間違い続けてきた私、これから変わっていきたい私




 ******




 ……私は歩く。大きなぬいぐるみを二つ抱えて、家までの帰り道をゆっくりと歩いていく。辺りはすっかり暗くなっており、街灯の明かりが私を照らしている。


 そうした中で、私の心持ちは少しばかり軽やかなものだった。さっきまでのことを思い出すと、私もようやく前に進めた気がしていた。……ちょっとばかりの前進かもしれないけど。


 でも、これで良いんだと思った。いつまでも引きずっていては駄目だと思うし、何よりこれ以上迷惑を掛けたくなかったから。だから思い切って彼に伝えてみたんだけど、上手く言えたみたいだった。


 正直言うと、少し怖かった。特に一番重要なところを伝えてからは、あまり彼の顔を見れなかったけれども。だけど、勇気を出してみて良かったと思っている。


 そんなことを考えながら歩いていると、もう間も無く家に辿り着くところまで来ていた。そこで一旦立ち止まり、夜空を見上げる。空には満天の星空が広がっていた。雲一つなく、綺麗な満月が見えた。


 そんな光景を見て、思わず見惚れてしまう。ずっと見ていたいと思えるくらいに美しい景色だった。しばらくそのまま眺めていたかったけれど、流石にそうする訳にもいかないので視線を下ろす。すると、そこには見慣れた一軒家と……もう一つ、見慣れた人物が立っていた。


 その人物は、私を見かけるなりゆっくりと近付いてくる。そしてその人物―――彼は私の傍までやって来ると、声を掛けてきた。


「よう」


 彼―――煌真は頭を掻きながら、ぶっきらぼうな口調でそう言った。私はそんな彼を、不思議そうな視線を送りながら見つめ返す。


「……どうしたの?」


 私が尋ねると、彼は気まずそうに目を逸らした後、再び私の方を向いた。そして頭をガシガシ掻きむしりながら言う。


「いや、まぁ……何ていうか……あれだ。帰りが遅いから、少し心配になってだな……」


「心配?」


「別に、あれだ。俺は何とも思っていなかったが……帰ってきたらやたらとお袋が気にしてたからよ。それで様子を見に来ただけだ」


「そうなんだ」


「あぁ」


 煌真がそう口にした後、しばしの沈黙が生まれる。お互いに黙ったまま、気まずい空気が流れる中、先に口を開いたのは私の方だった。


「ねえ」


「あ?」


「一つ、聞いていい?」


「……何だよ」


「その格好、どうしたの?」


「あー……これか」


 私が指摘したのは、煌真の服装だった。彼はやけにカラフルなアロハシャツを身に着けていて、とても似合っていなかった。彼は確か、こんな趣味の服装を着たりはしないけど、何かあったのだろうか?


「……色々とあったんだよ、これは」


「似合ってない」


「うっせ。つか、お前もそれ……また買ってきたのかよ」


 照れ隠しなのか、煌真は私の持っているぬいぐるみを見ながら呆れたような口調で言った。


「本当にこういうの好きだよな、お前。そこだけは昔から変わらないよな」


「……別にいいでしょ」


「まあ、悪いとは言ってねぇよ。ほら、持ってやるから寄越せよ」


「うん、ありがとう」


「おう」


 そう言いながら、彼が手を差し出してきたので、素直にぬいぐるみを渡すことにした。受け取ったそれを大事そうに抱えるのを見て、そこも彼は昔から変わらないと思った。


 そして私が家に向かって歩き、それに彼が付いてくる。そんな中で、また彼が口を開いた。


「……で、どうだったんだ?」


「何が?」


「今日、出掛けてたんだろ? それがどうだったのか聞いているんだよ」


 相も変わらずなぶっきらぼうな口調で話す彼に対して、私は淡々と答えることにする。


「楽しかった」


「……そうかよ」


「うん。おばさんにも、お礼を言っておいて」


「ああ、分かった」


 ……実を言うと、煌真には今日、私が蓮くんとお出掛けをすることは知られてしまっている。それは私が……化粧のやり方を教えて貰いたくて、彼のお母さんを頼ったからだった。その過程で、彼には知られてしまったのだ。


「まぁ……なんだ。あいつとは上手くやれているみたいで、少しは安心した」


「そう」


「あいつも少し変わってはいるが……別に悪いやつじゃないからな。何かあったら、ちゃんと頼ってやれよ」


「分かってる」


 そしてやがて自宅の前に辿り着き、玄関のドアの鍵を開けて中に入る。それから彼に向き直って言った。


「荷物、ありがとう」


「別にそんな大した距離じゃねぇし、気にすんな」


「そっか」


 そんな会話を交わした後、私は煌真からぬいぐるみを受け取った。そして彼を見送る為に玄関から出る。すると、煌真は少し迷った素振りを見せた後、こんなことを言ってきた。


「なぁ、心奏」


「……なに?」


「お前……今はあいつのこと……立花のこと、どう思っているんだ?」


「え?」


「少し前のお前だったら、今日みたいに出掛けたりとかしなかっただろ。なのに、どうして受け入れたんだ?」


「……」


 そう言われて私はすぐに答えられずに黙ってしまう。けど、答えは決まっていた。だから私は、ゆっくりだけれども、その想いを彼に向けて話した。


「……彼と仲良くなりたいと思ったから」


「仲良く、か」


「うん。そうすれば、私も少しは変われるのかと思ったから」


「……そうかよ」


 私が正直に思っていることを口にすると、煌真は小さく呟いた後で黙り込む。そうしてしばらくの間、静寂が続いた後に彼は言った。


「じゃあな、おやすみ」


「うん、おやすみなさい」


 そして彼が自分の家に入っていくのを見届けてた後、私もまた家の中に戻っていった。


 ぬいぐるみを持って自分の部屋に移動すると、早速ベッドの上に置いてみる。


「……可愛い」


 思わずそんな言葉が漏れてしまった。我ながら単純だと思うが、やっぱり可愛いものは好きだった。


 私はぬいぐるみの頭を優しく撫でると、ぎゅっと抱きしめる。柔らかい感触と共に、心地良い感触が伝わってくる。とても癒される感覚だった。


 そうして抱き締めながら、私はあることを考える。次から、彼と―――蓮くんとどう接していくべきなのかを考える。


 彼氏役の役目はもういいと彼には伝えた。彼にはもう、余計な重荷を背負わせたくないと思ったから。だから、もう終わりにしようと思ったのだ。


「……まずは、友達から……かな」


 そう呟いてみるが、果たして私にそんなことが出来るのだろうか。中学以来、まともに友達を作ったことが無かったから、自信が無い。でも、やるしかないんだ。


 そう思いながら、私はもう一度ぬいぐるみを強く抱き締めた。


「頑張ろう、うん」


 私は自分に言い聞かせるように呟くと、そのままベッドに横になったのだった。すると、自然と眠気がやってくる。今日は色んなことがあったから、疲れたのだろう。私はそのまま眠りにつくことにしたのだった。








 ――――――――――――――――――


【★あとがき★】


 最後まで読んで頂きありがとうございました。今回で三章が終了となります。


 次回から四章に入りますが、ここに来て変わる決意をした如月さんです。


 しかし、それに反して蓮くんはショックを受けてしまい、どうなってしまうのか。


 少しでも「面白い」とか「続きを待ってる」なんてそう思って頂けましたら


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