どう足掻いたとしても、僕は僕である。
多分だけど、弥生さんの手を取って、そして協力して貰えるのなら、きっと上手くいくだろう。そんな気がする。
ここまで彼女が自分の事情を打ち明けて、僕に寄り添ってくれているのは間違いなく善意での行動だと思う。騙されているかもしれないけど、僕にはそうは思えなかった。
だって、彼女が語る言葉はどれも誤魔化しとかが無い真実だろうから。余計な思惑なんて、全く無い。弥生さんは本当に僕の味方のつもりで、僕を助けようと動いてくれている。
だから、ここで彼女の手を取ってしまった方が、物事は都合良く進んでくれるかもしれない。僕だけじゃなくて、如月さんの味方だと言っているのだから、きっと悪い様にはしないだろう。
僕があれこれ考えて迷っているよりも、弥生さんに道を示して貰った方が、きっと彼女の言う様に合理的に物事が進み、円滑に纏めてくれると思う。……でも。だけど。本当にそれでいいのだろうか?
「……」
僕は弥生さんの差し伸べた手をジッと見つめたまま、何も言わずに考える。これから一体、僕はどうしたいのだろうか。
今の状況を良くしたいのなら、如月さんとの関係を元通りに修復して、これからも同じ様な関係を続けていき、彼女の役に立っていく。そしてそれを達成するに足りない部分を補う為、弥生さんの手を取る。それが一番の近道かもしれない。……けど、それが僕の求めるものなのだろうか。
いつだって僕は遠回りしか出来ない人間だ。如月さんみたいに自分の意思を貫き通す事は出来ないし、弥生さんみたいに気遣い上手や相手を観察して理解する事も出来ないし、卯月みたいに面倒見が良かったり思いやりがある訳でもない。
どれにおいても、僕はみんなに劣る凡人でしかない。頑張って如月さんの前で格好良く振る舞おうとしても、それが出来ずに空回りをしてしまうだけ。だから、彼女にも自分の想いを上手く伝えられない事もあった。
だから、そんな僕に出来るのはこんな方法だけだ。
「や、弥生さん」
僕は目の前の彼女にそう言って呼び掛け、そして弥生さんは首を傾げながら僕の答えを待っている。僕は一度大きく息を吸って吐いてから、覚悟を決めて、その手を―――
「ごめんなさい!!」
僕はそう言って彼女の手は取らずに、勢い良く頭を下げて、弥生さんに向けて最大限の謝罪をしたのだった。
「え?」
そんな僕に対して、弥生さんは目を丸くして驚いている。僕の行動が意外だったのか、彼女はしばらく驚いた表情のまま固まっていた。僕はそんな彼女の前で、自分の想いを伝える為に言葉を続ける。
「えっと……弥生さんの提案はものすごく助かる……というか、ありがたいと思うんです。僕なんかの為に力になってくれるって、そんな人は滅多にいないから……」
「え、えと、だったら、どうして……」
「それは、その……何と言ったらいいのか……えーっと……」
上手く言語化が出来ない僕は、しどろもどろになりながら、何とか言葉にしようとしてはみるものの、やっぱり上手く説明する事が出来ない。
弥生さんは僕の言葉を待ってくれているけど、それでも言葉を発する事がなかなか出来ない。僕はそんな自分が嫌になり、つい俯いてしまう。
「あの、ですね……」
そして僕はまた同じ様にそう呟いた後、顔を上げてこう言葉を続けたのである。
「僕には、その……弥生さんの真似なんて、多分出来ません!」
「え、えっ……? 真似が、出来ない?」
「僕って不器用だから……弥生さんみたいにみんなを上手く騙そうとかなんて、絶対に出来ないと思うんです。というか、実践しようとして、間違いなくぼろが出る未来しか見えない感じがして……だから、ごめんなさい!」
僕はそう言って、弥生さんにまた頭を下げて、精一杯の謝罪をする。色々と考えてみたけれども、やっぱり彼女の手を取っても、僕には無理だ。そういった結論に辿り着いた。
いくら彼女が騙し方を教えてくれたとしても、それを実行する僕がポンコツ過ぎるから、きっと実践しても上手くいかない。だから、僕は嘘が吐けない。僕は僕が出来る範囲の事しか出来ない人間だ。それが弥生さんの真似をしようなんて、無茶が過ぎる話だ。
僕の謝罪を聞いた弥生さんは、そのまましばらく固まっていた。そして少し間を置いた後で、彼女は僕に対してこう言葉を掛けてきたのである。
「えっと……つまり、立花くんは……私みたいに上手く物事を運べないと思うから、教えて貰っても困るって、そう言いたいの?」
「あ、いや……困るとかじゃなくて、何だか申し訳ないというか……例えるなら、猫に小判とか豚に真珠って言いますか……その、そんな感じ、です」
歯切れの悪い言葉を並べながら、僕は何とか自分の想いを伝えようとする。そんな僕の言葉を弥生さんは静かに聞いていてくれていた。
……ひょっとして、呆れられてしまっただろうか。自分が助けると言っているのに、不器用だから無理って弱音を吐く僕を見て、彼女は何と思っただろうか。
その答えを知るのが怖くなって、僕は弥生さんの顔を見る事が出来ない。僕は俯いて、そして弥生さんは無言で黙っている。二人の間には何とも言えない気まずい空気が流れていて……
