未体験の味と、睡眠不足な彼
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「ふぁ……眠っ」
広いリビングの中、ソファの上。私の隣からそんな眠そうな声とあくびが聞こえてくる。そしてその発信元は煌真だった。
彼は私が家に帰っている間、仮眠をしてきたみたいだけど、まだ眠そうだった。それか晩ごはんを食べた直後だから、眠気がきているのかもしれない。
「まだ眠い?」
私がそう尋ねると、煌真は眉間にしわを寄せて頭を振る。それから彼は大きく伸びをして、それからまた大きなあくび。
「そりゃ眠いに決まってるだろ。誰のせいだと思ってんだよ」
彼はそう言いながら、私に視線を送ってくる。普段から目付きが悪い煌真だけど、今日は眠気も相まってもっと悪い人相になっていた。多分、蓮くんだったら怖がって逃げ出すかもしれないくらいの眼力。
「ったく。学校でも少しは寝たけど、全然足りねぇ。あー、眠い……。というか、お前は良く平気でいられるよな」
「別に。私も学校で寝てたから、あまり眠くない」
「は?」
「昼休み。保健室で寝てた」
本当はいつもの屋上で眠りたかったけど、今日は生憎の雨だったから、行けなかったので保健室のベッドで寝ていた。だから、今はそれほど眠くない。けど、昼ごはんを食べられなかったから、お腹はペコペコになっていたけど。
「はぁ……マジかよ。俺もそうしておけば……いや、お前が寝ている時点で無理じゃねえか、くそっ」
煌真はそう言いつつ、頭をガシガシと掻いて、そして大きなため息を吐いた。
「……まだ眠いなら、もう1回仮眠してきてもいいけど」
「いや、いい。時間がもったいないし、仮眠を取るつもりが、ガチ寝するかもしれないからよ。このままいくわ」
そして煌真はそう言った後、リビングの机の上に置いてあるドリンクの缶を手に取った。黒い缶に緑の絵柄が描いてある、私が見た事のない物。
「……何それ?」
そんな煌真が手にしているドリンクの缶を指差して、私はそう尋ねた。すると、彼は「ん?」と言いながら私の方を見る。
「これか? これはな……まぁ、眠気覚ましみたいな物だ」
「眠気覚まし」
「あぁ。エナジードリンクって言って、カフェインやらが入ってる飲み物だ」
「へぇ」
そんなものがあるなんて知らなかった。私はあまりこういう物を買ったり飲んだりはしないから、初めて知った。
「まぁ、あくまで気休めだ。これを飲んだからって、全く眠くならないって訳でもねえし」
煌真はそう言うと、缶のプルタブを開けた。すると、開けた途端に何とも言えない香りが私の鼻まで届いた。缶の外観と、その匂いから全く味が想像が出来ない。だから、何となく私の好奇心が刺激された。
「ねぇ」
私は煌真に声を掛ける。すると、彼は缶を口に運ぼうとしていた手を止めた。それから私に視線を向けて、首を傾げてくる。そんな彼に私はこう言った。
「ちょっと飲んでみたい」
「はぁ?」
私が飲みたいというと、煌真は何言ってんだこいつ? という顔で、そう返してきた。私はそんな煌真にもう一度言う。
「飲みたい」
「……お前なぁ」
煌真は呆れた様な顔で、私を見てくる。でも、私も諦めずに彼の顔をジッと見つめ続け、飲ませろと訴え掛けてみる。すると、彼は小さくため息を吐いてから、手に持っていた缶を私に差しだしてきた。
「1口だけだぞ」
「ん」
私は煌真から缶を受け取ると、恐る恐る缶の口を自分の口に付ける。そして、缶を傾けて中身を口の中に流し込んだ。すると、思ってもいなかった刺激が口内でシュワシュワと広がっていく。まさかの炭酸だった。
しかも、味は何と言うか……今までに味わった事が無い感じの味がする。ジュースみたいな味を想像していたけど、どちらかと言うと栄養ドリンクみたい。私は思わず眉根を顰める。
「……これ、好きじゃない」
「だろうな。お前が好きそうな味じゃないからな」
「分かってるなら、最初から言ってくれればいいのに」
「言っても聞かねえだろ、お前。ほら、早く返せって」
「ん」
私は飲み掛けのドリンクの缶を煌真に突き付ける様に返した。彼はそれを受け取ると、そのまま口を付けて飲もうとして……口を付ける寸前でその動きを止めた。
「あー、くそっ」
煌真は面倒な感じでそう言うと、缶をまた机の上に置いて、そのまま立ち上がった。そして台所の方に歩いて行った。何をしているのかと、私はジッとその背中を見つめる。
それから少しの時間が経って、煌真が台所から戻ってくる。その手にはドリンクの入ったグラスと、ピンク色の紙パックの何かがあった。
「ほらよ」
煌真はそう言いながら、私に紙パックを渡してきた。それを受け取って良く見てみると、それはいちごミルクの紙パックだった。
「お前はそれでも飲んどけ」
そう言った後、煌真は元いた場所に腰掛けて、持っていたグラスの中身を一気に飲み干した。そして飲み終えると、空になったグラスを机の上にそっと置いた。
「何それ」
「さっきのエナジードリンクだよ。グラスに移し替えてきた」
「……どうして?」
「どうしてって……別にいいだろ。グラスで飲みたい気分だったんだよ」
「そう」
私は煌真に短く返事してから、貰ったいちごミルクを飲もうと、紙パックにくっついているストローを外した。それからストローを刺して、いちごミルクを口に含む。
口の中に広がったのは、さっき飲んだエナジードリンクとは全く違った味わい。飲み慣れた味で甘いけど甘すぎず、程よい甘さで美味しいと思う。
「こっちの方が良い」
私は煌真にそう言った。すると、彼は小さくため息を吐いて「それは良かったな」と言ってた。それから私は少しずつ時間を掛けて、いちごミルクを飲んでいくのだった。
「で、心奏。今日はどれにするつもりなんだ?」
そうして私が飲んでいる途中、煌真が不意にそんな声を掛けてくる。私はいちごミルクを飲むのを一旦止めて、煌真に視線を向けた。
「……どれにしよう」
「どれにしようって……自分で決めろよ。俺はただ、お前に付き合っているだけなんだからよ」
「そう……じゃあ、これ」
そして私はいちごミルクを一旦机の上に置き、煌真に向けてある物を渡した。それは……円盤の形をした記録媒体だった。
「これを見る」
「……マジか」
煌真はその円盤に貼ってあるラベルを見て、少し嫌そうな顔をしている。表情からして見たくないといった様子。
「嫌なの?」
「いや、そういう訳じゃないが……まあ、いいや。で、これを見たいんだな?」
「そう」
私がそう言うと、煌真は何やら諦めた様子で私の持っていた円盤を受け取ってくれた。そして立ち上がってから、リビングのテレビの方に向かって行く。そして、そのままテレビに付いたビデオデッキに円盤をセットして―――
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