いつも通りの彼女、変わらない彼女の姿
そうして去っていく卯月の後ろ姿を見送っていると、誰かが教室の扉を開けて入ってくるのが見えた。その姿を見るなり、僕の胸はドキリとするのを感じた。その人物こそまさに今話題にしていた相手―――如月さんだった。
彼女は普段と変わらない無表情のまま、スタスタと歩いて自分の席に座った。その様子を横目で見ていたが、特に変わった様子は無いように思えた。いつも通りの彼女であって、平常運転そのものである。
そんな如月さんに対して、僕は極度の緊張と不安を感じていた。というのも、どんな風に彼女と顔を合わせればいいのか、全く分からないからだ。だって、仮ではあっても付き合っていた彼女からフラれてその後に会うなんて経験、一度たりとも無かったのだから。
普通に話し掛ければいいのか、笑って誤魔化せばいいのか、それとも……近寄らない方がいいのか。どれが正解なのか分からず、結局何もしないまま時間だけが過ぎていくだけだった。その間もずっと心臓はバクバクと音を立てており、今にも破裂しそうな勢いであった。
「ねえ」
そうやって一人で悶々としていると、突然横から声を掛けられた。驚いてそちらを見ると、そこにいたのは如月さんだった。
「う、うわあっ!?」
「?」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を塞ぐ。それを見た彼女は不思議そうに首を傾げていた。僕は気まずくなりながらも、平静を装って返事をすることにした。
「お、おはよう、如月さん……」
「うん。おはよ」
「そ、その……ど、どうしたのかな?」
なるべく感情が表に出ないように気を付けながら、僕は彼女に聞き返した。すると、彼女は少し間を空けてから答えた。
「……昼休み」
「え?」
「今日の昼休み、時間ある?」
一瞬何を言われたのか分からなかったけど、直ぐに彼女から誘われたということだけは理解することが出来た。けど、どうして? 予想外の出来事だったので、頭が混乱してしまう。
何故、如月さんはもう彼氏役をやらなくていいと言った僕を誘ってきたのか。もしかして、何か言い足りないことでもあったのか、それとも……他に理由があるのか。様々な考えが頭を過るが、答えは全く出てこない。
「あ、あの、それってどういう……」
戸惑いつつも聞き返すと、如月さんは前髪を弄りつつ、小さな声でこう答えた。
「話がしたいから」
「話? 話って……何を?」
「……」
「えっと……如月さん?」
無言を貫く彼女を前に、僕は困惑していた。そもそも彼女が何を考えているのか、さっぱり分からないというのが本音だ。
仮に僕と話をするにしても、わざわざ昼休みに誘う必要はあるのだろうか。ここでは話せない内容なのだろうか? けど、もし無いとしたら、一体何の為に誘ったのだろう。考えれば考えるほど謎は深まるばかりだった。
「……駄目ならいい」
如月さんがぽつりと呟くように言った。それを聞いて、僕はハッとした。
「い、いいよ! 大丈夫、予定空けとくから!」
そして気が付けば、僕はそう返事をしていた。内容の是非は別として、僕もこのまま終わりにしてしまうのは嫌だったからだ。それに、何よりも彼女の真意を知りたかった。
「……そう」
如月さんは僕の返事を受け取ると、淡々とした口調でそう言った。
「じゃあ、昼休み。待ってるから」
「う、うん……分かった、よ」
それだけ言うと、如月さんはさっさと席に戻ってしまった。残された僕は呆然としながら、その姿を見送ることしか出来なかった。
……だけど、話って何なんだろうか。この前の話の続きなのか。それとも、別の話をするつもりなのだろうか。いずれにしても、僕たちの関係に何らかの変化があることには間違いなかった。
好転するのか、それか更に悪い方向へ転がっていくのか。それはまだ分からないけれど、今はとにかく待つしかなかった。どんな結果を迎えるにしても、いずれはその時が来るのだから。
そう思うと、自然と鼓動が激しくなるのを感じた。期待と不安が入り交じった複雑な心境の中、僕は昼休みを迎えるまでの間、ひたすら考え込むのだった。
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