如月さんは 分かりたい。
ビデオを見始めてからしばらくして、僕と如月さんはほぼほぼ無言の状態で鑑賞をしていた。時折お茶や大判焼きを摘まんだりして、またテレビに視線を向ける。その繰り返しだ。
ちなみに僕らが見ているビデオはというと、青春ドラマ風の長編アニメ映画だ。主人公の少年とその友達の男の子、そしてヒロインであるクラスメイトの女の子との淡い青春の物語である。
僕はこの作品がとても好きで、この映画が公開された後に出た小説版も買って読んでいたほどだ。ただ、圧倒的に知名度は低い。普通の人に聞いたとしても分からない人の方が多いと思う。
最近になって、この映画を作った監督の新作映画がとても人気が出て、脚光を浴びる様にはなったけど、昔から知っている僕からすると、何とも言えない気持ちになってしまう。
まぁ、僕のそうした古参的な感情は置いておいて……このアニメに関しては引かれる様な萌え要素や、分かりにくいロボット要素はあまり出てこないので、比較的にアニメ作品としては一般向けに見れるものだと僕は思っている。
だから、こうして如月さんにおススメだと言って見せているのだけど……彼女はどういった感想を抱いているだろうか。面白いと思うのか、それともつまらないと思うのか。
正直、さっきのおもちゃ遊びの方でもの凄く興味を示されてしまった為、このアニメの評価に影響を与えてしまわないか少し心配である。
「……」
そして如月さんはというと、画面を見ながら無言で大判焼きを食べている。今、食べているのは抹茶味だろうか。僕もさっき食べたけど、あれは美味しかったな。
僕も彼女に倣って食べようかと考えて、適当に袋の中から大判焼きを取り出して、真ん中で半分に割ってから中身を確認する。すると、中にはあんこと一緒に黒い粒々が顔を覗かせていた。
「た、タピオカだ、これ……」
あまりにもグロテスクな光景に、僕は思わずそう呟いていた。まさかこのタイミングで引き当てるとは思ってもいなかったので、ちょっとだけ驚いてしまった。すると、僕の声に反応してか、隣から如月さんが視線を向けてくる。
「なにそれ?」
「え、えっと……タピオカのおおば……じゃなくて、今川焼だけど」
「へぇ」
如月さんはそう呟いていたけど、何故か視線はずっとタピオカ大判焼きに注がれていた。もしかすると、食べてみたいのだろうか。いや、この視線は間違いなく食べたいって視線だよね。目を輝かせているから、完全にそうだと思う。
「……如月さん、良かったら半分食べる?」
そう言ってから、僕は半分に割ったタピオカ大判焼きを彼女に向けて差し出した。
「いいの?」
「う、うん。如月さんが良ければだけど……」
僕がそう返事をすると、如月さんは僕の手にあったタピオカ大判焼きを受け取った。
「じゃあ、貰うね」
彼女はそう言った後、そのまま受け取ったタピオカ大判焼きを口へと運んでいく。それを見た後、僕も半分になってしまったそれを口に運んだ。噛んだ瞬間、タピオカの食感とあんこの味が口内に広がっていく。
「……意外と美味しい」
グロテスクな見た目に反して、味は案外と悪くない。寧ろ、美味しかった。僕はそう感想を漏らしながら、如月さんに視線を向ける。彼女は特に表情を変えないまま、タピオカ大判焼きを口にしている。
「悪くない」
「う、うん、そうだね」
そして如月さんもそんな感想を漏らしていた。どうやら、彼女の口にも合ったようで何よりだ。というか、なんでも先入観で判断してはいけないという事なのかもしれない。僕はそれをこの大判焼きで学ぶ事になった。
「けど、あれだな。なんか癖になる味だから、また次に寄った時に買ってみようかな……」
「……ねぇ、蓮くん」
すると、タピオカ大判焼きの最後の1口を食べ終えたタイミングで、如月さんが僕の名前を呼んできた。僕は呼ばれたので、彼女の方へ視線を向ける。
「どうしたの?」
「……」
僕がそう尋ねると、彼女は何故か黙って少し俯いてしまう。どうしたんだろうと僕は内心首を傾げつつも、彼女の言葉を待った。
「……えと、楽しい?」
「えっ?」
「蓮くんは……私といて、楽しめてる?」
突然、如月さんがそんな事を聞いてきた。僕に視線を向けないまま、テレビの映像を見た状態でそう問い掛ける。一体どうして彼女はそんな事を聞くのだろう?