「……ぷっ」
その沈黙を破ったのは、弥生さんの笑い声だった。僕が驚いて顔を上げてみると、彼女は目尻に涙を浮かべながらクスクスと笑っているではないか。そんな状況の彼女を見て、思わず僕は唖然としてしまう。
「あ、あの、弥生さん?」
そんな僕に対してか、弥生さんは小さく笑った後でこんな言葉を口にする。そしてそれはどこか嬉しそうな声色をしていたのだった。
「あはっ、あははっ! そっかそっか。立花くんらしいね」
「え?」
弥生さんの言葉を聞いて、僕は思わずそう聞き返してしまう。そんな僕の反応を見てか、弥生さんは小さく笑いながらこう言葉を続けた。
「まさか、そんな風に断られるとは思わなかったよ。てっきり、ここまでお膳立てしてあげたんだから、手を取るとばかり思っていたからさ」
「そ、そうなんですか?」
「まぁ、でも、立花くんがそう言うなら仕方ないか。無理強いしても意味が無いしね」
そう言って、弥生さんはベンチからスッと立ち上がると、腕を真上に伸ばして背伸びをした。それから彼女は僕の方を見て、こう言うのであった。
「だけど、良いと思うよ」
「へ?」
「いや、だから、私は良いと思うよ。自分の力じゃ出来ないって分かっているのに、それでも何とかしようと頑張ってる。その一生懸命さは嫌いじゃないよ」
「……あ、ありがとうございます?」
何だか良く分からないけど、とりあえず僕は彼女にお礼を言った。すると、弥生さんはまたクスクスと笑い始めた。そんな彼女を見て、僕も思わず笑ってしまう。
「あっ、そうだ。この際なんで、1つ訂正をしておきたい事がありまして……」
「ん? 訂正したい事?」
「あの……弥生さんはさっき、僕が如月さんに恋人役の役目を、辞めさせられそうになっているって言いましたよね」
「うん。言ったけど……それがどうかしたの?」
弥生さんは不思議そうに首を傾げると、僕の顔を見ながらそう尋ねてきた。そんな彼女に僕はこう言葉を返した。
「その、ですね……その件なんですけど、実は……僕はもう、如月さんから恋人役はやらなくていいって言われてまして……」
「え? そうなの?」
「だから、その……騙すとかそれ以前の問題になっているんですよね。もう、あやふやと言いますか……」
僕は頭を掻いてそう答える。何だか、ものすごく格好悪い事を言っている気がする。けど、こんな風でしか答えられないのが僕なんだ。どうあっても、それは変わらない事実でしかない。
「……でも、とりあえずは……まずは僕なりに、何とか頑張ってみようと思うんです。僕もどうすればいいのか分かっていないですけど、それでも……」
僕はそう口にしつつ、ある言葉を思い返していた。数日前に屋上で言われたあの言葉を。
『これからは自分で頑張ろうと思ったの』
如月さんが言ったあの言葉。どんな事を考えて出た言葉なのかは分からないけど、それでも彼女は頑張ると言っていた。だから、僕も頑張ってみようと思う。例え、それが今よりも状況が悪くなったとしても、悔いは残したくないから。まさに当たって砕けろの精神だ。
「あ、あの……そんな感じで、どうでしょうか? その、すみません。変な事ばかり言ってしまって……」
僕はそう言って弥生さんに謝る。すると彼女は少し考えた後で、こんな言葉を僕に告げたのである。
「……そっか。うん、分かったよ」
「え? 何がですか?」
弥生さんの言葉に僕は首を傾げる。すると彼女は僕に向かってこう言葉を続けたのである。それはとても優しい笑顔で……
「立花くんって、やっぱり不器用だよねって話」
「あ、はい。すみません……」
「ふふっ、別に謝らなくてもいいよ。でもさ、私はそんな君が嫌いじゃないから」
そんな言葉を僕に投げ掛けてきた後で、弥生さんは僕に背を向けた。
「それじゃあ……私の手助けは立花くんにはいらないという事で、あーしは帰るから」
「え、あ、あの……」
「あーしが言えた事じゃないかもしれないけどさー、立花くん頑張ってね。応援しているからさー」
そう言った後、弥生さんはさっさと歩き出してしまい、僕を置いて公園から去ってしまった。僕はその小さくなっていく彼女の背中を、見えなくなるまで見送っていた。
1人取り残された僕はしばらくベンチに座ったまま、何も考えずにボーっとしていた。弥生さんと別れた後の事を、全く考えていなかったから。
だけど……僕はとりあえずベンチから立ち上がり、弥生さんがやっていた様に大きく伸びをして、それから深呼吸をした。息を吸って、それから吐いて。そうして落ち着いてから、僕も帰る為に鞄を持って歩き出した。
何をどうするかなんて、全く分かっていないし、これからどうしようかという考えも無い。無策無鉄砲。だけど、やれるだけやってみようと思う。
「頑張ろう、うん」
僕はそう決意を新たにすると、そのまま帰路に着くのだった。
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