如月さんは なびかない?



 彼女はしばらく辺りを見渡した後で、僕の方に視線を向けた。そして僕と目が合うと、表情を変えないまま、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 如月さんが近付いてくると同時に、みんなの視線も彼女の方へと向けられる。多分だけど、僕がさっき別れたと言ったのを聞かれたせいかもしれない。それでみんなも気にしているのだろうか。


 僕はそんな如月さんの様子を少し緊張しながら眺めていた。そして彼女は僕の前まで来ると、そこで足を止めて僕の方へ顔を向けてきた。そんな彼女に僕もまた目を向ける。すると、彼女の綺麗な瞳が僕の目に映った。


「おはよ」


「お、おはよう、如月さん」


 僕はぎこちないながらも挨拶を返すと、彼女はそのままジッと僕の顔を見続けていた。そして如月さんは前髪をサラリと揺らしながら口を開く。


「ねぇ」


「う、うん」


「昨日は、ありがとう」


「えっ」


「私の用事に付き合ってくれて」


「あ、うん。別に、そんな……お礼を言われる程の事じゃなくて……僕だって、その、お礼を言いたいくらいだし」


「お礼?」


「う、うん……色々とね」


 僕はそう言ってからチラリと周囲を見る。すると、みんなは僕と如月さんのやり取りを神妙な面持ちで見つめていた。そんな視線を感じながらも、僕は苦笑いしつつ言葉を続ける。


「僕としても、如月さんの提案は嬉しかったからさ。だから、そういった関係で落ち着けて良かったと思って……」


「……そう」


 如月さんはそう言って、小さく頷いた。すると、彼女は目線を僕から外して、少し上を……僕の頭を見る様な位置で向けていた。


 そしてしばらくジッと眺めたままでいるので、何かあったのだろうかと僕は如月さんを見つめる。すると、彼女は何故かもっと距離を詰めてきた。


 もうちょっと近寄れば、座っている僕の鼻先に彼女の服が触れてしまう様な、そんな距離まで近付かれてしまって、僕は困惑する。


「えっと……如月さん? そ、その、どうかしたの?」


「……」


「あ、あの……」


 ドキドキと胸打つ心臓を落ち着かせながら僕は如月さんへ声を掛ける。しかし、彼女からの反応は無い……いや、反応はしているんだけど、僕の頭を見たまま動かないのだ。


 マジで何をしているのか、何がしたいのかが分からなくて、いつもよりも彼女が良く分からない。


「……如月さん?」


 僕はもう一度声を掛ける。しかし、それでも彼女は動かない。


「えっと……」


 僕がそう声を漏らした時だった。突然、彼女の手が伸びてきたかと思うと、僕の頭にそっと触れてくる。そしてそのままゆっくりと撫で始めたのだ。え、何で?


「蓮くん」


「は、はい!」


「寝癖」


「へ?」


「寝癖がついてる」


 彼女はそう言うと、寝癖で少し跳ねていた僕の髪に指を滑らせた。そしてそれを何度か撫でた後で、最後にひと撫でしてから手を離す。けど、それで直りはせずに、また跳ねる様な感触が頭から伝わってきた。


「……直らない」


 如月さんはそう言って、少しムッとした表情を見せる。そしてまた、彼女は僕の頭……というか髪に手を伸ばしてきた。それから再度、寝癖を直す様に僕の髪に指を滑らせていく。


「……え、えっと」


 僕はそんな如月さんの行為を、ただ黙って受け入れていた。そして横目でふと教室内を見渡すと、みんな僕たちの方を見ていた。けど、さっきまでの緊張感が嘘みたいに消えていて、今は何だか変な空気になっている様にも思えた。


