何も学ばない僕、今日も僕は口を滑らせる
「で、話を戻すわよ。それで立花ちゃんは今後、どうしたい訳?」
「どうしたい……って、言われても」
「復縁したいだとか、もう割り切って違う恋を探すとか、そう言った事を立花ちゃんは考えているの?」
「それは……」
先生の問い掛けに僕はすぐに答える事が出来なかった。実際、どうしたいのか自分でも良く分からないのだ。僕が如月さんの事が好きだという事に変わりは無い。だけど、これは僕からの一方的な好意でしかない。
あくまで如月さんとの関係は利害関係の一致した共犯関係だっただけで、僕たちは本当の恋人では無かったのだから。復縁なんてもっての外だし、あれだけ決意の固そうな彼女に向けて、また偽物の彼氏を演じさせてくださいなんて頼む勇気も僕には持ち合わせていない。
それならいっその事、本物の彼氏になれば……なんていうのも妄想止まりな僕だけにとっての都合の良い展開でしかない。如月さんが僕に好意を向けていない事ぐらい、百も承知だ。そんな展開が訪れる訳がない。
「……まだ、何も。今はもう、何も考えたくもないといいますか……」
「ふむ……まあ、今はそうでしょうね」
そう言いながら先生は腕を組み、どこか遠くを見つめていた。何かを考える様な素振りで、それでいてそうでもなさそうな……そんな微妙な表情をしている。
「まっ、アタシから言わせれば、あんまり悩んだりする必要は無いと思うわよ」
「いや、でも……」
「悩んでばかりいたって、袋小路に迷い込むだけよ。なら、くよくよ考えるだけ無駄なだけなのよ」
「それは、まぁ……そうかも、しれないですけど」
「それに恋愛というのはね、一度っきりの物じゃ無いのよ」
「へっ……?」
先生が口にした言葉に、僕は思わず固まってしまう。そして改めて先生を見ると、何故かどこか遠い目をしながら語り始めていた。
「アタシだってねぇ……若い頃はそれはもう色々とあったのよ……」
「そ、そうなんですか?」
「まあね。これでも立花ちゃんよりも長い人生を過ごしてきてるんですから、それはもう数多くの恋と別れを経験してきたのよ」
「……」
「あら、何よいきなり黙っちゃって。もしかして、興味あるのかしら? アタシの若かりし頃のコ・イ・バ・ナ・に」
「いや、別にそういう訳じゃないです。ただ……その……」
「その?」
「先生の場合、相手が男だったのか、それとも女性にも興味があったのか、どっちなのかなぁって思ってしまって」
そう、だって先生ってオカマじゃん。オネエじゃん。でも、いつからそうなったのか分からないから、やっぱりそこが一番気になるポイントだったりするんだよね。
だから、その先生が言う数多くの恋と別れというのが、どういった内訳なのか気になった訳で……。
「という訳で、どっちなんですか!?」
「変な部分に興味持ってるんじゃないわよ!!」
「ぎゃふん!?」
先生は呆れた表情で拳骨を喰らわせてきた。僕は脳天に走った痛みで悶絶するしかなかった。しかも結構マジで痛かった……先生の拳をまともに受けた頭頂部を両手で抑えながら、涙目になりながら先生の方を見上げる。
「アタシが言いたいのはね、そういう事じゃないわよ!」
「じゃ、じゃあ、何なん、ですか……?」
「アタシが言いたいのは、恋愛は1回だけでは終わらないって事よ。そして数多くの別れを経験してこそ、男は磨かれるものなんだから」
「そ、そうなんですか……?」
正直言って、先生が言っている事がイマイチ理解出来なかった。だけど、僕が浮かべている表情を見て察したのか、先生は溜息を一つ吐いてから話を続ける。
「まあ……これはあくまでアタシの経験談だけどね」
「は、はぁ……」
「だから、立花ちゃんも頑張りなさい。アタシが応援してるわ!」
そう言って親指をグッと立てる先生の表情はどこか清々しさを感じさせていた。だからこそ、僕はその言葉を素直に受け入れて頷く事が出来たのかもしれない。
「はい……ありがとうございます」
「良いのよ。恋する子は強くなるって言うからね」
釜谷先生はそう言いながら、僕に向かってバチンと強めのウインクをしてきた。その表情はとても恐ろしくて、正直キモイとしか言い様が無かった。けど、それを決して僕は口にはしない。僕だって学習をするのだから、もう痛い思いをしたくはなかったのだ。
「……あっ、そうだ」
「ん?」
「それで、先生。一つだけ聞きたい事があるんですが、聞いてもいいですか?」
「えぇ、いいわよ」
「先生はさっき、数多くの別れを経験してこそ、男は磨かれる……って、言ってましたよね?」
「そうよ。色々な経験があってこそ、人は強くなれるものなんだから」
「で、それを踏まえた上で聞きたいのが……」
「うん?」
「先生の磨かれたという男の部分は、一体どこへ行ったんですか?」
「……」
「……」
僕がそう問い掛けを発すると、何故か室内には無言とまるで氷河期が訪れた様な空気が流れて行った。そう、まるで凍りついたかの様に誰も何も口にしないという異常な状況の中、僕は自分の発言の返答をただ黙って待つ事にしたのだ。
そして少しの間を空けてから、ようやく先生がゆっくりと口を開いたのである。
「……立花ちゃん」
「は、はい」
「どうやらあなた、まだ反省が足りて無いみたいね……」
そう口にしながら、先生の肉体に宿る鋼の様な筋肉が大きく隆起し出した。先生の磨かれたと思われる男の部分が顔を見せた瞬間だった。
「ひ、ひぃっ!? ちょ、ちょっと待ってください! 先生、落ち着いて!! 暴力反対!!」
「問答無用よ!」
そう言って先生は僕の方へ向かって突進してくる。その速度は凄まじく早く、まるで新幹線に轢かれる様な感覚だった。僕は恐怖で足が竦んでしまい、その場から動けなかった。そして……
……そこから先の記憶は定かではない。いや、正確に言うと思い出したくないだけなんだろうけど。とにかく、僕は数時間に渡って釜谷先生から厳しい指導を受けて心身共にズタボロにされてしまったのでした。
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