今日も今日とて、僕は呼び出される。
それから数日後の事。月日は切り替わって7月を迎え、それに伴って外の気温もどんどんと上昇し、夏が本格的に始まった。
しかし、まだ夏が始まったばかりだというのに、既に秋が恋しくなってくるのは何故だろう。というよりも、春が戻ってきて欲しいまである。あぁ、春よ来い。遠き春よ。
この真夏の陽気がそう思わせるのか、本当に時を巻き戻してくれと願っている自分がいる。別に4月まで戻せとは言わないから、せめて先月ぐらいまでには戻して欲しい。
だって、そうなれば……
「……」
「さぁて、立花ちゃん。黙っていても、何も始まらないわよ」
「いや、その……」
「先生もね、暇じゃないのよ。だから、早くしてちょうだいな」
……この地獄みたいな状況も無かった事に出来るのだから。ちなみに今、僕がいるのは生徒指導室であり、テーブルを挟んだ向かい側には釜谷先生が座っている。
そう。また、なんだ。先月もこの部屋に連れて来られたけど、またも僕は連れて来られてしまったんだ。先生の手によって。
放課後になった途端、先生が瞬間移動ばりに背後に現れたと思ったら、そのまま首根っこを掴まれて、引きずる様にここまで来たという訳なんだ。
……まぁ、そうは言っても、ここに来る原因を作ったのは、僕なんだけども。そもそも生徒指導室なんて、普通は問題を起こさなかったら来る事は無い場所なんだから。
「全く、2ヶ月連続でここに来る生徒とか、よっぽどの不良生徒でもそうそういないわよ?」
「……ごめんなさい」
僕はため息を吐きながら呟く釜谷先生に、素直に謝った。というか、謝る事しか出来なかったというべきか。他に言葉が見つからなかったというのもある。
「で、どうするの? こればっかりは、待ってあげられないんだけど」
「まぁ、えっと、そうですよね。でも、出来ればもう少し猶予を貰えたりは……例えば、一月ほど……」
「ダメよ。他の子はちゃんと期限を守ってるのに、立花ちゃんだけ特別扱いする訳にはいかないの」
「そうですよね、はい……」
僕は肩を落として俯きながら、力なく答えた。ただ、そんな事を言われるって分かっていたから、別にそこまでの精神的なダメージは負ってはいない。
言ってみて受け入れてくれるのならラッキー程度の発言なので、そこまで深く考えて言った訳ではない。
……ただ、釜谷先生が僕のそんな発現を受け入れてくれる確率なんて、1%も無いと分かってはいるんだけどね。
「そもそも、授業中に終わらせておけばこんな事にはならなかったんじゃないの?」
「確かにそうですけど……」
いやいや、それが出来たら、苦労はしない訳でして……出来ないからこそ、困っているんですよ、先生。
「はぁ……とりあえず、今週末まで待ってあげるから、それまでに仕上げなさい。それまでに描けなかったら、成績に響くと思ってね」
「は、はい。分かりました……」
僕は釜谷先生の言葉に素直に頷いて答えた。そんな僕を見てか、先生はやれやれと首を横に振ってから口を開いた。
「そこまで難しい課題を出している訳でも無いのに、どうして提出期限を守れないのかしら。ただ単純に自分の自画像を描くだけなのに」
「いや、先生。それが難しいんですって。自分の顔とか、そんな簡単には描けませんよ」
「あら、どうして? 鏡を見ながら、自分を描くだけの話よ。別にお友達や自分以外の誰かを描けって訳じゃないんだから」
「ま、まぁ、それに比べたら簡単ですけども……」
「なら、描けるじゃないの。あんたたちの学年で描けてないのは、立花ちゃんともう1人だけなんだから、頑張って描き上げなさい」
先生のその言葉に僕は「頑張ります……」と力無く答えた。そう、僕が呼び出された原因というのは、美術の授業の課題を提出していない。ただそれだけの話である。
ちなみにそれならどうして美術の教師じゃなくて、釜谷先生が僕を呼び出したのかというと……何を隠そう、先生が美術の教師だからである。
