水族館デートの終わりと、お土産に僕らが買った物
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昼食を終え、ナンパの人たちから如月さんを助け出してからしばらくして、僕と如月さんは館内をゆっくりと見て回っていた。
如月さんも率先して見たいものは見終わったのか、今は前に出て行動するのでは無くて、僕の後ろを小さい歩幅で歩いて付いてきてくれている。時折、気になったものがあれば立ち止まり、水槽を覗き込んで魚を眺めているようだった。
僕はそんな彼女の様子を見守りつつ、時々話し掛けてくる彼女に返事をするという流れを繰り返していた。そんな僕たちのことをカップルだと思ってくれているのか、割と周りからの視線が痛い気がする。
ただ、当の彼女はそんなことを気にしている様子はなく、純粋に楽しんでいるように見えた。そうした彼女の姿を見ていると、僕はちゃんと彼女が望む鳥よけの役目が出来ているのかなと思ったりするのだった。
そうして僕たちはいくつかの展示物を回り終え、館内から出て屋外にあるイルカショーの会場へと移動していた。既に多くの人が集まっており、席はほぼ埋まってしまっている状態だ。それでも何とか空いている場所を見つけて座り、開演の時間を待つことにする。
それからしばらく待っていると、アナウンスが流れ始め、程なくして飼育員さんたちによるショーが始まったのだった。最初は水中パフォーマンスを中心とした演目であり、観客たちは歓声を上げながら盛り上がっていた。
そんな中でも、如月さんは特に興味を示しているようで、イルカが飛んだり、水飛沫が上がる度に小さく声を上げていた。その様子を見ていた僕も思わず微笑んでしまう。すると視線に気付いたらしい彼女と目が合ったので、慌てて顔を逸らしてしまった。
その後も次々と繰り広げられる演技に、如月さんは終始目を輝かせていた。普段は無表情に近い彼女だが、こういう時の表情は年相応というか、決して笑いはしないけれども、とても可愛らしいものである。そんな彼女の姿を微笑ましく思いながら見ているうちに、あっという間に時間が過ぎていった。
やがて全ての演目が終わり、盛大な拍手と共にショーが終わる。その直後、観客席からは一斉に人が動き出し、出口の方へと向かっていくのが見えた。そんな中、僕たちも立ち上がり、その場から移動することにした。
「凄かったね、今の」
「うん、良かった」
いつも通りの淡々とした口調だったけれども、それでも嬉しそうな様子が伝わってくるような気がした。そんな彼女の様子に、僕はますます頬が緩んでいくのを感じた。
そして水族館の施設全般を堪能し終えた後、僕らは最後にお土産売り場にやって来ていた。別に誰かに買っていく訳でも、贈る訳でも無いけれども、なんとなく立ち寄ったという感じだ。
二人して揃って店内を見て回る……というよりも、如月さんが一人で黙々と商品を見て回っているといった方が近いかもしれない。僕はそんな彼女の後を付いて歩いているだけである。
そんな折、ふと僕の目に留まったものがあった。それはサメのキーホルダーが沢山置いてあるコーナーだった。様々な種類のサメが所狭しと並んでいて、中々の迫力が感じられる。
そしてその中には如月さんが好きだといったネコザメのキーホルダーもあった。僕はそれを手に取って眺めてみる。
……これ、今日の記念にでも買っていこうかな。初めてのちゃんとしたデートの記念に、そして彼女が好きだといったものを買っていく。そう考えると、なんだか悪くないような気がしてきた。よし、決めた。これを買おう。
そう思い、僕はそれを持ってレジに向かって歩き出す。レジにいたお姉さんに商品を渡すと、それなりの値段を告げられたものの、せっかくだからと割り切って購入することにした。
これで僕の財布の中には、帰りの交通費を除いた残りのお金が全てなくなってしまったことになる。まぁ、いいか。今日は楽しかったし、これくらいの出費なら構わないだろう。
それから僕はレジから離れると、買ったばかりのキーホルダーを取り出して、ジッと眺めてみた。このキーホルダーを何に付けるか、それはもう決まっている。以前に如月さんから渡された、彼女の家の合鍵に付けようと思っていた。
結局、今の今まで使う機会も、使おうと思うことも無かったけれども、彼女に関連するものだと分かりやすくなるから、付けることにした。今は手持ちに無く、自宅の自分の部屋に置いてあるから、帰ってから付けることにしよう。そう思って僕はキーホルダーをポケットの中に入れた。
そしてしばらくして、如月さんも買い物を済ませたのか、お土産売り場から出てきた。その両腕にはとても大きな荷物が抱えられており、見るからに大変そうだった。
「……何、それ?」
「ぬいぐるみ」
「そ、そっか……。でも、すごくでかいけど……何のぬいぐるみなの?」
「シュモクザメとサカバンバスピス」
「えっ……? サバカンカカピス……?」
「違う、サカバンバスピス」
言い間違えた僕に対して、如月さんは不機嫌そうに訂正してくる。
「……そんな生き物、今日いたっけ?」
「いない。そもそも絶滅した生物だから」
「あっ、そうなんだ。……ちなみにそれって、最近まで生きてた生物なの?」
「そんな最近の生物じゃない。約四億五千万年前のオルドビス紀の魚だから」
「……なるほど」
僕がそう答えると、彼女は満足したように頷いてから歩き出した。僕もそれに続くようにして歩く。それにしても、すごい荷物だな……僕はそう思いつつ、彼女に提案をした。
「ねえ、如月さん」
「何?」
「良かったら、その……荷物、持とうか? 流石に大変そうだし……」
そう言って僕は手を伸ばす。すると、如月さんは少しの間考え込んだ後で答えた。
「じゃあお願い」
そう言うと彼女は僕に向けてぬいぐるみを一つ渡してきた。僕は渡されたそれを落とさないように大切に持つ。ぬいぐるみだったから、そこまで重くなかったのが幸いだった。
それから僕たちは水族館から出ると、行きに乗ってきたバスにまた乗る為、バス停へと向かって歩き始めた。その間は特に会話もなく、ただただ歩き続けるだけだった。
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