デートの終わり、そして彼女が告げた締めの言葉
電車に乗ってから数十分後、無事に最寄り駅に到着した僕たち二人は改札を出ると、駅前にある時計台広場へと向かった。
今回のデートの待ち合わせをした始まりの場所でもあり、そしてこれから解散をする場所でもある。僕は歩きながらも隣を歩く彼女に話し掛ける。
「如月さん、その……今日は、楽しかった?」
僕がそう聞くと、彼女はこくりと頷いてから答えた。
「……うん、楽しかった」
「そっか、良かった……」
彼女の返事を聞いて、僕はほっと胸を撫で下ろす。とりあえず楽しんで貰えたようで何よりだと思った。
やっぱり、水族館にして正解だったと僕は心の中で人知れずガッツポーズを決める。これで今後、如月さんとの会話のバリエーションが増えると思うと、大収穫と言っても過言ではなかったのだ。
あれだけ水族館の展示物に興味を示してくれたのなら、次は別の水族館に足を運んでもいいのかもしれない。今日とは違う種類の魚が見られる水族館とか、ペンギンやイルカなどと触れ合える水族館とか。もしくは淡水魚とかでも彼女は興味があるのかもしれない。
そう考えると、今後の展開を考えるだけでワクワクしてくる。時期的にも、夏休みに入れば時間にも余裕が出来るだろうから、そういった予定を組むことも可能になるだろう。そう思うと、今から楽しみで仕方がなかった。
そんな風に考えているうちに、僕らは時計台広場に辿り着いた。時間帯的にも人が多く行き交ってはいるが、まだまだ明るいためか、そこまで暗くはなかった。
そんな中、如月さんは立ち止まって辺りを見渡してから、ぽつりと呟いた。
「今日は、ありがとう」
突然のお礼の言葉に驚きつつも、僕は慌てて返事をする。
「う、ううん……どういたしまして……」
いきなりお礼を言われるとは思っていなかったので、つい戸惑ってしまう。それでも何とか言葉を返すことは出来たのだが、それ以上は何も言えなかった。それからしばらくの間、沈黙が続く。その間、お互いに何を話せば良いのか分からずにいた。
そして長くない時間が過ぎた頃、如月さんが片手を僕に向かって差し出してきた。それを見て、僕は彼女の意図を分かり兼ねてか、また戸惑ってしまう。僕がそうしていると、如月さんがゆっくりと口を開いた。
「ぬいぐるみ」
「えっ?」
「ここまで持ってくれて、ありがとう」
「あっ、これね……」
如月さんが何を伝えたいのか分かった僕は、持っていたぬいぐるみを彼女に返した。大きなぬいぐるみを二つ抱えることになるけど、如月さんは特に気にしていない様子だった。むしろ、大事そうに抱えているようにも見える。
「じゃあ、ここでお別れね」
「……うん、そうだね」
ここでお別れ。そう思うと、すごく寂しい気持ちに駆られる。今日は今までに無いくらい彼女と一緒にいたからこそ、余計にそう思うのかもしれない。そんなことを考えていたら、自然と言葉が口から出ていた。
「ねぇ、如月さん……あのさ……」
「……何?」
如月さんは首を傾げながら、僕の方を見ている。そんな彼女に対して、僕は意を決して言った。
「もし良かったらさ……またいつか、一緒に出掛けないかな……?」
恐る恐る尋ねると、如月さんはきょとんとした表情を浮かべていた。
「今日行った水族館じゃなくて、もっと別の場所だとか……他にも如月さんと行ってみたいところがあるんだけど……どうかな?」
「……」
如月さんからの返答はない。ただ黙って、じっと僕のことを見つめていた。もしかしたら、何か気に障るようなことを言ってしまったのではないかと不安になるが、今更後には引けなかった。
「あ、いや……別に無理ならいいんだ! でも、せっかくこうして仲良くなれた訳だし、これからも色んなところに行ってみたいなって思って……」
必死になって弁明する僕に、如月さんは無表情のまま首を傾げる。まるで何を考えているのか分からないといった感じだ。それが更に焦りを加速させる原因となり、ますます焦ってしまうという悪循環に陥っていた。
「えっと……だから……その……」
必死に言葉を探すが、なかなか見つからない。頭の中が真っ白になり掛けた時、如月さんの声が聞こえてきた。
「蓮くん」
「えっ?」
「私からも、一つ言わせて」
思わぬところでの彼女からの発言に驚いている間にも、如月さんは話を続ける。その表情は相変わらず無表情のままだったが、どこか真剣な表情をしているようにも見えた気がした。
「……色々と考えてきたの。何が一番良いのか。どうすれば、いいのかを」
「き、如月さん……?」
「そして今日、分かった気がする。何が最善なのか。どうすることが一番良いのか」
戸惑う僕をよそに、彼女は淡々と話し続ける。そして遂に、その言葉を口にした。
「ごめんなさい」
「え……?」
一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。何に対する謝罪なのかがいまいちピンとこなかったから。
「私、蓮くんに甘えていた。あなたを私の都合の良いように利用していた。あなたが優しくて、私のことを理解してくれるから、それに甘えてた」
「そ、そんなことないよ……! 僕だって、如月さんに助けて貰ってるし……!」
咄嗟に反論するが、如月さんは首を横に振るだけだった。そして静かに口を開く。
「私はあなたに酷いことをした。本当に最低なことをしたと思ってる」
「そ、そんなこと……」
「だから決めたの」
そう言うと、如月さんは一歩後ろに下がって距離を取る。そして真っ直ぐに僕の目を見つめながら告げた。
「明日からは、私の彼氏役はしなくていいから」
それは、僕にとっては死刑宣告にも似た言葉だった。その瞬間、世界が凍り付いたような錯覚を覚えた。それと同時に、足元が崩れ去っていくような感覚に陥る。何もかもが音を立てて崩れていくような気がしたのだ。
「私が言いたいのは、それだけ」
「ちょ、まっ……」
「さよなら」
そう言って、彼女は背を向けて去って行く。追い掛けようとしたが、足が動かなかった。それどころか、どんどん遠のいて行く彼女の背中を見ていると、胸が締め付けられるように苦しくなる。そして同時に、言い様のない喪失感に襲われた。
待って……行かないで……。心の中で叫ぶが、彼女には届かない。やがてその姿は見えなくなってしまった。残された僕は呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
こうして僕は一方的に彼氏役から降ろされて、彼女との関係は終わりを迎えることになってしまったのだった。
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