不甲斐ない姿を晒してしまうけど、それでも彼は見捨てたりはしない
少しだけ緊張をしながら僕は軽く準備運動を済ませた後、バットを持って打席に立つ。そして昔の事を思い出しながら、ゆっくりとバットを構えた。
正直なところ、卯月が見せた様なしっかりとした構えじゃなくて、及び腰の猫背でバットを構えるというみっともない姿なんだけど……。それでも何とか構えを取りつつ、目の前にある機械を僕はジッと見つめて、ボールが飛んでくるのを待った。
「……あれ?」
しかし、いつまで経ってもボールは機械から放たれる事は無く、そして機械も微動だにしなかった。どうしたのだろうと僕は首を傾げるも、それからしばらく待ってみても一向にその気配が無い。
「えーっと……?」
僕はそう呟きながらバットを構えていた手を下ろしながら首を傾げた。すると、僕の後ろから人の気配を感じて、慌てて背後を振り向く。そこには卯月が立っていて、彼はジト目で僕を見つめていた。
「……おい、立花」
「あっ、卯月。何かボールが出て来なくて……故障でもしたのかな?」
「はぁ……故障でもしたのか、じゃねえよ。お前、コインを入れ忘れてるだけだぞ」
「えっ、嘘っ!?」
僕は思わずそう叫んでしまうが、よくよく考えたら確かにコインを入れていない事を思い出した。準備運動をしてとにかく打席に立たないとって思ってから、すっかり忘れていたんだ。
それを指摘されて僕は慌てて卯月から受け取っていたコインを機械に投入してから、バタバタとした動作で打席にまた戻った。すると、機械はガタガタと音を立てて稼働を始め、上から補充されているボールが機械に向かって装填された。
「ったく、しっかりしろよな」
卯月はやれやれと言った感じで軽く溜め息を吐きながらそう言ってきた。それに対して僕はただ苦笑いを返す事しか出来なかった。そしていよいよ機械に装填されたボールが発射され、僕の目の前へと飛来してくる。
卯月がやっていた130km/hの機械と違って、僕の選んだ80km/hの球はそこまで速い球では無い。けど、随分と久しぶりに野球をやる僕からすれば、それでも体感では早く思えた。
そんな僕ではあるけれども、とりあえずはこっちに向かってくるボールに合わせてバットを振るう。
「え、えい!」
しかし、緊張のせいで少しボールの速度に対してタイミングが遅れてしまい、僕は盛大に空振りをし、無情にもバットは空を切っただけに終わる。かすりもしなかったボールは後ろのネットに直撃した。
「……」
転々と後ろでボールが音を立てて転がっていく中、僕はスイングをし終えた状態のまま、気まずさから固まった状態で動けずにいた。
すると、そんな僕に向かって卯月は呆れ混じりの声でこう言ってきたのだった。
「おいおい……何をどうやったらそうなるんだ?」
「ご、ごめん……」
「……言っとくが、謝っている暇なんて無いぞ」
「え?」
「機械はお前に合わせてはくれないからな」
卯月の言葉を聞いて僕は少し離れた場所にあるピッチングマシンに目を向ける。そして機械はただただ与えられた役目を全うする為か、気まずくなった僕なんて関係ないとばかりに次の球が装填され、それからまた同じ様にしてボールを僕に向かって放って来る。
「うわっ!」
今度こそ当ててやろうと僕は慌てながらも意気込み、ばっちりと思うタイミングでバットを振ってみた。しかし、またも空振りに終わってしまい、またしても後ろのネットに球が当たってから地面に落ちていったのだった。
「お、お前なぁ……」
「いや、その……これは、あのですね……」
2回も続けて空振りをした事による恥ずかしさで思わず声が尻すぼみに小さくなってしまう。そんな僕に卯月はどこか呆れた様な様子で声を掛けてきた。
「それでもお前、野球経験者なのかよ」
「うっ……」
そんな何気ない卯月の一言が、僕の胸にグサッと勢い良く突き刺さってきた。もうあれだよ、ロンギヌスの槍。それで心臓を刺されたレベルだよ。
「……ったく、無理にタイミングを合わせようとするんじゃない」
「へ?」
「まずはボールを良く見てみろ。良い打球を打つだとか、遠くまで飛ばしたいだとかは二の次だ」
「へ? へ?」
卯月に言われた意味が理解出来ず、僕は思わずそんな気の抜けた返事を返してしまう。すると彼は更に呆れたような表情を浮かべてから溜め息交じりでこう続けてきた。
「とにかく、まずはしっかりとボールを見るんだよ。そして当てろ。どんな打球を打つかは二の次だ」
「え、だけど……」
「周りを気にしたりだとか、俺みたいだとかは考えるな。お前はお前のペースでやれば良い」
「う、うん……」
僕は卯月にそう言われて、とりあえず頷いて返した。すると、そのタイミングでピッチングマシンがボールを放ってきた。僕は慌てながらもさっき卯月から貰ったアドバイスを反芻しつつ、バットを構えてボールが飛んでくるのを待ち構える。
そして彼の言った通りにボールを良く見て、それから向かってくるボールに合わせてバットを振った。すると、さっきまでの空振りとは打って変わって、しっかりとバットで捉えた打球が正面に向かって転がっていった。
はっきり言ってそこまで強い打球とかじゃないけど、それでも当たった上に前に飛んでいったのは僕にとっては前進したというか、一歩進めたというか、そんな感触を感じられた。
「わっ、やった……」
「……やれば出来るじゃねえか」
「う、うん。……まぁ、でも、このバッティングセンターにある機械の中で、一番遅い球を打てただけ……なんだけどさ」
「それでも、少しくらいは何か出来る様にはなっただろ?」
「えっ? あっ……うん」
それを聞いて僕は思わずハッとなった。そしてそれと同時に気付いたのだ。卯月はもしかすると、落ち込んでいる僕を見兼ねて、そして励まそうとしてここに連れてきてくれたのかも知れない、と。
「……」
僕は卯月の顔を眺めつつ、そんな事を考える。険しくて人の寄り付かなそうな鋭い視線を見ながら……うん、やっぱり違うのかもしれない。あの顔を見てたら、なんだかそんな気がしてきた。
そもそも卯月って、そんな気遣いが出来る様なタイプだったりするのだろうか? それはまあ、如月さんとのデートの時には助けられたけど……って、思い出したら少しだけ心が痛くなってきた。
……でも、今はそんな事を考えている場合ではない。まだまだ球数は残っているし、僕が少しだけ心を痛めている間に次のボールが機械に装填されたのが見えた。なので、僕はもうとにかく何も考えず今はただ向かってくるボールを良く見て、それから打つ事だけに集中する事にしたのだった。
ちなみにだけど、僕が何球か打っている間に卯月はいつの間にか背後からいなくなっていた。そして少し離れた場所にある打席にて、真剣にバットを構えてピッチングマシンから放たれるボールを視線で追いかけて、打ち返していた。
やっぱり彼はただ、自分の用事に僕を付き合わせただけなのかもしれない。とりあえず、現状はそう思っておく事にした。もしかすると、違うのかもしれないので。
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