六章
親切とお節介の境界線。
趣味とは、人生を豊かにしてくれる素晴らしいものである。
それは人生における幸福という名のスパイスであり、人生の質を左右する大きな要素であると言えるだろう。
どんな趣味だっていい。趣味を持つだけで、人は毎日が楽しくなり、心を豊かにする。
それは人生において大変、有意義な事であり、人生における幸福を助長させるのだ。
しかし、趣味とは人それぞれで、十人十色である。だからこそ、その趣味を決めるのはその人自身だ。他人が口を出すものではない。
そう、例えそれが……他人に指を差される様な、そんな趣味だったとしてもだ。
「……よしよし」
という訳で、週末の日曜日のお昼時。僕は近くにある中古のおもちゃを扱う古本雑貨店へと足を運んでいた。そして僕は店内を物色しながら、欲しい物は無いかと探している最中であった。
どうしてこのお店に足を運んだのかといえば、もちろん趣味の為である。自分の好きなおもちゃ……いわゆる特撮グッズが欲しかったからだ。特に合体ロボか変身ベルトがマストである。
僕の部屋に飾ってあるおもちゃも、大体がこのお店で購入したものばかりだ。本当は新品で買いたいところなんだけど、学生の懐事情だとあまり高い物は変えないので、仕方なく中古で買うしかない。
そして僕は商品として置かれている物を手に取っては良く観察し、値段を確認する。それから手に取った物を元に戻してから次の商品を手に取る……そんな行動をもうかれこれ30分以上は繰り返していた。
「うーん、手頃な値段の物はやっぱり無いなぁ……どれも売れ筋商品だから、高くて僕のお小遣いだと手が出せないし……」
人気商品だと普通に新品と変わらない値段を付けられているので、そういった物は諦めるしかない。もしくは、お小遣いを貯めてからじゃないと手を出せない。
そうなると、僕の懐事情で手を出せる物といえば……完全品じゃないジャンク商品と、少し古い物ぐらいだ。これなら僕のお小遣いでも買う事が出来る。
ちなみにジャンク品というのは、壊れていて稼働がしない商品だとか、外装の箱や一部のパーツが欠損している商品を指す。ちゃんと元の商品状態を保っていないと、その分で値段が完全品と比べて安くなるので、そういった物は比較的に手に入れやすい。
ただ、場合によっては5体の合体ロボなのに4体しか揃わなかったり、変身ベルトなのに音が鳴らないだとか、見逃せない欠点を持っている事も多々ある。なので、買う時はしっかりと確認する必要があるのを忘れてはいけない。
「……とりあえず、ジャンク品の山を漁って、良い物がある事を祈ろう」
僕はそう呟きながら、大きなプラスチックケースの中に詰められているジャンク品の山を眺めた。無造作に詰められたその中には変身ベルトや合体ロボ以外にも、超人のフィギュアやミニカー等が多く詰められていた。
僕はそのジャンク品の山の中をガサゴソと漁ってみる。しかし、望む物は出て来ない為、山を掻き分けては次の山へと手を伸ばす。
「これか……いや、これは……違う。後は……」
そうやって次々と山を漁っては、手頃な物を探す。しかし、いくら探しても欲しい物は見つからない。そしてまた別の山に手を伸ばすと……
「あっ、これは……」
僕はある物を見つけ、それに手を伸ばした。それは僕が探し求めていた商品……じゃなくて、既に僕が持っている商品だった。
けど、その商品にどうして手を伸ばしたのかと言えば、これがこの前に如月さんが興味を持ってくれた上に、遊んでいた物と全く同じメモリ型のおもちゃ。しかし、電池は抜かれているので、ボタンを押しても音は鳴らない。
「……如月さん、楽しそうだったよなぁ」
僕は如月さんの顔を思い出しながら、そう呟いた。あの時の如月さんは本当に楽しそうだった。意外なくらいに無邪気に遊んでいて、いつもの如月さんのイメージとは全然違った。
「もし、また遊びに来る事があったら……その時は、他のおもちゃとかに興味を持ってくれたりとかするのかな」
そんな感じの事を僕は呟いてみた。如月さんの事だから、どんな物に興味を持つのかは分からないので、渡してみても興味を持たない可能性だって十分に考えられる。
でも、なんだかんだ案外と興味を示して、触れている内に楽しくなって、遊んだりするかもしれない。そんな姿を僕は想像をして、思わず笑みを浮かべてしまう。
「……だけどなぁ」
僕はそう言いながら、持っていたおもちゃを元の場所に戻した後、「はぁ……」と深いため息を吐いた。
「興味を持ってくれるのは嬉しいけど、その内容について語り合えないのがなぁ……」
贅沢な悩みかもしれないけど、僕はそんな事をつい漏らしてしまった。
確かに、僕の好きな物に興味を持ってくれる事は嬉しい。……嬉しいんだけど、出来る事ならおもちゃだけで終わるのでは無くて、その作品の良さについても語り合いたいと思ってしまうのが、マニアというかオタクの悲しき
変身ベルトならその変身シーンについても説明したいし、そこに至るまでの内容についても語ってしまいたい。でも、その作品を見ていない相手にそれを語っても、いまいちピンとこないだろう。というか、絶対に分からないと思う。
