不器用なりの彼からの、彼なりの励まし



 それから数分後、僕はコイン1枚分のゲームを終え、施設内にあるベンチに腰掛けて休んでいた。


「ふう……」


 近くにあった自動販売機から買ってきたお茶を飲みながら、僕はそう小さく息を吐いた。こうしてスポーツに汗を流すのは随分と久しぶりな気がする。


 結果としては、まぁ……あまり良い結果だったと誇れるものじゃなかった。正直なところ、酷いと言ってもいいぐらいの成果しか無いと思う。


 確かに何度かバットでボールを捉える事は出来たけれども、それはどれも貧打というべきか、当たり損ないの打球ばかり。たまに良い打球もあったけどまぐれもまぐれ、本当に運良く当たったという感じだった。


「はぁ……」


 僕は思わず溜め息を吐いてしまった。そしてその後に僕はある場所に視線を向けた。そこは僕が入っていたバッティング用の打席じゃなくて、ピッチャーが投げる為の……えーっと、何だったっけ? 確か、ストラックアウトだったかな? とにかくボールを投げて遊ぶ用の機械が置いてある場所だった。


 そのストラックアウトのある場所には今、卯月が入っていて、9つある的に目掛けてボールを投げている。軸の安定した綺麗なフォームでボールが投げられていて、卯月の投球はしっかりと的を捉えている。正直、凄いという感想しか出て来ない。


 そんな卯月のピッチングの様子を僕はジッと遠目から眺めていた。バッティングもそうだったけど、ピッチングも僕と違って彼はとても優れている。現役の野球部といってもいいぐらいなのに、彼は野球部に所属はしていない。僕と同じで帰宅部である。


 今日のこの場この時しか彼が野球をしているところを見ていないけど、それだけ秀でた実力を持っているのにどうして彼は野球部に入っていないのだろうか? うちの学校の野球部なら、どう考えても彼の実力は上位に入ると思う。


 なのに、入っていないという事は……昔、何かあったのかな? それとも、本気で夢中になるぐらいには野球にのめり込んでいないのか。少なくとも、僕には分からない。


 まだ卯月とは知り合って1ヶ月程度の付き合いしかないのだから、彼がどういった道を歩いてきたのか、人生を過ごしてきたかなんてまるで分からないのだから。


「……何やってんだお前」


「え? あ、卯月」


 そんな事を考えつつベンチで俯いていると、いつの間にかゲームを終えた卯月が僕の目の前に立ちつつ、呆れた様な表情を浮かべながらそう声を掛けてきていた。


「また何か考え事でもしていたのか?」


「え、えっと、その……まぁ、そんなところかな」


「……ったく」


 卯月はそんな感じに悪態を吐きながらも、僕の隣に座ってきた。そんな彼の方を見ながら僕は思わず苦笑いを溢してしまった。


「あっ、そうだ。その……卯月、これ」


「ん?」


「一応、卯月の分も買っておいたんだけど……いる?」


 僕はそう言って、自分の買ったお茶と一緒に買っておいたスポーツドリンクを卯月に向けて差し出した。すると、彼はきょとんとした目をしながら僕の顔を見つめてきた。


「お前、これ……良いのか?」


「えっ? あ、うん。その……今日のお礼というか、何て言うか……」


「……」


 僕がしどろもどろになりながらもそう言うと、卯月は少しだけ間を空けて、小さく息を吐いてからスポーツドリンクを受け取った。


「なら、ありがたく貰うぞ」


「う、うん」


 僕はそう頷きながら卯月から視線を外し、正面を向いた。そしてそれから少しの間、お互いに無言の時間が続いたのだった。


「……お前にしては、随分と気の利いた真似するじゃねえか」


「えっ?」


 そんな沈黙を破る様に卯月はそう言葉を掛けてきた。


「いや、その……まぁ……」


「なんだよ、歯切れが悪いな」


「そ、その……多分、汗をかいたから欲しいかなーって、思っただけだから……」


「……そうかよ」


 卯月の一言に僕は慌ててそう返した。我ながら良く分からない返答だとは思ったけども、それでもそれ以外に上手く言葉に出来なかったのだから。それに……何だかこういうのは慣れてないから。


「……ちなみに一つだけ、言わせて貰うぞ」


「へ?」


「あいつにはこんな気遣いだとか、変な気の使いだとか、そんなのは無用だからな」


「え? え?」


「だから、かな―――じゃなくて、如月のやつには、そういうのはいらないって事だよ」


「そ、そうかなぁ……?」


 卯月の忠告? それか助言に対して、僕は思わず首を傾げてしまった。


「あいつにとって、そういうのは重荷にしかならねえよ」


「はぁ……」


「例えるなら、あいつは野良猫みたいなもんだよ。自由気ままで何を考えているか分からねえ、そんなやつだ」


「野良猫……」


 卯月の例えに対して、僕は思わずそう呟いてしまった。そして心の中でもその表現に納得している自分がいる事に気付く。確かに如月さんならそんな感じだと思えてしまうから。


「だから、あいつと何があったか知らないけどよ。そこまで真剣に悩まなくたっていいぞ。あいつが何か変な事を言ったり、変な行動をするのは今に始まった事じゃないしな」


「う、うん……」


 卯月の言葉に対して僕はそう返事をする。……やっぱり、彼は僕を励ます為にここに連れて来てくれたのかな? そう考えると何だか申し訳ない気持ちになる。


「えっと……その、ありがとう。卯月」


「ん? 何だよ、いきなり?」


「いや、あの……何だか気を遣わせちゃったみたいで……」


「……別に。俺はただ、お前が変な感じになっているからよ。それで少し気になっただけだ」


「そ、そっか」


 僕は卯月の返答に対してそう返した。そしてそれからまた少しの間だけ無言の時間が続いたのだった。その後は特にこれといった会話もなく時間だけが過ぎていく。そしてそんな時、ふとある事を思い出したのでそれを口にしてみた。


「……そういえば、卯月ってどうして野球部に入っていないの?」


「あ?」


「えっと、僕みたいな下手くそが言うのもなんだけど……さっき見てた感じ、卯月って野球が上手いから……」


「なんだよ、急に?」


「だから、その……何であれだけ上手いのに、野球部に入らないのかなぁ、って」


「……」


 僕がそう聞き返すと、卯月は視線を逸らしながら少し困った様子で黙り込んでしまった。


「いや……その……」


「……」


 少し待ってみても、彼は何も答えてはくれない。あれ? もしかして……聞いてはいけない事だったのだろうか? そんな僕の不安を他所に、卯月は視線を逸らしたまま静かにこう口を開いた。


「別に大した理由じゃねえよ」


「……え?」


「ただ単に、飽きた。それだけだ」


「そ、そうなの……?」


「ああ」


 卯月はそう呟くと、またも視線を逸らして黙ってしまった。そして彼は立ち上がると、僕に視線を向けないままこう言葉を続けた。


「良い気晴らしになっただろ。なら、もう帰るぞ」


「えっ? あ、う、うん」


 卯月にそう言われ、僕は慌てて残りのお茶を一気に飲み干してからベンチから立ち上がった。そしてそれから僕達はバッティングセンターを出て、その場を後にする。


 ……結局のところ、卯月に励まされたのは僕にも理解は出来た。だけど、何だかもやもやしたものが残る結果にもなってしまった気がする。


 こんな事なら聞かなければ良かったかもしれない。そんな自分の軽率さを反省しながら、僕は少しだけ軽くなった足取りで帰路につくのだった。


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