというか……」
「……? どうしてそこで、私の名前が出るの?」
「あ、いや……それは……」
不思議そうに首を傾げている如月さんに、僕は思わず口ごもってしまった。まさか、如月さんと遊べない事を話題にしていただなんて、それを言うのは少し恥ずかしすぎる。
とりあえず、ここはなんてごまかしておくべきか……たまたまだとか、偶然にも話題に上がったとか、そんな風に説明すればいいだろうか。よし、それなら早速……
「……立花が課題をやっている間、お前と遊べない事を残念がってたって話だよ」
「って、ちょっ!?」
なんて事をしてくれたのでしょう。僕が言い訳を言う前に、まさかの卯月の裏切りによって如月さんに先程の話題が伝わってしまったではないか。
しかも、それを言った張本人の卯月ときたら、素知らぬ顔で「何か問題でもあったか?」みたいな表情でこちらを見てくる始末。いや、問題しかないんだが。
「そうなの?」
そして如月さんが僕にそう問いかけてきた。僕は思わず、卯月の方に視線を向ける。しかし、卯月からの助け舟はやってこなかった。どうやら、彼は僕を見放したらしい。
「え、えっと……」
僕はどう答えるべきかを考えた。けど、ここで嘘をついても仕方ないし、ここは素直に言うしか無いだろう。
「……まぁ、そんな感じで」
頬をポリポリと掻きながら、僕は如月さんに向けてそう言った。すると、彼女は首を傾げながら口を開いた。
「そうなんだ」
「う、うん……」
「でも、変なの」
「へ?」
「美術の課題なんて、授業で終わらせるものでしょ」
「うぐっ!」
如月さんによる正論と言う名のロンギヌスの槍が僕の心に突き刺さり、僕は思わずうめき声を上げた。
彼女らしいオブラートに包んだ物言いじゃないからこその、ストレートな言葉の暴力が僕の心を抉っていく。
「あ……いや、それはそうなんだけどね」
僕は何とか言葉を絞り出したものの、それ以上は言葉が続かなかった。
「でも、頑張って」
「えっ?」
「課題、早く終わらせられるといいね」
如月さんはそれだけ言うと、そのまま自分の席へと戻っていってしまった。そんな彼女の背中を僕は呆然と見つめる。
「……あいつがあんな事を言うとはな」
そして隣にいる卯月がそんな言葉を漏らしていた。その表情は少しばかり驚きを含んでいた。
「まっ、とりあえずは頑張ってみろ。あいつに応援されたんだから、課題はちゃんと終わらせろよ」
「う、うん……そうだね」
そんなやり取りをしてから、卯月は自分の席へと戻っていった。そして僕は如月さんからの応援に少しやる気を貰った様な気がした。
確かに、しばらくは自由な時間は無いのかもしれないけど、それでも如月さんが応援してくれたんだ。頑張らない訳にはいかないだろう。
「……よし、頑張ろう」
僕は自分にそう言い聞かせながら、今はこれからの授業に集中をするのだった。
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