如月さんは 遊びたい。
「お邪魔します」
「あっ、うん……どうぞ」
僕が玄関の扉を開けると、如月さんはそう言って僕の家の中に入っていった。というか、まさかまさかの如月さんが僕の家に訪問するという超衝撃的な展開になるとは。
そして僕も如月さんに続いて家の中に入り、扉を閉める。この段階で、家の中から誰かの声が聞こえてきたり、物音がしている事も無い。つまり、今の僕の家には僕ら2人しかいないという事だ。
これを良かったと思うべきか、マジなのかと思うべきなのか……まぁ、でも。母さんに遭遇してあれこれと声を掛けられるよりかはマシなのかもしれないけども。
僕がそんな風に考えていると、如月さんは僕の家の中をきょろきょろと見渡していた。
「ここが蓮くんの家」
そして彼女はそう言って、僕の方に視線を向けてきた。その目はどこか好奇心に満ちている様に見える。
「まぁ、そんな面白いものは置いてないけど……」
僕はそう呟きながら、靴を脱いで玄関に上がる。そして如月さんの方を見ながら、こう続けた。
「あっ、スリッパを用意しないと……ちょっと待ってて」
「ん」
如月さんにそう言ってから、僕は急いでスリッパを用意する。それからそれを彼女の前に置いた。
「ありがとう」
如月さんはそう言ってからスリッパに履き替えると、振り返って自分の脱いだ靴を揃えた。それからまた僕に顔を向けて、こてんと首を傾げてきた。
「それで、蓮くん」
「う、うん」
「ビデオ、どこで見るの?」
「えーっと……」
僕は如月さんの問い掛けを受けて、ちらっとリビングのある扉に視線を向けた。ビデオを見るとすれば、リビングで見るのが最適解だろう。それなりの広さがあって、寛ぐ事も出来る。まさにうってつけの場所だ。
ただ……リビングで見るとなると、大きな問題が生じる可能性が十分にある。それは……どこかのタイミングでうちの親が乱入してくるという事だ。
多分、買い物に出掛けているだろうから、しばらくは帰ってこないだろうけど、いつ帰ってくるかなんて分からない。変なタイミングで帰って来られて、そこで如月さんといる姿を見られたりでもしたら、うちの親の事だ。きっと変に弄ってくるに決まっている。
……そう考えると、リビングは駄目だ。となると、残るは僕の部屋しかなかった。僕の部屋にはゲームをする様のテレビがあるし、アニメを見る為にお小遣いを貯めてDVDのデッキも買って置いてある。ビデオを見るだけで考えれば、何も問題は無い。
だけど、それもちょっとなぁ……こんな風に如月さんが来る事を想定してなかったから、部屋の中はあまり綺麗に片付いていなかったりする。特に見られて困る様な物が置いてある訳じゃないけど、少し抵抗がある。
それであれば、リビングで見た方がいいのか……えっと、どうしよう。どうしたものか。考えが纏まらないぞ。
「蓮くん?」
僕がそんな風に悩んでいると、如月さんが首を傾げながら僕の名前を呼んできた。その仕草は可愛いんだけど……今はちょっと困る。
「……あ、えっと」
僕はそう呟きながら、視線を泳がせた。泳がせた先には、僕の部屋に向かう階段がある。特に意味のある行動でも無かった。だけど、それが悪さをしてしまう。
「あっちでいいの?」
「え?」
「階段を上がっていけばいいのね。分かった」
なんと、如月さんが急にそんな事を言い出して、加えて階段を上がろうと移動を始めたではないか。もしかして、目を泳がせたのを目配せしたと如月さんは勘違いしたのかもしれない。
僕はその誤解を解こうとして、口を開こうとしたけど、もう既に遅かった。彼女は階段の手すりに手を掛けて、階段を登っていた。
「あ、如月さん! ちょっと待って!」
僕は慌ててそう叫びながら、彼女の後を追う。そして如月さんは2階に辿り着くと、またきょろきょろと辺りを見回していた。
「で、どこ?」
「そう、ですね……」
僕は焦りから冷や汗が止まらなかった。けど、ここまで来てしまった以上、本当はリビングだよとも言いづらい。だから、ここはもう諦めるしか無かった。
「その……あの部屋です」
「あの部屋……分かった。ところで、蓮くん」
「う、うん」
「あの部屋って、何の部屋なの?」
「……僕の部屋です。はい」
「蓮くんの部屋」
僕は観念して、如月さんにそう伝えた。そして彼女の前に出て、僕は自分の部屋の扉を開いた。
「ど、どうぞ」
「うん」
そして僕は如月さんを部屋に招き入れた。中に入ってみると、改めて部屋の中を綺麗にしておけば良かったと後悔した。ベッドは朝起きた状態のままで整っていないし、勉強机の上は教材が山積みしてある。幸いにも漫画本やゲーム類、それと僕の
ただ、僕の基準では大丈夫だと思っていたとしても、他の人から見たらどう思うかは分からない。少なくとも、母親からはもっと綺麗にしなさいと口うるさく言われている。
