四章
彼女からの別れの言葉、そして無駄な足掻き
ずっと思い返していた。あの時の彼女の言葉を。
『明日からは、私の彼氏役はしなくていいから』
如月さんとのお出掛けの帰り、彼女から告げられた衝撃的な言葉。僕はあの瞬間が、夢だったら良かったのにと思う程に動揺していた。
今から直ぐにでも目が覚めて、眠っていた電車の車内で目を覚ますのではないか。そんなことを考えてしまう程だった。
だけど、どれだけ願っても夢からは醒めなかった。つまり、これは紛れもない現実だということを実感させられる。
『さよなら』
別れを意味するその言葉を聞いた時、胸が締め付けられるような痛みが走った。そして同時に、悲しみや寂しさといった感情が込み上げてくるのを感じたのだ。
何を間違えてしまったのか。何が悪かったのか。考えても分からなかった。ただ、後悔の念だけが押し寄せてきて、僕を苦しめる。
如月さんは僕はもう必要としない言った。彼女にとって、僕はそこまでの価値しかなかったということなのだろうか。そう考えると、ますます辛くなる。
あぁ、そうか。僕は何か失敗してしまったんだ。どこかで選択肢を間違えて、如月さんがそうした判断をする結果を生んでしまったのかもしれない。そうでなければ、こんなことになるはずがない。
失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。何をどうすれば良かったのか。誰か、僕に教えてくれ。僕は如月さんの彼氏役として、一体何をすれば正解だったんだ?
教えて欲しい。どうか、僕に答えを与えてくれ。でないと、僕はこのまま立ち直れないかもしれない。
「如月さん……」
無意識のうちに、その名前を口にしてしまう。それだけで、余計に辛くなった。
「如月さん……!」
僕は再び彼女の名前を呼んだ。けれど、当然の如く返事は返ってこない。当然だ。だって、彼女はここにはいないのだから。
そう思うと、また悲しくなってきた。今度は先程よりも強い感情の波に襲われる。辛い、苦しい、悲しい、寂しい、そんな負の感情が僕を襲う。
ダメだ、このままじゃ本当にどうにかなってしまう。そう思ったからこそ、僕は行動に移すことに決める。
そう。こんな現状を変える為にすることと言えば、これしかないと僕は思った。それは―――
「……」
自宅のリビングにて。僕はただただジッとあるものを見つめていた。そいつは独特な機械音を鳴らしながら稼働をする四角い箱。言ってしまえば電子レンジだ。
その電子レンジの内部、ターンテーブルがクルクルと回って中の物が回転しているのが見える。その様子を見つめながら、僕は何も考えずに見守るだけだった。
そしてしばらくして、電子レンジがチンッと音を鳴らす。その音を聞いて、僕はすぐに扉を開けて中を確認した。そこにはお皿の上に置かれた細長い黄色い物体がある。僕はお皿を持つと、それをテーブルの上まで持っていった。
そしてお皿の上にある黄色い物体を手に取ると、その先端を掴んで皮を剥いた。中から現れた白い実を一口齧ると、口の中にねっとりとした食感と甘みが広がる。
「……バナナって、温めると意外と美味しいんだ」
僕はそんな感想を漏らしつつ、黙々と食べ進めていく。すると、あっという間に完食してしまった。
そして僕は立ち上がると、お皿を持って台所へ持っていく。持っていたお皿の上にまたバナナを房から一本外して置くと、それを電子レンジの中に入れて加熱する。
そうして出来上がったものを皿ごと取り出すと、また皮を剥いてから実を食べる。やっぱり美味しい。甘くて、柔らかくて、割と悪くは無かった。
二本目のバナナも完食すると、僕は三本目のバナナに手を伸ばす。そして同じように皿の上に置いて電子レンジで加熱し始めた。
バナナが温まるのを静かに待っていると、誰かがリビングにやってくる気配がした。
「ただいまー。……って、何やってるのよ」
そう言って現れたのは僕の母親だった。手にはスーパーの袋を持っていることから察するに、買い物に行ってきた帰りなのだろう。
「あっ、おかえり、母さん」
僕が返事をすると、母親はこちらに近寄ってきて電子レンジの中を覗いてきた。
「……あんた、本当に何をやってるのよ」
「何って……バナナを温めてる」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「?」
「何でバナナをわざわざ電子レンジで温める必要があるのかって聞いてるんだけど……」
怪訝そうな顔でこちらを見つめてくる母親に、僕は淡々と答える。
「この電子レンジが何かの間違いで、タイムマシンにならないかなって思って」
「はぁ?」
「これがタイムマシンになれば、電子レンジの中のバナナが元の房に戻るはずだから、それを使って過去に戻ってやり直したいんだ」
僕がそう言うと、母親が呆れた顔をしながら言ってきた。
「馬鹿じゃないの? そんな訳ないじゃない」
「……はい、そうですね。確かにその通りです、はい」
冷静に考えたら分かることだった。これはただの現実逃避でしかない。そんなことで過去に戻れるのなら、誰も苦労はしないのだ。
「あっ、でも。バナナを温めると、意外と美味しかったよ?」
「あら、そうなの? それは新発見ね」
「でしょ?」
「しかし、まあ……いきなりタイムマシンとか言い出して、あんたもお父さんに似ちゃったのねぇ……」
「そ、そうかな……」
深い溜め息を吐きながら、やれやれといった様子で首を横に振る母に、僕は苦笑いで返すしかなかった。
「お父さんもね。嫌なことがあると良く机の引き出しを開けて、そこから猫型ロボットが出てこないか期待していたわね」
「えっ、そうなの!?」
「ええ。でも結局何も出てこなくて、がっかりしてたわ」
そう言いながら母はクスクスと笑った。
「まっ、何があったのか知らないけども、変なことばかりしていると本当にお父さんみたいになるから気を付けなさい。というか、こんなことをしている暇があったら、少しは勉強もしなさいよね。期末試験だって近いんだから」
「うっ……」
痛いところを突かれた僕は、思わず呻いてしまった。それを見て、母は呆れ顔だ。
「全くもう……。ほら、早く片付けなさい。お母さんが何も出来ないでしょう?」
「……はい」
僕は素直に返事をすると、食べ終えたバナナの皮を片付けて、残った房も冷蔵庫にしまった。
そして温め終えたバナナを電子レンジから取り出して、お皿に乗せてテーブルに運んだ。そのまま椅子に座ってバナナを食べ始める。
どう足掻いても時は戻せない。タイムマシンが突然湧いて出てくるなんてこともないし、奇跡的に過去に戻れる訳でもない。
だから、割り切るしかないのだけれども……それでも彼女から必要とされなくなったことに対する喪失感は大きかった。
僕は、どうすれば良いのだろうか。本当に分からない。僕は明日、どんな顔をして学校にいけばいいのだろうか。
そんなことを考えつつ、僕は三本目のバナナを食べ終えるのだった。
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