如月さんは 気にしない。



 そしてキッチンに辿り着くと、僕はお茶の用意を始めた。


「えっと、確かここに……あったあった」


 僕はそう呟きながら、食器棚からコップを2つ取り出した。それから冷蔵庫を開けて、中に入ってる母さんが作った麦茶の容器を取り出そうとして……容器を掴んだ瞬間、僕は手を止めた。


「……そういえば、冷たいお茶で良かったのかな」


 そう、今更になってそんな心配が頭をよぎった。これは聞いておかなかった僕の落ち度である。


「もしかしたら、熱いお茶が欲しいのかもしれないし、聞いておけば良かったなぁ……」


 ここで戻って如月さんに意見を聞くべきなのか。いや、ここは時間的なロスも考えて……まずは冷たい麦茶を持っていって、それで彼女が熱いお茶を希望するのなら、またこっちに戻ってきて準備してあげればいいだろう。


「うん、そうしよう」


 僕はそう決めて、冷たい麦茶と2人分のコップをお盆の上に置いた。そしてそれを持って、僕は如月さんが待っている僕の自室に戻っていくのだった。


 それから階段を上がって部屋の前に着いた時、扉越しに部屋の中からダンディなボイスが聞こえてきた。しかも、何度も。明らかにこれは如月さんに渡したおもちゃから発する音であると、玄人の僕はすぐに気が付いた。


 それだけ気に入ったのか、それとも好奇心を刺激されて色々と試しているのだろうか。如月さんがそこまで興味を示すとは思ってもみなかったけど、遊んで楽しんでくれているのなら、僕としても嬉しい限りだ。


 なので、ここはそんな彼女の楽しみを邪魔しない様に、僕はゆっくりと扉を開けて、静かに部屋の中に入ったのだった。


「如月さん、お待た……せ?」


 僕が小声でそう言って部屋の中に入ると、なんとそこには衝撃の光景が待ち受けていた。僕にはあまりにも衝撃的過ぎて、持っていたお盆を落としそうになったぐらいだった。


「え、えっと……」


「あ、蓮くん。おかえり」


「うん、ただいま……」


 僕はそう言いながら、勉強机の上にお盆をゆっくりと置く。それから僕は視線を如月さんの方に向けた。そして彼女に向かって質問を投げ掛けた。


「あの……如月さん?」


「なに?」


「その……ちょっと聞いてもいいかな?」


「うん」


「……どうして、僕のベッドの上に腰掛けているんですかね?」


 そう言って僕は丁寧な口調で如月さんに問い掛ける。僕が部屋に戻ってきて見た光景というのは、まさかの如月さんが整えられていない僕のベッドの端の方に腰掛けて、平然としていた場面だったのだ。


 如月さんは無表情のまま、僕の渡したおもちゃで今も遊んでいる状態だ。ベッドの上に座っている事なんて、まるで気に掛けていないといった様子で楽しんでいた。


「どうしてって?」


「いや、だって……そこは僕のベッドですけど……」


「うん」


「い、嫌じゃないの?」


「なんで?」


 如月さんは僕の問い掛けに、首を傾げながらそう答えてきた。……いや、なんでって聞かれても困るんだけど。


「えっと、その……汚くないですかね」


「そう?」


「だって、僕が使っているベッドだよ? 如月さんが座る場所として、相応しくは……」


「別に。そんな事ない」


「へ?」


「蓮くんが言うほど汚くないし、座れるならどこでも良い。だから、問題ない」


 如月さんはそう言うと、またも変身ベルトで遊んでいる。……いや、うん。それは別に構わないんだけど……なんかこう……あれ? 僕がおかしいのかな?