「えっと……どうしたの? 急に、そんな……」
「……少し、気になったから」
如月さんはそう言ってから、またも俯く様にして黙ってしまった。そんな彼女を見ながら、僕はどう答えたら良いものかと考える。足りない頭を使って、なんとかしてでも振り絞ってみる。
彼女が急に僕に向けてそんな事を聞いてきたというのは、その直前で僕が何かをやらかしてしまったから、そういった発言をしてきたのだろうか。何かが気に障って、嫌になってしまったのだろうか。そうなると、必要なのは謝罪なのかもしれない。
……でも、それで合っているのかな? ここで如月さんにごめんと言うのも、ちょっと違う様な気がしてならない。彼女が何を考えて出てきた疑問なのかはさておいて、如月さんが聞きたいのは楽しめているかどうかだ。
それを聞かれているだけであれば、僕の返答なんて決まっている。あれこれ考えていても、僕は弥生さんみたく上手くやり切る事なんか出来ないので、思った通りの事を返すだけだ。
「そうだね。楽しめているかどうか聞かれれば……もちろん、楽しめてるよ」
僕がそう言うと、如月さんは僅かに俯いたまま少し視線を逸らしていた。けれど、それは一瞬の事ですぐにこちらへと視線を向ける。
「本当に?」
「う、うん、本当だよ」
「……そう」
僕がそう答えると、如月さんは少し間を置いてからそう言っていた。そして彼女はまた視線を僕から外してしまう。
「……ねぇ。もう1つ、聞いてもいい?」
「う、うん」
「私、上手くやれてる?」
「上手く……?」
……今度はなんだろう。何の事を如月さんは聞こうとしているのか。何に対して上手くやれているのか。それが何か分からないと、迂闊に言葉を返す事が出来ない。
「……私、頑張れてるかな?」
そして僕が答えを返せずに黙っていると、彼女は続けてそう言ってきた。上手くやれるか、頑張れているか。どちらも主語がはっきりとしないから、何を指すかが本当に分からない。
それを聞くべきなのだろうか。それとも、あえて彼女はぼかしているのかも。だから、曖昧な言葉で聞いてきているのか。それであれば、聞かない方が彼女の為なのかもしれない。
「……頑張っていると思うよ、如月さんは」
「そう、かな?」
「その……僕なんかが言えた事じゃないかもしれないけど、今日の如月さんはどこか頑張っている様に思ったんだ」
「……」
「僕が前に言った言葉を覚えてくれていて、その事について調べてくれたり、さっきは僕の好きな物に興味を示してくれてさ。僕は素直に嬉しかったよ」
途中から言っていて恥ずかしさが込み上げてきたから、僕は頬を掻いて視線を逸らしながらそう言った。すると、如月さんは僕を見つめてから静かに口を開いた。
「そう、なんだ」
「う、うん。だから、上手くやれてると思うよ」
「……ん」
僕がそう答えると、如月さんは静かに頷いた。そんな彼女を見て、僕は内心ホッとしていた。どうやら、僕の回答は間違ってはいなかったようだ。変な事を口走らなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。
そして彼女はまた黙ってしまったので、室内にはテレビから聞こえてくるアニメの音声だけが響く。そんな時、僕はさっき聞こうとしていた話題をふと思い出した。聞くべきかどうか悩んだけど、僕はそれを彼女に尋ねる事にした。
「そういえば、如月さん」
「……なに?」
僕がそう声を掛けると、如月さんはこちらに視線を向けてそう尋ねてきた。なので、僕はそのまま言葉を続ける事にする。
「その……このアニメ、どう? 面白いかな?」
「……」
「えっと、なんていうか……今更だけど、もっと如月さんの意見も聞いておけば良かったかなって思ってさ。ほら、一緒に見るものなんだしさ」
「……」
「でも、僕の見たいもので優先しちゃったから、もしかすると如月さんの趣味に合わないのかもしれないし……」
趣味に合わない、というか僕の趣味を如月さんに押し付けている様な、そんな風にも思えてしまった。だって、彼女はさっきから食べ物の感想を述べるばかりで、この作品については何も触れていないから。
如月さんは良くも悪くも思った事をそのまま言ってくれる。僕のおもちゃに触れていた時もそうだ。面白いと思えば面白いと言うし、何か知りたい時には教えてと言ってくる。
今回、それが無いという事は……きっと彼女は面白くないと判断したのかもしれなかった。
「だから、どうなんだろうな……って思って。如月さんは、どう思う?」
「……そうね」
「う、うん……」
「まだ良く分からない」
如月さんは僕の問いに対して、はっきりとそう言った。その言葉に僕は思わず目を瞬かせてしまう。
「そ、そっか……」
「でも」
すると、如月さんは視線をテレビの方へ向けながら言葉を続けてきたのである。
「でも、まだ途中だから」
「えっ?」
「面白いかどうかは、最後まで見ないと分からないから」
如月さんはそう言った後、またテレビの画面に視線を送る。そして見る事に集中し出したのか、その言葉を最後に会話が止まった。
ここで僕が話し掛けるのは理解しようとしてくれている彼女の邪魔になる。なので、僕もそれ以上は語り掛ける事はせずに、如月さんと同様にビデオへと視線を向けたのであった。
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