幕間~彼と彼女、その他の来館者たちについて~ 3


 ―――そして現在に戻る。


「しかし、弥生。一ついいか?」


「んー? どしたん?」


「この変装、本当にする必要があったのか?」


 煌真がそう言いつつ、掛けていたハート形のサングラスを外す。そしてしかめっ面をして未来を見ていた。


 未来の付けている野球帽とホットパンツは別として、二人のアロハシャツとサングラスは売店に置いてあったもの購入し、それを身に着けて即席の変装にしていたのだった。


「あったりまえでしょー! こういうのは雰囲気作りが大事なんだからねー!」


 そう言って胸を張る未来に対して、再び大きな溜息を吐く煌真。


「雰囲気って、何のだよ。こんな雑な変装、普通にバレやしないか?」


「大丈夫だってばー! アタシたちを知っている人なんて、いないと思うしー。それにあの二人はデートに夢中だから、周りを気にする余裕なんてないっしょ」


「そうだといいんだが……。ただ、しかし―――」


 煌真はそう呟くと、辺りを見回した。周囲には人が多くいて、彼が追っていた二人の姿は見当たらない。


「あいつら、どこに行っちまったんだか。完全に見失ったぞ」


 溜息混じりに言う煌真だったが、そんな彼とは対照的に、隣に立つ未来はとても楽しそうだった。


「いやー、サメの辺りにいた時はちゃんと追えてたんだけどねー。まさかあそこで見失うとは予想外だったし!」


 そう言ってケラケラと笑う未来。そんな彼女に対して、煌真が不満そうな視線を向けていた。


「あれ? どったの? そんな怖い顔してさ」


「……あんまり言いたくはないが、あいつらを見失った原因はお前にあるんだからな?」


「え、そうだっけー?」


 煌真からの指摘に対して、未来はとぼけたような仕草をしながら答える。そんな彼女の反応を見た煌真は大きく溜息を吐いた。


「お前があのタイミングで財布を落としたとか言い出して、それを探していたからだろうが」


 呆れた様子で話す煌真に対して、今度は申し訳なさそうに謝る未来。


「ごめんごめん! そうだったねー!」


「ったく。財布は見つかったから良かったものの、あいつらとは完全にはぐれちまった。結構な時間を歩き回ったが、一向に見つからないしな」


「……」


 そう言って悪態を吐く煌真を未来は笑顔のまま見つめる。


「まー、でも大丈夫っしょー。あの二人なら、きっと上手くやってるってー」


「……だといいけどな」


「卯月くんは心配のし過ぎなんだってー。もっと気楽に行こうよ、ね?」


「いや、俺は普通に心配してるだけなんだが」


「そうかなぁー? 卯月くんって意外と過保護なとこあるよね」


「そんなことはないと思うが……」


「いやいや、心奏ちゃんとかに対する態度はさー、完全にお母さんのそれだったからね?」


「……そこはせめてお父さんだろ」


「あはははっ、それもそっかー」


 楽しそうに笑う未来に対して、呆れたように返す煌真。そんな彼の様子を見て、さらに笑みを深くする未来であった。


「とりあえず、これからどうするー? あてもなく二人を探すのも大変だからさー、もう二人のことは放っておいて、アタシたちも楽しんじゃう?」


「あ?」


「ほら、アタシさー、ペンギンさんとか見に行きたいんだよねー。それにー、お腹も空いてきたからさー、そろそろお昼ご飯食べたいかなーって」


「……」


「こうなったからにはさー、卯月くんも楽しんだら? せっかく水族館に来たのに、楽しまないのはもったいないよー?」


 そう言う彼女の表情はとても明るいものだった。それを見た煌真は小さく息を吐いて頷く。そして彼は覚悟を決めたように顔を上げた。


「はぁ……分かったよ。俺も腹減ったし、飯食いに行くか」


「うんうん、そうしよう! よしっ、そうと決まれば早速行こうじゃないかー!」


 意気揚々と歩き出す未来に続いて歩く煌真。いつしか二人は並んで歩き、館内のレストランへと向かって行く。未来は楽しそうに、一方の煌真はどこか疲れた様子だった。


「……なぁ、弥生」


「んー、なにー?」


「二つほど、忠告しとくぞ」


 その声を聞いたと同時に、未来の表情から笑みが消える。煌真はそうした表情を見ずに続けて言葉を口にする。


「お前も余計なお節介は止めろ。あと、俺にあまり関わるな」


「……」


「自分で言うのもなんだが、俺ははみ出し者だ。俺といたら、他のクラスの奴が離れていくぞ」


「……そうだね」


「お前がどうしたいかはお前の勝手だ。だけど、忠告はしたからな。あとは好きにしろ」


 それだけ言うと、煌真は口を閉ざしてしまった。そんな彼の横顔を見ながら、未来は彼に向けてこう言った。


「うん、分かったよ。じゃあ、好きにさせて貰うね」


 未来もそれだけを口にすると、後はもう何も言わなかった。二人は無言のまま、館内を歩いていく。


 そして二人はこれ以降、蓮や心奏と出会うことも無く、一日を終えたのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る