待っていた男、そして無惨にも連れていかれる僕



「と、とほほ……酷い目にあった……」


 日が傾き掛けてもうすぐ沈んでしまいそうな夕暮れ時。僕はクタクタになりながら校舎から這い出てくると、大きく溜め息を吐いた。


 昼間の精神的なダメージも大きいけれども、今はどちらかと言うと釜谷先生にこってりと絞られた方の身体的なダメージの方が大きかったりする。


「はぁ……疲れた……」


 そんな愚痴を溢しながら、僕はトボトボとした足取りで帰路へとつく事にした。今日は朝から色々とあり過ぎたせいで、心身共に疲労が溜まっているのが分かる。


 だから早く帰ってゆっくり休もうと思ったんだけど……そんな僕の進路を遮るかの様に、誰かが僕の目の前に立ち塞がったのだった。


「よお」


 それは卯月だった。不機嫌そうな表情を浮かべつつ、彼は右肩に鞄を担ぎながら僕を見ていた。鷹の様に鋭い猛禽類の様な鋭い瞳で睨みつけられ、僕は思わず後退りをしてしまう。


「う、卯月……?」


 そんな怯えを隠せない僕の事を眺めつつ、卯月は呆れた様な表情と溜め息を溢していた。


「ったく、今までどこに行ってたんだよ」


「へ……?」


「昼休みが終わってから一度も姿を見掛けなかったから、ずっと心配してたんだぞ」


「そ、そうなんだ……ご、ごめん……」


 まさか卯月が僕の事を心配してくれていたなんて思わず、僕は呆気に取られてしまう。ちょっと嬉しい気持ちになる反面、申し訳なくも思ってしまう。


「で、一体お前は何をしてたんだ?」


「え、えっと……」


「まさか、ずっとどこかで昼寝をしてました……だなんて言わないよな?」


「それは、その……」


 卯月からの追及に何て説明すればいいか分からず、僕は口籠ってしまう。だって、如月さんに彼氏役を解任させられたショックで意気消沈してましただなんて、彼に向けて言えるはずがなかった。


 そもそも、卯月には今朝がたに如月さんとのお出掛けは上手くいったって説明しちゃっていたから、そんな彼に向けてあんな事があったとは言えるはずがない。


「え、えーっと……その……」


 僕は上手い言い訳を考えるも、頭が混乱していて全く思い浮かばない。とにかく頭の中がパニックに陥ってしまっていたのだ。


 そんな僕の様子を卯月は訝しげに見ていたけど、やがて諦めた様に大きく溜め息を吐いた後、ゆっくりと口を開いて言った。


「まあ、言いたくないなら別にいいけどな」


「……えっ?」


 意外な言葉に僕は思わず目を丸くしてしまった。てっきり追及されると思っていたから、まさかこんなあっさりと引き下がってくれるなんて思わなかったのだ。


「な、なんで?」


「いや、言えないって事は、言い難い事なんだろ?」


「えっと、まぁ……」


「なら、別にそこまでして聞き出す必要は無いだろ」


「そ、そう……?」


「ああ」


 卯月は僕の問い掛けに対して、そう断言した。その迷いのない答えに、僕はますます困惑してしまう。


「ただ、気になったから追及しただけで、言いたくないならそれで良いんだよ」


「あっ、うん……」


「それよりも、だ。お前、今から暇か?」


「えっ?」


 卯月が唐突にそんな提案をしてきた為、僕は思わず首を傾げてしまった。一体彼は何が言いたいんだろう?


「だから、暇なのか?」


「えっと、暇かと聞かれれば、まあ暇だけど……」


「そうか。なら、ちょっと付き合え」


 卯月はそう言うと強引に僕の肩へ腕を回してきた。そしてそのまま強引に僕をどこかへと連れて行こうとする。


「ちょ、ちょっと!? どこに行くつもり!?」


 僕は卯月の拘束から逃れようと抵抗するも、彼の腕はビクともしなかった。釜谷先生レベルとまではいかないけど、まるで岩の様に硬いその筋肉に、僕は思わず戦慄するしかなかった。


「どこでもいいだろ。ほら、とっとと行くぞ」


「えっ!? まだ心の準備が出来てないんだけど!」


「うるせえ。いいから黙って着いてこい」


「ジャンプ!? ジャンプですか!? ジャンプすれば許してくれますか!?」


「は? 何言ってんだ、馬鹿。カツアゲとかじゃねえから安心しろ」


「えっ、じゃあ何?」


 僕は思わず卯月に問い掛けるも、彼は何も答えず、ただ黙って僕を連れて行こうとするだけだった。


 そして結局僕はそのまま彼に引き摺られる様にして学校を後にする事になった。その間ずっと抵抗はしていたけど、やっぱり彼の腕はビクともしなかった。


 そうしてしばらく歩いていき、やがて完全に日が沈み切り外灯の灯りが目立ち始めた頃。僕は卯月に連れられて、とある場所にまでやって来ていた。


「こ、ここって……」


 僕はそう口にしつつ、その場所の外観をジッと眺めていた。僕の目の前には建物の大半を緑のネットで覆われた、古い建物が建っている。そして僕はその建物の名をボソッと呟くのだった。


「バッティングセンター……?」


「それ以外に何があるっていうんだ?」


「いや、まあ……うん、そうだよね……」


 卯月が僕がやって来た場所、それは少し寂れた感じのあるバッティングセンターだった。……いや、なんで? どうして急にこんな展開になってるの? 訳が分からずに混乱している僕を余所にして、卯月はさっさと中に入ろうと前に進んでいく。


「ちょ、ちょっと、卯月! 待ってよ!」


 この状況についてまだ良くは分かっていないけど、このままだと置いていかれてしまう。なので、僕はそんな事を言いながら彼の背中を追い掛ける様にして、建物の中に入って行くのだった。


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