彼女の決断、僕からの返答


「……」


「え、えっと……」


 僕は戸惑いながらも、このままではいけないと思う。思うんだけど……こういった場合、どう会話の流れを修正していけばいいのか分からない。


 こんな時、陽キャの弥生さんとかならノリとかテンションで会話の修正とかが出来るんだろうけども、完全無欠の陰キャである僕じゃどうする事も出来ない。


 なので、僕は半ば諦めたかの様な気持ちで如月さんの言葉を待つ事にしたのであった。そして、またもや時間だけが過ぎていった。特に何も話そうとしない彼女に付き合う形で、ただひたすらに無言の状態が続いているのである。


 この気まずい状況に僕の中で少しずつ苛立ちが募り始める。相手が如月さんだろうと、好きな人だろうと、こうも長い間このこんな空気感が続くと流石に苛立ちを感じる訳で……。段々腹が立ってきた僕は、とうとう苛立ちをそのまま言葉に乗せて言ってしまう。


「……あの」


「ねぇ」


 しかし、僕のそんな怒りが籠もった言葉は同時に発せられた如月さんの声でかき消されてしまった。思わず言葉を止めてしまい、お互いに視線を合わせたまま黙り込んでしまう。少しの間を置いた後で最初に口を開いたのは、彼女の方からだった。


「この間の事だけど」


「……!」


 彼女の口から告げられた言葉に、僕は一瞬心臓が止まりそうになった。それと同時に思い出されるのは、あの時の記憶だった。


『明日からは、私の彼氏役はしなくていいから』


 如月さんから言われた死刑宣告にも等しいあの言葉。その言葉の重みは、今でも心に深く残り続けている。


「……もう少し、話しておこうと思うの」


「う、うん。そう……なんだ」


 僕は如月さんに向けてそう返事をする。だけど、僕は何を言われるのだろうという不安で頭がいっぱいになるあまり、彼女の方を上手く見返す事が出来なかった。


「私、色々と考えてみたの。これからの事について」


「考えたって……何を?」


「今までは私、とても自分勝手だったから」


「い、いや、そんな事は……」


「ううん、身勝手だった事は間違いないから」


 僕の言葉を首を横に否定しながら、如月さんはそう言ってきた。それから彼女は更に言葉を続けていく。


「蓮くんに酷い事をしてしまったから。これからは自分で頑張ろうと思ったの。蓮くんの力は借りずに」


 そう言って、彼女は少し間を空けてからこう言い放ったのだった。


「だから、もう……蓮くんは私の彼氏役はやらなくていい」


 その言葉を聞いて、僕の胸がぎゅっと締め付けられる様な痛みを覚える。如月さんはきっと僕の事を考えてそう言ってくれたのだろうと思う。


 だけど、違うのだ。僕は決してそんな風に思った事など一度も無いし、寧ろ役得だと思っていたし、頼られて嬉しかった気持ちの方が大きい。


 僕は今すぐにでも彼女に向けて違うと言いたかった。反論でもしたかった。何かを言わなければいけないと思った。けれど、言葉が喉につっかえて上手く出てこない。


 それに……彼女に向けて何て言えばいいのかも分からない。やらなくていいと言う彼女に対して、まだ如月さんには僕が必要なんだって言えばいいのか? そんな事、僕には口が裂けても言える訳が無かった。そもそも、今の僕にそんな資格があるのかどうかさえ分からないからだ。


「自分の事は、自分で何とかするから」


 その言葉の響きは、まるで冷たく突き放す様なものに感じた。如月さんの態度を見るに、もう僕に頼る気は無いのだろう。もうお終いなのだと、漠然と感じ取っていた。


「……蓮くんは、どう思う?」


「えっ?」


「私の判断……何か、間違ってる?」


 そう言って見つめてくる如月さんの表情は、普段と特に変わらない無表情だった。惜別も哀愁も何も無い、いつもと変わらない素の如月さんだった。


「あ、あの……その……」


 何が間違いなのか、何が正しいのかが分からない僕は何も答える事が出来ない。


「蓮くんの考え、聞かせて欲しい」


 そう言って、如月さんは答えを求めるかのようにじっと僕の事を見つめて来た。逃げ場を塞がれた僕は目を泳がせながら必死に言葉を探すも……結局は何も出てこなかった。もうお終いなんだと思い知らされるくらいに、頭が真っ白になる。多分これが事実上の死刑宣告というものなのだろうと痛感させられたのであった。


「ぼ、僕は……」


「うん」


 答えを求める様な視線を向けてくる如月さんに対して、僕はたどたどしく言葉を口にする。


「い……」


「い?」


「い、良いと、思うよ。如月さんが、そう決めたのなら」


 如月さんの視線に耐えながら、僕は震える声でそう言うのが精一杯だった。僕の本音とはかけ離れた答えだったけれども、彼女が決めた事なら僕は否定しない。そうするしかないからだ。


 僕の言葉を聞いて、如月さんの表情が少しだけ和らいだ気がするが……それも一瞬の間だけだった。直ぐにいつもの無表情に戻ってしまったのである。


「そう。分かった」


 如月さんは短くそう言うと、持っていた本を大切に抱えながらゆっくりと立ち上がった。


「付き合ってくれて、ありがとう」


「あ、う……うん。どう、いたしまして……」


「……じゃあ、よろしくね」


 彼女はそう言って僕に背を向けると、そのまま歩き出した。僕はその背中を追いたくても、追い掛ける事が出来なかった。ベンチに腰掛けたまま、決心をした彼女を見送るしかない。


 そして、その背中が見えなくなっていく。その場に残された僕は、彼女が座っていたベンチに視線を向け、手を触れてみる。そこは如月さんの体温のせいか温かくて、ほのかに彼女の香りがした気がした。


 僕はしばらくの間、その場所から動く事が出来なかった。頭も心も真っ白で、何も考えられそうになかった。

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