現代に生きるスパルタ兵、ムキムキマッチョマンな外見からして、体育の教師に思われる先生だけど、実は美術の先生なんだ。あんなビジュアルで、繊細な絵とか描いたりする。ギャップが凄い。
「……そういえば、僕以外にも課題提出していない不真面目な人がいるんですね。うちのクラスの人だったりします?」
「あら、気になる?」
「いや、まぁ、なんとなくですけど、ちょっと気になって……」
「そうねぇ……まぁ、立花ちゃんは知らないとは思うけど、あなたの隣のクラスにいる子よ」
「……じゃあ、分かりませんね。隣のクラスの人なんて、誰も知りませんし」
「威張って言える事じゃないわよ、全く。そもそも、立花ちゃんは自分のクラスメイトですら怪しいでしょうに」
「それは……そうですね」
釜谷先生にそう言われて僕は苦笑しつつ頷いた。言われてみれば、確かにそうだ。自分のクラスの事すら分からないのに、隣のクラスの人なんて分かる訳が無いか。
「一応、その子も呼び出しをしてあるから、もうそろそろ来てもいいと思うのだけれどね」
「あ、そうなんですか? 僕みたいに、先生が直接ここに連れてくる訳じゃないんですね」
「それは立花ちゃんだけよ。そうでもしないと、絶対に来ないでしょうから」
「あはは……すみません」
僕は先生に向かってそう謝った後、立ち上がって自分の荷物を手に取った。そして先生に再度、視線を合わせた。
「じゃあ、あの……次の人が来るなら、僕が残ったままだと邪魔になると思うので……もう行きますね」
「そうね、じゃあお疲れ様。ちゃんと今週中には仕上げておきなさいね?」
「……分かりました。それでは失礼します」
僕は釜谷先生に会釈をして、そのまま部屋を後にした。それから特別棟の廊下を歩き、昇降口へと向かう。そして階段を降りようと踊り場の角を曲がろうとして……
「って、うわぁ!?」
と、曲ろうとしたタイミングで、誰かとぶつかってしまった。僕はいきなりの事だったので、バランスを崩して後ろに向かって尻餅をついてしまう。
「い、いてて……」
僕はお尻を摩りつつ、ぶつかってしまった相手へと視線を向ける。すると、そこには僕と同じ様に尻餅をついてしまったのか、地面に座り込んでいる人がいた。
その人は僕と違ってスカートを履いているのが見えて、相手が女子生徒だという事が分かった。僕は慌てて、その女子生徒に向かって駆け寄った。
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
僕はそう言いながら、彼女に向かって手を差し伸べようと……
「あ……」
したのだが、僕の手が彼女の手に触れる事は無かった。何故なら、彼女は差し伸べられた僕の手を、振り払ってしまったからだ。
「……ちっ」
そして彼女は僕に向かって舌打ちをすると、立ち上がってスカートの埃を手で払い始めた。そんな彼女を見て、僕は思わず呆然としてしまった。
「ちゃんと前を見て歩きやがれ、クソが」
そんな言葉を僕に浴びせた彼女は、僕の横を通り過ぎていき、そのまま去っていってしまった。
僕はそんな彼女の後ろ姿を呆然と見つめながら、ただただ立ち尽くしていた。
「……あれ? なんか、既視感というか、デジャブを感じるんだけど?」
僕は自分の視界に映る、彼女の姿を見ながらそう呟いた。なんか前に遭遇した事がある様な、無いような……そんな気がする。
「何だっけなぁ……」
僕は腕を組んで、過去に起きた出来事を振り返りながら、その正体を探っていく。けど、そうこうしている間にも、彼女はどんどん先へ進んでいく。その背中をぼんやりと見つめながら、僕は思わず首を傾げた。
「……まぁ、いいか」
別に大した事じゃないだろうと僕は結論付けて、僕はまた昇降口を目指して歩き出した。そしてそのまま、自宅に向かって僕は真っ直ぐに帰っていくのだった。
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