「あ、あの……如月さん?」


「なに?」


「いや、その……そろそろ良いんじゃないかな?」


「でも、まだ直ってない」


「えっと、その……流石にこれ以上は……もうすぐホームルームだし……」


「……そう」


 如月さんはそう言ってから手を離す。そして離したと同時に、彼女は僕からも距離を置いた。それから少しの間を空けてから、彼女は僕にこう言ってきた。


「また後で」


「え……?」


「後で直しておくといいよ」


「あ、うん……」


「身だしなみは、しっかりしないと」


「……気を付けます」


「じゃあね」


 そう言って如月さんは僕から離れていく。そして自分の席へと戻っていった。そんな彼女に僕は呆然としたまま、彼女の背中を目で追っていた。


「な、何だったんだ、今の……」


 正直、何が起きていたのかが僕には少し理解が出来ていなかった。彼氏役の時でもこんな事は無かったというのに、これはどういう事なのだろうか。


 もしかすると、これが如月さんの思う友達としての距離感なのだろうか。いや、それにしては近すぎだと思うけど……ただ考えられる事として、如月さんって友達がいないから、距離感がバグっているのかもしれない。


 そんな事を思いながら、僕はなんか背中に視線を受ける様な気配をヒシヒシと感じていた。僕はそっと振り返ってみると……そこには卯月がジト目で僕の事を見つめていた。


 彼はいかにも『何をやってんだよ』と言わんばかりの目をしていた。頬杖をつきながら、深いため息まで吐いている。僕はそんな彼に苦笑いしながら、静かに目を逸らす事にしたのであった。


 そしてまたどこからか視線を感じて、僕は静かにそちらへ目を向ける。そこには弥生さんが自分の席に座りながら、こちらをジッと見ていた。彼女のその目はやはりジト目だ。いつもの笑顔はどこにも見当たらない。


 僕はまた苦笑いするしかなくて、いたたまれなくなって頭を掻いて目を逸らした。なんだ、この空気。なんだ、この感じ。本当にどうしたらいいのだろうか。


 なんだかもう、良く分からないので……僕は助けを求める様に視線を如月さんの方へ向けた。すると、彼女はすぐに僕の視線に気付いてくれた。


 如月さんはそれからジッと僕を見つめた後……ひらひらと軽く手を振ってきた。……いや、それはどういう感情での行動なんだ?  僕が見ていたから、反応してくれたのかな? 如月さんのその行動に僕は困惑する事しか出来なかった。


 僕はとりあえず、そんな如月さんに手を振り返してみたら……彼女は満足したのか、手を振るのを止めて、前へと向き直った。


「え、えと……」


 僕はそんな彼女の行動に戸惑う。いや、これ……本当に距離感がおかしくなっている。昨日までと本当に何か違っているんですけど……僕、どうしたらいいの? いや、マジでどうしろと……?


 そんな風に僕が思っていると、教壇側の扉が開いて釜谷先生が教室に入ってくる。そして何事も無かったかの様に、レアリティコモンの委員長が号令を掛けて、それからホームルームが始まる。


 何でもない普通の日常。日常、なんだけど……如月さんとの関係が変わっただけで、また何か世界が変わった様にも感じてしまう。それは彼氏役になった時と同じくらい……いや、それ以上にも思えた。


 季節が春から夏に変わる様に、僕たちの関係も変わっていった。これからこの先、どうなっていくのか……それは僕にも分からない。


 でも、1つだけ言える事があるとすれば……僕は如月さんが好きだという事。それだけは前と全く変わらない、確かな事実だった。


 学校ももうすぐ期末を迎える。夏休みもすぐそこまで迫ってきている。夏休みに入れば、彼女との関係はまた何か変化していくのだろうか。


 願わくば、良い方向に進んでくれる事を祈りながら、僕は変わった様に感じる学校生活を過ごしていくのだった。













 ――――――――――――――――――


【★あとがき★】


 最後まで読んで頂きありがとうございました。これにて五章が終わりとなります。


 偽の恋人関係が終わりを迎え、晴れて友達の関係となった2人ですが、


 変わった2人がこれからの学校生活でどんな日常を過ごしていくのか。


 続く六章でも引き続き蓮くんと如月さんとの関係を見守って頂けると幸いです。


 少しでも「面白い」とか「続きが見たい」なんてそう思って頂けましたら


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 皆さまからの応援や励ましの言葉が、なによりのモチベーションとなります。


 なにとぞ、よろしくお願いいたしますm(__)m


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