「……まぁ、興味を持ってくれるだけでも、ありがたいと思うしかないよね」
そう呟きながら、僕はまたため息を吐いてしまった。口ではそう言っても、やっぱり語り合える友というか、仲間を自然と求めてしまう。そういった欲求が僕の心の中に渦巻いているのであった。
そんな欲求を胸に秘めながら、僕は店内をまた物色していく。もうしばらく見た後で、欲しいと思う物が何も無かったら、今日はもう帰る事にしよう。
「……ん?」
そう考えながら、店内を物色している最中だった。僕は気になる光景を見てしまって、思わず足を止めた。
僕の視線の先、そこには背の小さな子供が大きな陳列棚を見上げている姿があった。その子は陳列棚の上段に視線を向けたまま、微動だにしない。
……もしかして、上にある商品を取りたいけど、手が届かないのかな。それで取る事が出来ないから、見上げたまま固まっているのかもしれない。
なるほど、そういう事なら納得出来る。そしてそんな姿を見てしまった以上、そのまま通り過ぎるなんて事は、僕には出来なかった。
そう思い立った僕は、その子供の元へと足を進めた。そして陳列棚の前まで来ると……
「ね、ねえ、ちょっといいかな?」
と、ファーストコンタクトとしては怪しい感じの入りかもしれないけど、とりあえず僕はその子供に向かって声を掛けてみた。すると、その子は僕の存在に気付いたのか、僕の方へ顔を向けた。
「あぁん?」
僕はその子の声を聞いて、一瞬……いや、しばらく思考が停止してしまった。え、今の声は何? なんかドスが効いた様な声だったけど……?
しかも、何故かその子は僕に向かってガンを飛ばす様な視線を向けている。その顔には不機嫌さがありありと見て取れた。
「……え? あ、あの……?」
僕はそんな視線に動揺して、思わず一歩後ずさりしてしまった。しかし、その子供は僕の事を睨んだまま、一向に視線を外そうとしない。
「なんだ、てめえ。あたしに何か用でもあるのかよ?」
そしてその子供は乱暴な口調でそう言いながら、僕に尋ねてきた。……というか、うん? あたし? あたしって事は……女の子?
僕はその一人称が気になってしまい、その子供の姿をじっくりと眺めてみる。僕よりも小さい背丈で、頭には帽子を被っている。けど、隙間から見える髪の色は銀色で、それが短く切り揃えられている。
それから顔の作りとしては端整な顔立ちというか、中性っぽい顔立ちをしていて、それがその子の性別を分かりにくくしている。でも、口の隙間から見える八重歯がチャーミングに思えた。
服装はというと、黒のタンクトップにダメージの入ったデニムのショートパンツ、それに何故か腰の辺りにスカジャンを巻いているという、女の子らしい服装とは言い難い物を着ていた。
これは……どっちなんだ? 男の子? それとも女の子? 僕にはその判断がはっきりとつかなかった。
「……おい、何ジロジロ見てやがんだよ。てか、てめえから話し掛けておいて、なに黙ってんだよ」
そして僕がその子の性別について悩んでいたら、その子供は不機嫌さを更に増した顔で僕を睨んだ。
「え? あ、あの……ご、ごめんね?」
僕はとりあえず謝ってみた。すると、その子供は「ちっ」と舌打ちをして、腕を組んでからまたも僕に尋ねてきた。
「それで? なんであたしに声掛けたんだよ?」
「え、えっと……」
「さっさと言えよ。こっちは暇じゃねぇんだよ」
「そ、その……店内を眺めていたら、君が陳列棚の上の方を見ていたから……」
「……だから?」
「だから、届かないなら取ってあげようという気持ちで声を掛けた訳で……」
僕がその子に向かってそう伝えると、その子はまた舌打ちをしてから、僕を睨み付けた。
「……なんだ、てめえ。今、あたしの事をチビって言ったか?」
「え、いや、言ってないけど……」
「あの場所に届かないくらい、あたしがチビだって言いたいんだろ?」
「そ、そうじゃなくて……」
「馬鹿にすんじゃねえ!」
その子はそう叫ぶと、僕に向かって飛び掛かってきた。そして僕の胸ぐらを摑み、僕を睨みつける様に顔を近付けた。
「おい、ガキ。いいか? あたしはな、決して背が小さい訳じゃねえんだよ。ただ、周りの奴らがでかすぎるだけなんだよ!」
「は、はい……?」
僕はその子に気圧されてしまい、そう声を漏らす事しか出来なかった。
「それと、言葉遣いには気を付けな。あたしはこう見えて高校生……って、誰がチビだこら!」
「な、何も言ってません!」
「あ? そ、そうか。それならいい」
僕の胸ぐらを摑んでいたその子は、僕の言葉を聞いて我に返り、慌てて手を放して一歩後ずさった。
「……ったく。しらけるぜ、本当に」
その子はそう呟くと、僕に背を向けてお店の出入口へと歩き出した。僕はそんな後ろ姿をただ見つめる事しか出来なかった。
「な、何だったんだ、今のは……」
僕は呆然としながら、そう呟いた。僕、なんかあの子の気に障る様な事したっけ? ……いや、何もしてないよね?
そんな風に考えながら、僕はその場で立ち尽くす事しか出来なかった。
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