如月さんの考えは、本当に良く分からない。
しかし……これはどうしたものか。おそらく、如月さんはB級映画の意味を分かっていないだろうから、もういっその事……これは全てクソ映画です。見ない方がおススメですと言うべきなのか。
ただ、それを言ってしまうと、過去の僕の発言を蒸し返される可能性だって十分にある。そもそも如月さんがこのコーナーに来てしまったのも、僕の発言が原因なのだから。
『え……蓮くん、好きじゃないの? 嘘を言ってたの?』
『そ、それは……』
『……嘘吐き。最低』
『ぐはっ!!』
『噓吐きの蓮くんとはもう一緒にいたくない。さよなら』
『き、如月さんっ!!』
……最悪、そんな感じの展開が待ち受けている可能性も考えられる。そんな事を言われたら、彼氏役を解消させられた時以上の精神的ダメージを負いかねない。
だったら、ここは甘んじてクソ映画を見る覚悟を決めて、如月さんに少しでもマシなサメ映画を提供して……ん? いや、待てよ。
よくよく考えたら、別にこれは僕が見るという訳じゃない。一緒に見るのならまだしも、あくまで如月さんが見たいと言っているだけだ。だから、僕が必要以上に悩む心配は無いという事だ。
それだったら、話は変わってくる。ここは如月さんに向けて『ここにある作品よりも、もっと素晴らしいサメ映画があるから、そっちにしたら?』的な感じの事を言って、無難に回避を……。
「で、蓮くんはどれがいい? どれが見たい?」
「……え?」
「だから、蓮くんが見たい作品を教えて欲しい」
「……んん?」
あれ? どういう事なんだろう。どうして如月さんは僕が見たい作品を尋ねてきているのか。なんで僕に選択を委ねてきているのか。今のこの状況って、彼女が見るべき映画を探している場面じゃないの?
「えっと……如月さんが見たい作品じゃなくて?」
「違う。蓮くんが見たい作品。おススメを教えて欲しい」
「……なんで?」
「……? 蓮くんと見るからだけど」
そして如月さんにどうしてなのかと聞いてみると、彼女はサラッととんでもない事を言ってのけたのだった。しかも、真顔で。さも当然の様に言っていた。
……えーっと、ちょっと待って欲しい。待ってください、如月さん。あの……一体いつ、僕が如月さんとビデオを見る事になったのか。僕、そんな話は聞いていませんけど? どこで決まったの?
というか、どういう考えに至って、如月さんは僕と一緒にクソ映画を見ようとしているのか。彼女の考えが本当に分からない。……いや、分からないのはいつもの事か。うん。
「あの……如月さん」
「なに?」
僕は戸惑いながらも、如月さんに声を掛けた。すると、彼女はいつも通りの無表情だけど、少し角の取れた柔らかな表情で僕の方を見つめてきた。その表情に思わずドキッとしてしまうけど、今はそれどころじゃない。ちゃんと確認をしなくては。
「その……どうして僕と一緒に、ビデオを見る事になっているのかな?」
「どうしてって?」
「え、いや……何と言いますか。そういった話を特に聞かされていた訳じゃないので、ちょっと混乱してまして……」
「……?」
僕がたどたどしくそういった説明をすると、如月さんはとても不思議そうな表情を浮かべて、首を傾げていた。まるで『あれ? 説明してたよね?』とでも言いたげな表情だ。そしてそんな分かっていない僕に向けて、如月さんは短くこう告げた。
「ヒント」
「へ?」
「屋上でヒント、あげたでしょ」
「えっと、ヒントって確か……」
如月さんが言っていたヒント、それは『遊び』というもの。そんなヒントは貰ったものの、現在進行形でその答えについては分かっていない。
でも、もしかしてだけど……今までの情報を全て合わせてみると、大判焼き(如月さん的には今川焼)を買ってからレンタルビデオ店に鑑賞用のビデオを借りにきて、そして遊びというキーワードがヒントである。
つまり、導き出される答えというのは……如月さん、僕とビデオ鑑賞会をするつもりでここまで行動していたって事? いや、分からんて。内緒にされてたら分からんて。そしてヒントを与えられただけで、分かってる前提で話を進められても困るよ。
「そういう事だったのか……」
僕はようやく事態を把握する事が出来て、思わずそう呟いていた。
「そういう事だった」
そして如月さんは何故かそう言って相槌を打った。いや、そのノリはなんなの。『そういう事だった』じゃないんだって、如月さん。頼むから、もう少し説明してくれても……って、違う。違う。そうじゃない。
そもそも、如月さんの説明のし足りなさは今に始まった事じゃない。彼女との距離が近くなった切っ掛けの時にも、連絡先と合鍵を押し付けた上で付き合ってと言ってくるし。彼氏役だった初めの頃にも、ろくに説明もされないまま、如月さんが告白されてる現場でほぼ放置プレイされてるし。
といった風に振り返ってみると、本当に如月さんの言葉が少ないせいで、何度も僕が困ったり焦ったりしている気がする。まぁ……でも、それが如月さんクオリティだと思うと、仕方ないと思ってしまうけども。
