蓮くんの好きな物は、良く分からない。



「……」


「……」


「……ふーん」


「ふぁ……」


 ビデオデッキに入れた円盤―――DVDの映像がテレビに出力されて、それを煌真と一緒になって、私は座って静かに観ている。ソファの上で膝を抱えながら、私は映像に目を向けていた。


 普段は見ない様な映像と、派手めの演出と音が私の目に入ってくる。良く分からないけど、そういった物が沢山出てきていた。


 とにかく、臨場感という物がある。これが面白いという演出なんだろうか。映画とか全く見ないから、そういった事は本当に分からないので、そんな言葉しか出て来ないけど。


「ねえ」


「あ?」


 だから、私は煌真に感想を求めてみたくなって、そんな風に声を掛けていた。彼に呼び掛けると、首をテレビの方に向けたまま、ぶっきらぼうな返事が戻ってくる。


「これ、面白い?」


 私は煌真の横顔を見ながら、そう尋ねた。すると、彼は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべて……


「……ありのままで言って良いのか?」


「うん。教えて」


「すっげえくだらねえ」


「……くだらない」


 吐き捨てる様に、そんな事を言った。私はそんな煌真に首を傾げて見せると、彼は更に言葉を続けた。


「設定が訳分かんねえ。演出も訳分かんねえ。構成も良く分からん。それでいて、映像がチープ過ぎて……もう酷いとしか言い様がねえぞ、これ」


「そうなの?」


「そうだよ。ったく、くだらねえ」


 煌真はそう言ってから、頭を掻いていた。それから彼は大きなため息を吐いた後、またテレビの映像に目を向けた。


「お前はどうなんだ? 昨日から同じ様な映画を見続けているけど、面白いと思うのか?」


「分からない」


「あ?」


「それが分からないから、分かるまで見たいの」


「……はぁ、全く」


 そして彼は膝の上で頬杖ついて、またため息を吐いていた。


「サメ映画観賞会とか……苦行だろ、これ。完全にB級映画だろ。何が面白いんだか……」


 それから呆れた様にそんな事を言っていた。どうやら本当に面白くないらしい。退屈そうな表情がそれを十分に物語っていた。


「しかも、シャー〇ネードシリーズとか、正気かよ……。これ、全部で6作あるんだぞ。クソ映画だって分かってんのに、何で見なきゃいけないんだか……」


「……サメだから?」


「そりゃ、サメが好きなお前はいいけどよ……もっと、それなら誰もが知ってる様な名作サメ映画とか……例えば、ジョー〇゛とかあるだろ」


「でも、私はこれが良い。これが良いの」


「はぁ……」


 そう言った後、文句を口にしながらも煌真はテレビの画面から視線を外す事なく、そのまま見続けていた。


 そんな彼の横顔を少しだけ眺めた後、私もまた映像に視線を移した。テレビの画面には吹き荒れる嵐と飛び交うサメの映像が相も変わらず映っていた。


 こんな風に私は昨日から、サメに関する映画の鑑賞をずっと煌真の家でしている。出来る事なら別に私の家で見たいところだったけど、生憎のところ私の家にはそういった映画を見る機械が無いので、彼に助けを求めたのだった。


 それを頼んだ時、最初は本当に嫌そうな顔をして、何かと断りたそうな言葉を吐いていた彼だったけど、最終的には私に協力してくれる事になり、レンタルビデオショップに行って、映画を借りてきたという訳である。


 そして昨日は帰ってから朝まで映画を一気見していたから、今日の煌真は眠そうにしている。彼がずっと眠たそうにしているのは、それが理由だった。


「ん」


 私は抱えていた膝を下ろし、目を軽くこすってから、また映像に集中する。テレビでは今度は主人公らしき人がチェーンソーを振り回し、サメと戦っている。どういうシチュエーションなのか、さっぱり分からない。


 こうして映画を見続けているけど、煌真が言った様に良く分からない。訳が分からないといった感想しか出てこない。


 私が知っているサメは海の中を泳ぐ生物であって、こんな映像に出てきているサメみたいに竜巻で浮上して、人を襲うなんてあり得ない。常識外れの発想とも思える。


 でも、私は趣向は違えども、こうしてサメが出ている映画を見ている。何故かというと、こうした作品について学ばないといけないと思ったから。


「……蓮くんはこの映画、面白いって思うのかな」


 私は煌真に聞こえない程度に、小さな声でポツリとそう呟いた。こういった映画をずっと見ているのも、この前に蓮くんが言った言葉が切っ掛けだった。


『じゃ、じゃあ、僕はファイブヘッドジ〇ーズで!』


 水族館のサメの展示コーナーにて、私が蓮くんにどんなサメが好きかと聞いた時、彼は最初にそんな言葉を言っていた。


 私はそんなサメも言葉も知らなかったので、蓮くんにそれが何なのか聞き返したけれど、彼は何故か言い直してハンマーヘッドシャークと口にした。どうして変えたのかは、良く分からない。


 でも、その事がずっと引っ掛かっていた。ほとんどのサメについて私は知っているのに、蓮くんはそんな私が知らないサメの名前を出してきた。何とも言えない悔しさを感じたけど、それ以上に私は知りたいと思った。蓮くんが好きだというサメの事を。


 そしてそれが何なのか調べていたら、どうも映画のタイトルだった事が分かった。実在しているサメでは無かったので、私が知らないのも納得がいった。そんなものはこれまで調べてこなかったから。


 正直、それが分かったところで終わりにしても良かったけれども……蓮くんが好きなサメでこの映画を挙げてきたのなら、こういった作品を見続けていれば彼の事が分かるかもしれない。そんな風に私は思った。


 だから、彼の事を知る為に、彼と共通の話題が出来る様になる為に、こうして勉強をしている。もちろん、蓮くんが言っていたファイブヘッドジ〇ーズは既に視聴済みだ。……ただ、その成果は正直に言って、あまり芳しくはないけども。


 やっぱり、私には良く分からない世界観だった。色々な作品をずっと見ているけど、面白さが本当に分からない。


 付き合ってくれている煌真には言えない事だけれども、私にとってもこれは苦行だと言わざるを得ない。でも、それでも私は蓮くんの事を知りたいと思うから。だから、頑張って視聴を続けるのだった。


『あれこれ考えるな! サメをぶっ倒せ!』


 テレビでは映画の主人公がそんな言葉を口にしていた。キメ台詞なのか、切羽詰まった状況なのか、迫力がある様に見えた。


「サメと戦う為にチェーンソーを振り回すって……どんな設定だよ」


 その言葉を聞いて、煌真がそういった感想を漏らしていた。私もそれには同意だった。サメと戦う為にチェーンソーを振り回す。こんな事が現実である訳がない。


『うおおおお!』


 そしてテレビでは主人公がまた叫んでいた。生きる為にサメと戦っている。何だかとても必死な様子に見える。その叫びは悲痛にも聞こえた。


 こうした姿を見せるところが、必死に生きようともがいているシーンがもしかすると、蓮くんの琴線に触れるのかもしれない。


「本当に馬鹿げてる。訳分かんねえよ」


 煌真はまたそんな事を言っていた。そんな煌真とは違って、私はそうした映像を静かに鑑賞する。そんな時間が黙々と過ぎていき、やがて映画はエンドロールを迎えるのだった。




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