如月さんは 学びたい。



 それから更に時間が経過して、映画の物語はクライマックスに差し掛かっていた。


 主人公の少年と友達の男の子との対立と別れ、それとヒロインの女の子の独白。そして、物語の最後の辺りでは感動的なシーンが描かれる。


 ……でも、この物語はハッピーエンドでは終わらない。最終的に主人公とヒロインは結ばれるのだけど、ヒロインは過去の自分と決別する為に、主人公から離れていってしまう。


 そして大人になった主人公が過去を振り返り、また物語の最初のシーンれ繋がっていく。そんな不思議な物語として、結末を迎えるのだった。


 直後、エンドロールが流れ始める。画面が暗転して、文字の羅列が下から上へと流れていく。それを見つめながら、僕はコップに残っていた麦茶を飲み干した。


「えっと……どう、だったかな?」


 僕はエンドロールが終わったタイミングで、如月さんにそう尋ねてみた。すると、彼女は僕の方へと顔を向けてくる。


「なんだか不思議なお話」


「……まぁ、そうだね。ハッピーエンドにはほど遠い話だから」


「切なくて、それと少し悲しい」


 如月さんはそう言うと、自分の髪に手を伸ばした。そしてその髪の先端を指先で弄り始める。


「でも」


「えっ?」


 如月さんがそう呟いたので、僕は思わず聞き返してしまう。すると彼女は僕へ顔を向けてから口を開いた。


「でも、私はこの物語は嫌いじゃなかった」


「えっと……本当に?」


「うん。凄く不思議だけど、目が離せなかった」


「そ、そっか……それなら、良かったよ」


 僕は如月さんの感想にそう答えると、彼女は小さく頷いた。


 それから彼女は座る位置を少し後ろへずらした後、体勢を変える。ベッドに軽く腰掛けていた姿勢から、両膝を抱えた体育座りの姿勢に変わっていた。


「蓮くんはこういったお話が好きなのね」


「えっと……まぁ、そうだね」


「そう」


 僕が肯定した事に対して、如月さんは短くそう呟いた。


「私、まだまだ蓮くんの事、知らない事ばかり」


「えっ?」


「蓮くんとそれなりの期間、一緒にいたけど……私、何も分かって無かった」


 そう言った後、如月さんは僕の方へ視線を向けてきた。


「ごめんね、蓮くん」


「い、いや……」


「何も知ろうとしないで、不勉強だった」


「……そんな事ないよ。それを言ったら、僕だって如月さんについてまだまだ知らない事ばかりだし」


 僕がそう言うと、如月さんはジッと僕の目を見つめてくる。そして数秒程見つめ合った後、彼女はまた視線を外した。


「だけど、蓮くんは私の事を知ろうと頑張ってた。私は蓮くんと違って、何も頑張ってない」


 自分の事を悪いと思っているのだろうか。彼女はそう言ってから俯いて、抱えた両膝に顔を埋めた。


「だから、蓮くんに負けない様に色々と頑張ってみたの」


「……色々って?」


「……まずは蓮くんの好きなものについて、学んでみようと思った。でも、失敗した」


「ん?」


「煌真に付き合って貰って頑張ったけど、間違っていたから無駄に終わったの」


「えっと……もしかしてだけど、それって……あのサメ映画だったりする?」


 僕が如月さんにそう聞くと、彼女は無言で頷いてきた。


「煌真と一緒にたくさんの映画を見て、予習してたの。蓮くんと一緒に見ても大丈夫な様に」


「そ、そうだったんだ……」


 ……なるほど。だから、卯月はあれだけ疲れ切っていたのか。それなら納得がいった。


 だって、徹夜でサメ映画を見続けるというのは、ある意味拷問に近いものだと思う。それか苦行でしかない。


「けど、煌真に言われたの」


「卯月に?」


「蓮くんの事、少しは考えろって」


 如月さんはそう言って、少し間を置いた。


「だから、今日の私は蓮くんをもっと良く知る為に頑張ってみたの」


「如月さん……」


「ねぇ、蓮くん」


「う、うん」


「私……頑張れてた、かな?」


 如月さんはそう言って、僕に視線を向けてきた。その問いに対する答えは、考えるまでもない。


「うん、頑張っていたよ」


「……」


「ちょっといつもと違っていたから、戸惑ったりもしていたけど、それを聞いてようやく分かったよ。如月さんが頑張ってくれていたんだって」


 僕はそう口にしてから恥ずかしくなって、頭を掻いて誤魔化した。


「だから、如月さん」


 僕はそこで言葉を止めると、彼女を真っ直ぐ見つめた。そして呼吸を整えてから、静かに彼女に向けて自分の想いを口にする。


「今日、僕は如月さんと一緒にいて、凄く楽しかったよ」


 僕がそう言った途端、如月さんは伏せていた顔を上げてこちらに顔を向けてきた。


「だから……その、ありがとう」


 そして僕は彼女にそう感謝の言葉を伝えると、彼女は少し驚いた表情を見せた。


「……うん」


 如月さんは短くそうこぼすと、ゆっくりと頷いた。その顔にはほんの少しだけど、赤みが差している様に見えた。






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