彼のお節介ぶりは、はっきり言って面倒である



「ったく……まぁいいや。心奏もあんまりお袋を甘やかすなよ?」


「……別に、甘やかしたりはしてないけど」


 私は少し間を空けてからそう答えると、彼はやれやれといった様子で頭を掻いていた。そしてそれから、ずっと掴んだままでいた私の腕を、彼はようやく放して解放してくれた。


「……悪かったな。強引に引っ張っちまって」


「別に。……気にしてないから」


「……そうかよ」


「うん」


 私はそう一言だけ呟くと、そのまま黙ってしまう。煌真もそれ以上は何も言わずに、ただ静かに私を見つめているだけだった。


 とりあえず、立ったままでいるのも疲れるだけなので、私はまたソファに腰掛けて、飲み途中だったお茶を一口、口に含む。


 そして煌真はというと、私の隣に座ろうとかそんな事はせずに、立ったまま買ってきた今川焼を手に取って、大きな口を開けてそれを頬張った。


「……」


「……何だよ」


 私がそれをずっと見ていると、煌真はばつが悪そうにそう言って、私を見てきた。そんな彼を私は黙ったまま、ずっと眺め続けた。


「……」


「……何か言いたい事があるなら、はっきり言いやがれ」


 そして見続けた結果、煌真は眉をしかめながらそう言ってくる。だから、私はゆっくりと口を開く事にした。


「行儀が悪い」


「あ?」


「座って食べたら?」


 立ったまま食べるのはどうかと思ったし、私に遠慮をして座るのを避けているのなら、それは筋違いだと思う。ここは彼の家なんだから、そんな遠慮はしなくていいと思ったから、私はそう告げたのだった。


 私がそう言うと、煌真は少し気まずい感じの表情を浮かべた後、少しだけ間を空けてから私の隣に座ってきた。私より体重がある分、彼が座るとソファは私たちの重さでより沈む事になる。


「ったく、これでいいんだろ、これで」


「うん」


 私は小さく頷いてから、またお茶を一口飲む事にした。隣では煌真がまた今川焼を頬張っている。


「……なぁ」


 そして口の中の今川焼を飲み込んだ煌真が、私にそう声を掛けてきた。私は持っていたお茶の湯呑みを置いて、それから彼の方に視線を向けた。


「何?」


「お前さ。それ食ったらよ、一度帰ったらどうだ?」


 煌真にそう言われた私は、きょとんとする。そんな私を見てか、彼は頭を乱雑に掻きむしった後、「だぁ、くそっ」と苛立たしげに声を上げた。


「だから、一旦お前んちに帰って、それからまた来いって言ってんだよ」


「何で?」


「それは……着替えとか、色々とあるだろ。色々と」


「……」


 そう言われてから、私は視線を落として自分の服装を改めて見る。学校帰りでそのまま彼の家に足を運んだので、今の私の服装は制服のままだった。


 しかも、雨の中を帰ってきた為、靴下だとか制服も若干だけど濡れている。けど、これぐらいであれば別に許容範囲内だと思った。だから、私は煌真に向かって「これぐらいなら、別に」と伝えた。


 すると、彼は何を言っているんだこいつみたいな視線を私に向けてくる。


「……はぁ? 馬鹿言ってんじゃねえよ。いいから帰っとけっての」


「……」


「何だよ、その不満そうな顔は」


「……別に?」


 私はそう一言だけ返すと、そのまま視線を逸らした。すると、彼は「ったく」と言いながら、ソファの背もたれに寄り掛かって、大きくため息を吐き出す。


「あのなぁ。お前の事だから、どうせ面倒臭いだとかそんな理由だろ。でもな、そのままだと風邪引くぞ」


「……」


 私は無言のままでいる。煌真が言っている事は確かに一理あるけど……それでもやっぱり面倒臭かった。それに、別にこの程度なら風邪は引かないと思うし。


「だから、人の忠告は素直に聞いておけっての。ほら、さっさと着替えて来いよ」


「……面倒臭い」


「あぁ? ったく、お前は本当に……」


「大丈夫だから、必要無い」


「……はぁ」


 煌真はまたため息を吐くと、ソファから立ち上がって私を見下ろしてくる。


「分かった。じゃあ、寄こせ」


「え?」


「お前んちの鍵を寄こせ。俺がお前の着替え持ってきてやるからよ」


 ぶっきらぼうな口調でそう言った後、彼は仕方ないとばかりに手を差し出してきた。そして早く渡せと言いたげに催促してくる。


「ほら、さっさとしろっての」


「……」


 私は煌真にそう言われて、どうするか少しだけ悩む。そして、仕方ないと諦めて、彼に向かってこう言い放った。


「嫌」


「は?」


「それなら、自分で行くから、いい」


 煌真に向けてそう宣言した後、私は目の前の今川焼を食べ切る為に、再び口を付ける。煌真はそんな私を見ながら「はぁ」とまた溜め息を吐いた後、頭をガシガシとかきながら口を開いた。


「それだったら、最初からそうしとけっての」


「面倒だったから」


「ったく、相変わらずだな、お前は」


「うるさい」


「……そもそも、一度帰るにしても、別にそんな面倒でも無いだろ」


「……」


 そんな彼の言葉に私は何も返さないまま、目の前の今川焼を食べ切る事にした。煌真はそんな私にやれやれと溜め息を吐き出すと、「少し仮眠でもしてくる」と言ってソファから立ち上がり、そのままリビングを出ていった。


「……」


 私はそれを見送った後、自分の家に戻る事を面倒に感じつつ、また食事の続きに戻るのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る