なので、如月さんはこの部屋を見てどう思うのか。今まで女の子をこの部屋に入れた事が無いから、どんな反応をするかなんて分かったものじゃない。……もし、何か言われる様であれば、今すぐにでも片付けた方が良いかもしれない。
僕はそんな事を考えながら、如月さんに視線を向けてみる。すると、彼女は特に驚いた様子も無く、僕の部屋を見渡していた。
「ここが蓮くんの部屋」
そう言ってから彼女は部屋の中をきょろきょろと見渡していた。そしてある場所に目を止めると、そこに向かってゆっくりと歩き出した。彼女が向かっていった先には、シルバー色に煌めくメタルラックが設置してあった。
「これ、なに?」
如月さんはそう口にした後、メタルラックに置かれた物……僕の
「これはね、えっと……特撮作品のおもちゃです……はい」
そう、彼女が見ていたのは、僕が集めている特撮の変身ベルトとか合体ロボとかのおもちゃだった。……いや、僕だって自分で良く分かってるよ。こういう趣味は恥ずかしいって。
でもさ、かっこいいじゃん。特撮ものって面白いし、かっこよくない? それに、こういうものを集めるのって、男の子なら誰でも憧れると思うんだけど……でも、この歳になって集めているのは、少し引かれるかもしれないけど。
「蓮くん」
「は、はい!」
「これはどんなおもちゃなの?」
如月さんはそう言った後、その中の1つを手に取って僕に見せてくる。それは赤色と銀色で塗装されたベルト状のおもちゃだった。上部には別のおもちゃを差し込む為の穴が2つ開いている。それを差し込んで遊ぶものとなっている。
「これはですね、えっと……その……」
如月さんは僕の言葉の続きを待っている。僕は彼女が持つおもちゃに視線を向けて、それからこう答えたのだった。
「……変身ベルトです」
「へんしんべると?」
「そう、ですね……はい」
僕がそう言うと、彼女は興味深そうにそのおもちゃを見つめていた。そして何かを考える様な素振りを見せてから口を開いた。
「どう遊ぶの?」
「え?」
「遊び方、知りたい」
……はい? 遊び方を知りたい? 如月さんが? どうして?
「えっと……如月さん、どうして遊び方なんて知りたいの?」
僕は思わずそう聞き返してしまった。すると、彼女はその質問に対してこう答えたのだった。
「私、こういうのは持ってない」
「まぁ、それはそうだよね……」
「だから、どんな風に遊ぶのかを知りたいの」
如月さんはそう言って、僕をじっと……というよりは、そのおもちゃを見つめていた。その表情は無表情ながらも何故か真剣だ。それだけこのおもちゃに興味を持ったのだろうか。
「ねぇ、教えて」
如月さんはそう言いながら、そのおもちゃを僕に差し出してきた。なので、僕はそれを受け取ってから、彼女に向かってこう答えたのだった。
「えっと、じゃあ……まずはこれだけだと遊べないから、専用のおもちゃを用意します」
「うん」
「それで、これが……この変身ベルト専用のおもちゃです。2本あります」
そう言った後、僕は如月さんにそのおもちゃを見せた。棒状の形をしていて、それぞれ緑と黒色のカラーリングがされている。
「このメモリ……じゃなくて、おもちゃをベルトのスロットに差し込んで……」
僕がベルトに差し込むと、待機音と呼ばれるものがベルトから流れ出す。そして僕はそのベルトのスロット部分をそれぞれ左右の手で持ち、如月さんに見せながらこう言った。
「で、ここを開くと……」
「開くと?」
「変身する事が出来ます」
持っていたスロット部分を左右に展開する事で、おもちゃから音声が発せられる。音声が出る事を知らない如月さんは、急な音に少し驚いていた。そして僕はスロットを元に戻した後で、そのおもちゃを彼女に差し出した。
「えっと……こうやって遊ぶおもちゃです」
「うん」
「他にも別のカラーリングがあるから、それと差し替えて遊ぶ事も出来ます」
「……」
如月さんは僕の説明を聞き終えると、僕がやった様にそのおもちゃのスロットを左右に展開して、音声を聴いていた。そして戻してはまた展開する。それを何回も繰り返していた。
「なるほど」
彼女はそう呟いた後、僕の方へ視線を送ってきた。それから左手でおもちゃを持ち、空いた右手を僕に向けて差し出してくる。
「別の物も試してみたい」
「へ?」
「蓮くんが言う別の色のおもちゃも貸して」
「あ、うん。これだけど、どうぞ……」
「ん」
僕はそう言ってその変身ベルトに対応するおもちゃを全て渡した。すると、如月さんは色々なパターンを試し始めたではないか。……いや、これ……なんの時間なの?
そして如月さんがおもちゃに夢中になってしまい、僕は手持ち無沙汰になってしまったので……今のうちに下の階に戻って、お茶でも用意しようかと思った。大判焼きを食べるのに、お茶があった方が良いと思うし。
そういう事で、僕は自分の部屋に如月さんを残したまま、1階へと降りていくのだった。
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