唐突な流れに困惑する僕、本当にどうしてこうなったの?
手馴れた感じに突き進んでいく卯月に続き、僕がバッティングセンターの建物内に入ると、中は外観と同じで歴史を感じさせる様な古さを醸し出していた。
剥がれかけの塗装をした壁、LEDとは違って少し色の暗い白熱灯の照明、薄汚れたカウンター、その中で暇そうにしているくたびれた感じのおじさん。そして響き渡ってくるボールとバットがぶつかり合う音。
そんな懐かしい雰囲気を醸し出すバッティングセンターの中を卯月の後を追いながら歩いていくと……
「……らっしゃい」
カウンターからそう声を掛けてきたのは、先程も見えていたくたびれた感じのおじさん。見るからにやる気が無さそうな彼は、煙草を吹かしながら気怠げにしている。しかし、そんなおじさんを気にも留めず、卯月はカウンターに向かって近付いていった。
「よう、おっさん」
「おっさんって呼ぶな、ガキ。俺はまだ30代だ」
「十分おっさんだろ」
まるで馴染みの客を相手にしているかの様な気軽さで話している二人。僕はそんなやり取りを卯月の後ろで黙って見ていた。
「で、今日はどうしたんだ不良少年」
「どうしたもこうもないだろ。ここに来たら、やる事は決まってるだろ」
「へっ、違いねえな」
おじさんはそう口にしながら咥えていた煙草を灰皿におき、それから頬杖をついて卯月と僕の顔を交互に見つめた。
「お前さんは知っているとは思うけど、そっちのガキは新顔だから一応言っておくな。うちは1ゲーム200円で20球打てる」
「は、はぁ……」
「それで、今日はどれだけやるんだ?」
「とりあえず、2ゲーム分頼む」
卯月はそう言うと財布から100円玉を4枚取り出しておじさんに手渡した。それを受け取った彼は専用のコインを2枚取り出して、卯月に手渡した。
「ほれ、受け取れ」
「どうも」
卯月はそれを受け取ると、カウンターを離れて店の奥、打席のある方にへと歩いて行く。僕は勝手が分からずどうしたものかと立ち止まっていると、カウンターのおじさんとばっちりと目があった。
「え、えっと……」
「おい、ガキ」
「は、はい!」
「そこで立ってたら仕事の邪魔だろうが」
「えっ、あっ……ご、ごめんなさい」
「勝手が分からんなら、あいつに着いて行って聞けば良いんだよ。ほら、とっとと行った行った」
おじさんはそう言ってから、僕をあしらうかの様に手でしっしと払ってきた。
「そ、そうします……」
僕はおじさんにペコリと頭を下げてから卯月の後を追う。彼は打席のある場所の前で僕の事を待ってくれていた。
「おせーよ」
「ご、ごめん……」
「で、お前……経験は?」
「え?」
「だから、野球の経験だよ。やった事、あんのか?」
「えーっと……ちょっとだけ。小学校の頃、スポ少で野球やってたから」
「……聞いたのは俺だが、意外だな。お前が野球をやってただなんて」
「うん。まあ、でも、下手くそだったけど……万年ライトの補欠だったし……」
「そうか。でも、経験者だったなら今でもそれなりに出来んだろ?」
「えーっと、多分……?」
「なら、問題ねえな。ほら、さっさとやるぞ」
卯月はそう言うと、おじさんから受け取っていたコインを僕に向かって1枚投げてきた。僕はそれを何とか危なげなくキャッチする。
「打てそうな球速の打席を選んで、そこに入ればいい。で、機械にコインを入れれば後は自動的に始まる」
「え、え……」
「後は好きに打て。あと、準備体操はしっかりとやっておけよ。身体を痛めるからな」
「は、はぁ……」
「それじゃあな」
卯月はそれだけ言うと、一人でさっさと自分の打ちたい打席の方へ歩いていってしまった。そんな彼の背中を見つめながら僕は困惑を隠しきれなかった。いや、本当……どうしてこうなったの?
けど、どうしたものか……正直、野球はさっきも言ったけど、小学校以来だからブランクがあり過ぎて、正直上手く出来る自信は無い。そして初めて来る場所だから、もの凄くこの場にいる事が場違いな気がしてならない。
……よし、こうなったらまずは一つ、卯月がやっているのを観察する事にしよう。うん、だって誰かがやっているのを見てからじゃないと、不安で仕方ないんだもの。僕はそう結論付けると、卯月がやっているのをまずは見る事にした。
そして卯月が入っていった打席の後ろに立った後、僕はそこの打席の球速が何キロなのかを確認した。すると、そこの出入り口のところに掲示してあるプレートの所には『130km/h』と書かれているのが見えた。
「えっ、130km/h……?」
その数字を見て僕は思わず言葉を失ってしまった。いや、だって……130って……えっ? 何それ、どういう事なの……? まさか、卯月はそんな速い球を打てるって事なの……?
僕は思わず卯月のいる打席の方へと視線を向けた。すると、彼はバットを構えてボールが放たれるのを今か今かと待っている様子であった。そして次の瞬間、奥の方にある機械から放たれたボールが彼の元へと向かって行くのが見えた瞬間、カキーンという甲高い音が店内に響き渡った。
ジャストミートと言うべきか、そうして打たれたボールは鋭い打球となって真っ直ぐ前に向かって飛んでいき、正面にあるネットに直撃。そしてネットに捕らわれて勢いが収まったボールは下に落下して、コロコロと地面を転がっていった。
「……わーお」
僕は思わずそんな感嘆の声を上げてしまった。いや、だってさ……130km/hのボールをジャストヒットって凄くない? しかも、その打球がネットに捕らわれて勢いを失った後、地面に落下して転がっていくまでの流れが本当に綺麗だった。
それからも、卯月は何度も速度のあるボールをバットで次々と打ち返していき、その度に打球が鋭い軌跡を描いて飛んでいった。そして最後の一球を打ち返した後、彼はバットを置いてゆっくりと打席から出てくると、僕の方に視線を向けてきた。
「ん? なんだ、もう打ち終わったのか?」
「え、あ、いや……まだ、ですけど……」
「は? 何してんだ?」
「いや、何してんだって言われても……その、見学を……」
僕がそうおずおずと口にすると、そんな僕の様子を見兼ねてか卯月は溜め息を吐いた後、僕に声を掛けてきた。
「とりあえず、何でもいいから打ってみろ。俺が打っているのを見ててもつまらんだろ」
「は、はぁ……」
「じゃ、俺はもう1打席やるから。その間に終わらせとけよ」
そして卯月はそう言うと、追加のコインを貰いにいくのかまあカウンターの方に向かって歩いていってしまった。
僕はその背中を見つつも、これ以上は何もしないでいるのもあれなので、卯月に言われた通りにとにかくまずはやってみる事にした。……まぁ、下手くそな僕には速い球を打てる自信なんて無いから、選んだ打席は80km/hの遅めな打席なんだけどね。
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