……とりあえず、如月さんが僕と一緒にビデオ鑑賞会をしたいというのは分かった。その為に、このクソ映画の中から見る作品を選ばないといけないというのも分かった。
「それで、どうするの?」
理解したところで、彼女はそう言って僕に回答を求めてきていた。その両手にはサメ映画のパッケージがしっかりと握られている。まるで早くしろと言わんばかりのスタイルだ。
正直なところ、困惑し過ぎていて、答えが出て来ない。彼氏役は終わったというのに、こうして如月さんが僕と一緒にビデオを見ると言ってくるのも謎だし。彼女が求めている事についても謎である。
「えっと……」
そう呟いたところで、答えなんてものは出て来ない。時間だけが過ぎていくだけだ。だけど、分かりきっている事が1つだけあるのは確かだ。それはどんなサメ映画を選んだとしても、如月さんと一緒にビデオを見るという事は確定していると。
如月さんの都合は良く分からないけど、僕としての都合で言えば願ったり叶ったりというもの。彼女との関係修復を目指す僕からすれば、天から舞い降りた光明と言っても過言じゃない。
ただ、それでも……如月さんが勘違いをしている手前、これらの作品を見ている時に面白そうな反応をしないといけないのかと考えると、ちょっとそれはどうかと思ってしまう。
彼女とせっかく過ごせる時間があるというのに、それが無為なものに終わってしまうのはもったいないと思うのだ。それだったら、有意義な作品を見た方が良いに決まってる。
「その、如月さん」
「うん」
「あの……こんな事を言うのもあれなんだけど。ここじゃないコーナーの、他の作品でも駄目かな?」
そんな訳で僕は如月さんに他の作品を提案してみた。この提案に頷いてくれる事を信じて。
「どうして?」
しかし、彼女は不思議そうに首を傾げてくるだけで、僕の意見に賛同する様子は見られなかった。
「蓮くん、こういう作品が好きなんじゃないの?」
「いや、その……」
しかも、最初に想定していた様な返しを如月さんはしてきた。……こうなったら、正直に言うしかない。と、僕は覚悟を決める。B級映画を見る覚悟を決めるぐらいだったら、こっちの方がまだマシである。
「実は……僕は別に、そういった作品が好きという訳じゃなくて……」
「……そうなの?」
「うん。あの時は、えっと……ジョークというか、場を和ませようと冗談を言っただけなんだ。その、ごめん」
「……」
「如月さんが僕の事を考えて、気遣ってくれたのは嬉しいんだ。でも、良く分からない……じゃなくて、おススメ出来るかどうか怪しい作品を勧める訳にもいかないから。だから……」
僕はそう言いつつ、言葉の続きを考える。何と説明したものかと悩んでいると、如月さんの方から話しかけてきた。
「分かった」
「え?」
「じゃあ、蓮くんが本当に見たいと思う、その作品を教えて」
そして彼女はそう言うと、持っていたサメ映画のパッケージを元あった場所に戻した。それからまた僕の方へ視線を向けてくる。
「い、いいの?」
「うん」
「僕、如月さんに変な誤解を与えていたみたいなんだけど……」
「違ったのなら、別にいい」
「本当に?」
「うん。だから、教えて」
如月さんの言葉に、僕は思わず苦笑いをした。
「分かったよ。それじゃあ、ちょっと付いてきて貰ってもいいかな」
「ん」
そして僕は如月さんにそう告げると、彼女を連れて僕が良く足を運ぶコーナーへ向かっていった。もちろん、向かう先はアニメ作品が置かれているコーナーだ。
流石に初見で分かりにくい様な、コアな作品を勧める訳にはいかないので、普通の人が見ても抵抗の無い様な作品をチョイスする。でも、B級映画に比べたら僕の好みと言える作品だ。
それからそのDVDを持って、レジで会計を済ませる。店員さんに専用の袋に入れて貰ってからそれを受け取り、その後で如月さんを連れて店の外に出た。
「それで、如月さん。その……」
「なに?」
「えっと、今からこのビデオを見るんだよね」
「うん。そのつもり」
「それでなんだけど……これ、どこで見るの?」
僕はそんな疑問を彼女に向けてぶつけた。よくよく考えたら、ビデオを借りるのはいいけども、それをどこで見るかというのは考えていなかった。
如月さんはその事について、考えているのだろうか。……ま、まさか。も、もしかするとだけど……まさか、これを持って如月さんの家にご招待なんて展開もあるのかな……?
そんな事を考えてしまうと、急に心拍数が上がってきた。そして彼女の回答を息を呑んで待っていると、如月さんは淡々とした口調でこう答えた。
「蓮くんの家」
「はい?」
その答えに僕は思わず変な声を出してしまった。
「ぼ、僕の、家?」
「そう。私の家、再生出来る機械が無いから」
そして彼女はこてんと首を傾げながら、僕に向かってこう言い放ったのだった。
「だから、蓮くんの家に連れてって」
……本当に、どういった展開なんだ、これ。
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