「えっと……まぁ、如月さんが良いなら、それで良いけど……」


「それよりも、蓮くん」


「う、うん……なにかな?」


「このおもちゃの使い方が分からない」


 そう言って如月さんは僕に恐竜型のおもちゃを差し出してきた。さっき彼女に渡したおもちゃのうちの1つだ。これだけ他の物とタイプが異なっている。


「他のと形状が違うから、どうすればいいの?」


「あ、うん。えっと……」


 僕は如月さんの言葉に頷いてから彼女の側まで歩み寄り、差し出された物を受け取る。そして、それを手順を踏まえて変形させて、他のおもちゃと同じ様にスロットへ差し込んだ。


「こうしてやると遊べるよ」


「ん、やってみる」


 如月さんはそう言ってから僕と同じ動作をして、変身ベルトにおもちゃを差し込む。そしてスロット部分を展開させると音声が鳴り響いた。


「……カッコいい」


 如月さんはそう呟き、それから満足気に頷くと、僕に顔を向けてきた。


「これ、面白い」


「そ、そっか……」


「ちなみに蓮くん」


「な、何かな?」


「恐竜があるなら、サメのおもちゃは無いの?」


「さ、サメ?」


「そう」


「サメは……あるとは思うけど、僕は持ってないかな」


「……残念」


 如月さんはそう言うと、変身ベルトをベッドの上に置いた。少し肩を落としている彼女だったけど、僕は話を進める為に声を掛ける。


「そういえば、如月さん。お茶を持ってきたんだけど……冷たい麦茶でも大丈夫かな?」


「うん、大丈夫」


「そっか。じゃあ、入れておくね」


 僕がそう言うと、如月さんは無表情のまま頷いてくれた。そして、僕は如月さんの分の冷たい麦茶をコップに注いでから彼女に差し出した。


「ありがとう」


 如月さんはコップを受け取ると、そのまま麦茶を1口だけ口に含む。そして喉を潤してから、コップを机の上に置いた。


「えっと、これでお茶とお茶請けが揃ったから……」


「後はビデオを見るだけね」


「そ、そうだね」


 僕はそう言いつつ、ビデオを再生する準備を始める。そして如月さんはというと、鞄にしまっていた大判焼きの袋を取り出していた。凄く目が輝いていて、早く食べたいと訴えている様だった。


 そんな彼女の前を僕は横切りながら、レンタルビデオ店の袋を開けて、中からDVDを取り出す。そしてそれを屈んだ姿勢でビデオデッキの中に入れてから、再生のボタンを押した。


 それから立ち上がった後、下がってビデオを見ようとするのだけど……僕は一体、どこに座ればいいのだろうか。場所の位置的に、床に座るのはNGである。何故なら、そこに座ってしまうとベッドに腰掛けて見ようとしている、如月さんの邪魔になってしまうからだ。


 だからと言って、僕もベッドの上に腰掛けて如月さんの横に……彼女の隣へ座るというのもどうかと思ってしまう。けど、一番見やすい場所というと、そこなんだよなぁ。勉強机の椅子の上だと、角度的に見えないし。


 どうしたものかと立ちながら悩んでいると、ズボンの端を引っ張られる様な感覚がして、僕はそちらに視線を向ける。すると、如月さんが僕を見上げながら、黙ってベッドのすぐ横をポンポンと叩いていた。


「早く座れば?」


 彼女はそう言って、自分の横に座れと言わんばかりに僕を見てくる。


「いや、でも……」


「……? 別に遠慮なんてする事ないのに。これは蓮くんのベッドだし、蓮くんが座るのは当然」


 如月さんはそう言うと、またも僕を急かす様にポンポンとベッドを叩いている。……いや、うん。それはそうなんだけどね?


「えっと……」


「早く」


「……わ、分かりました」


 僕は如月さんに急かされて、そのまま彼女の隣へ座った。いや、この状況ってどうなの? 今は関係性が曖昧な彼女と2人っきりの状態で、しかも同じベッドの上に腰掛けてビデオを見ている。こんな状況の中で僕はどうするのが正解なのだろうか。


 チラリと横目で如月さんの方を見てみると、彼女はテレビ画面を注視しながら、買ってきた大判焼きを食べていた。小さい口で端から少しずつ食べている姿を見ていると、まるで小動物の様な微笑ましさがある。


「美味しい」


 そして満足そうに彼女は味についての感想を漏らしていた。どうやら、ご満悦の様で何よりだ。僕はそんな彼女が大判焼きを食べている所を横目に見つつ、テレビの画面にも視線を送るのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る