いつも元気な彼女は誰にだって気さくで優しかったりする



 翌日。昨日までのどんよりとした曇り空から打って変わり、本日の空模様は雲一つ無い快晴だった。そして気温も夏が近付いてきている事を感じさせるぐらいに高く、暖かくなっている。


「あー……暑いなぁ」


 僕は手で自分をパタパタと扇ぎながらそう呟いた。本当にこの季節は苦手だ。暑いし、汗もかく。まさに地獄と言ってもいいぐらいかもしれない。こんな天候で運動部の人たちは本当に凄いと思う。


 そんな事を思いながらも、今日も僕は学校に向かっていた。いかに暑くても、いかに寒くたって学校や仕事が休みになる訳もなく、そして休む訳にはいかないのだ。


「嫌だなぁ……汗だくになりそうだなぁ……」


 そんな憂鬱な事を呟きながら、僕は足を進めていき、そして学校に辿り着く。校舎の中に入ってしまえば、外の初夏の陽気なんて嘘みたいな程、中は涼しく……だなんて、そんな事は無い。ちょっと暑さがマシになったぐらいで、まだ全然暑かったりする。


 最近になって建てられた校舎だったら冷暖房設備が充実していたり、もしくは校舎自体は建て替えなくても、設備だけは新調するなんて学校もあるけれども、生憎のところ僕が通う高校ではそんな設備は整ってなどいない。だから、この季節の暑さにはどうしようもなく悩まされるのだ。


「帰りたい……」


 思わずそんな一言を呟きながら僕は教室へと足を進める。そしてそれからすぐに教室に辿り着いたので、そのまま扉を開けて中に入った。すると、既に何人かクラスメイトが席に着いている姿が目に入った。


 僕はとりあえず教室の中を一旦見渡してみて、それから如月さんの姿を探してみる。だけど、彼女の姿はどこにも見当たらない。どうやら、まだ来ていないみたいだ。それと同時に、教室の中に卯月の姿も無い事も確認が出来た。彼はあの目立つ赤髪だから、いたらすぐに分かる。


 自分の知り合いがいない事を確認した後、僕は自分の席に向かって足を進めていった。それから自分の席に着いてから、僕は鞄の中から教科書とノートを取り出していく。


「おっ、立花くんじゃーん」


 そんな中、自分を呼び掛けるそんな明るい声が聞こえてきた。僕はその声に反応して視線を向けてみる。するとそこには、屈託の無い笑顔を向けてきている女性の姿があった。


「おっはよー! 今日は元気にしてるー?」


 そう言って僕に語り掛けてきたのは弥生さんだった。今日も彼女は快活な笑みを浮かべながら、僕に明るい声を掛けてくれる。


「あっ……はい。おはようございます」


 僕はそんな彼女に対して、軽く頭を下げながら挨拶を返した。


「うんうん、今日は元気そうで何より! 良かった良かった!」


 弥生さんはそう口にしつつ、ニコニコと屈託の無い笑みを浮かべる。何が良かったのか良く分からないけど、彼女が満足しているならそれで良いかと思った。彼女の良し悪しなんて僕には関係が無いし。


「あ、えっと、それで、その……」


「んー? なになにー? どうしたー?」


「い、いや……その……」


 僕は弥生さんに対して、どう反応して良いのか分からずに戸惑ってしまう。そんな僕の様子を見た彼女は不思議そうに首を傾げている。


「……あ、あの」


「うんうん?」


「えっと、僕にその……な、何か用があるんですか……?」


 僕はそう彼女に問い掛けた。すると彼女はこう返事を返してくる。


「へ? 特にないよー?」


「……え?」


 弥生さんの言葉に対して、僕は思わずそう聞き返してしまった。そんな彼女の返答に僕の頭の上にハテナマークが浮かぶ。


「いや……その、それならどうして、僕に声を掛けてきたんですか?」


「どうしてって……ただの挨拶だけど?」


 弥生さんはまたも不思議そうに首を傾げつつ、僕にそう口にした。


「あ、挨拶……?」


「うん! ……もしかして、迷惑、だった?」


「えっ!? いや、そ、そんな……」


 弥生さんの言葉に僕は慌てて首を左右に振って否定する。それに気を良くしたのか、彼女は満面の笑みを浮かべながら口を開いた。


「……そっかー、良かったー!」


「は、はぁ」


 彼女は溌剌とした声で僕にそう言ってくる。僕は気の抜けた返事をするのが精一杯だった。


「むぅー。反応悪いなー!」


「あっ、いえ……その……」


 弥生さんは不満げに頬を膨らませて拗ねてしまったので、僕はどうフォローを入れたものかと焦ってしまう。しかし、彼女はすぐにその表情をパッと明るくさせたかと思うと、笑みを浮かべてこう口にした。


「ま、いっか! じゃ、今日も1日頑張ろーぜ!」


 弥生さんはそう言いながら、自分の席の方に行ってしまった。僕はそんな彼女を唖然としながら見送るしかなかった。そして弥生さんが席に戻ると、僕たちのやり取りの様子を遠くから見ていたのか、彼女の友人たちが集まり声を掛けていた。


「あのさー、さっき立花と何を話してたん?」


「んー、挨拶だけどー?」


「未来ったら、誰にだってそんな感じじゃんねー」


「ねー」


 弥生さんの友人の一人がそう口にすると、周りの友人たちも釣られて笑い始めた。それから弥生さんたちはそんな感じの会話をしながら、楽しそうに会話に花を咲かせている。その楽しそうな様子を見ながら僕は思う。


 僕はあの輪の中には絶対に入れないと。そう、自信を持って言える。絶対に無理。だって、僕は彼女たちみたいな明るい性格をしていないし、そして入るにしても会話が成り立つとは思えないから。


 まぁ、そんな女子たちの中でも、弥生さんはどこか話しやすい方ではあるので、僕もそれなりには会話が出来る。後は同じ遠足の班だったり、一緒に勉強会などもした事がある身だからこそ、そう感じるのかもしれないけど。


 そんな風に僕は結論付けると、弥生さんたちに向けていた視線を外し、また鞄の中から必要な物を取り出して準備を進めていく。そして準備が終わると、鞄を机の横にあるフックに掛けてから、ふぅっと軽く息を吐く。


 そして暇な時間を読書をしながら潰しつつ、僕はホームルームの始まりと、如月さんがやって来るのを待つのであった。

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