彼女から離れて戻ってきたら、まさかの事態に巻き込まれた件
「ふぅ……」
用を足した後、手を洗ってから僕は男子トイレから出た。そして我慢するものが無くなったので、考える余裕が出来たからこそ、僕は先程に出会った女性のことを思い出して首を傾げた。
あの人……やっぱり、どこかで見た気がするんだよなぁ……。そう思いながら、僕は如月さんが待っている場所へ戻ろうと足を進めていく。
「……ん?」
そして近くにまで戻ってきた僕の目に飛び込んできたのは―――
「あれ……誰だろう?」
壁際で僕を待っている如月さんの前に立つ、二人の男性。一人は金髪に日に焼けた肌、そして黒いサングラスを掛けた二十代前半くらいのチャラそうな男性。もう一人は茶髪で顎髭を生やし、ピアスとかネックレスとかジャラジャラ付けた同じく二十代前半くらいのチャラそうな男性。
どちらも見知らぬ人物で、一体何者なのだろうかと僕は首を傾げるしかなかった。そんなことを考えているうちに、その二人組が如月さんに話し掛けた。
「ねぇ、キミ、すっごく可愛いね! 俺たちと一緒に遊ばない?」
「そうそう! 絶対楽しいからさ!」
「……」
……ちょっと待って。ナンパされてる……ナンパされてるよ!? まさかちょっとトイレに行っている間に、ナンパをされているだなんて思いもしなかった僕は、驚きのあまり固まってしまっていた。
そして僕はここで肝心なことを思い出していた。というか、ここ最近は無かったからすっかり忘れていたけれども……如月さんってすっごい美少女だということを。加えて、多くの男子生徒から告白をされていたことを。
学校では彼氏役である僕がいるからこそ、寄って来る男子生徒はいなくなっていたけれども、こうして学校の外に出てしまえば、そんな事情は誰も知らない。つまり今現在、彼氏ガードという盾は存在しないのである。
マズい……完全に油断をしていた。僕が如月さんから離れてしまったばっかりに、こんな事態を引き起こして……! 後悔してももう遅い。けど、こんな時、どうすれば……。
「……」
「ちょっと、ちょっと、無視しないでよー」
「そうそう。俺らさー、マジで暇してんだよねー」
僕がそうして悩んでいる間にも、彼らは如月さんをしつこく誘っていた。近くにまで迫っている彼らに対して、如月さんは何も言わない。視線を合わせないように、ずっとそっぽを向いているだけだった。
おそらくだけれども、如月さんは嫌がっているはずだ。だけど、あの二人を前にして誘いを断れずにいる。いつもだったら、塩対応をして拒否をするはずなのに。それが出来ないというのは、もしかすると彼女は怖がっているのだろうか?
どちらにせよ、このまま放っておくわけにはいかない。そう判断した僕は、意を決して彼らの元へ向かって行った。
「あ、あの、すみません……!」
僕はそう言って二人の元へ駆け寄り、声を掛けた。
「あ?」
「何?」
二人は同時にこちらを振り返り、僕を睨みつけてくる。その視線はとても鋭くて怖かったけれど、臆することなく僕は言葉を続けた。
「ちょっと、すみませんね……」
そして二人の間を抜けて、僕は如月さんの前に立った。僕を見た如月さんは目を見開いていた。
「ご、ごめんね。待たせちゃって……」
僕がそう言うと、如月さんは驚いた表情のまま、小さく頷いてきた。それを見た僕は安堵の息を吐きつつ、彼女の手を勇気を出して掴み取った。
「そ、それじゃあ、行こうか……」
僕はそう口にすると、如月さんの手を引いてここから退散しようと歩き出し―――
「おい待てよ」
しかしそれを阻むように、僕の目の前に立ち塞がる金髪の男性。彼は不機嫌そうな表情で僕を見ていた。
「ちょっと何? 俺ら取り込み中なんだけど、何を邪魔してる訳?」
威圧的な態度でそう言われた僕は、思わず怯んでしまう。しかし、それでも僕は引き下がらなかった。
「す、すみません……でも、僕はその……彼女の連れでして……」
「はぁ?」
僕がそう説明すると、今度はもう一人の男性が僕に詰め寄ってきた。
「連れって何? お前、この子の何なの?」
「い、一応……じゃなくて、僕は彼女の、彼氏です」
「はっ!」
僕の言葉を聞いてか、茶髪の男は鼻で笑ってみせた。
「おいおい、お前みたいな冴えない奴が、この子の彼氏だって言うのかよ?」
「そうそう、悪いけどさ、冗談なら笑えねーぞ」
「い、いえ、冗談じゃないです」
僕がそう返すと、彼は舌打ちをした。そして苛ついたように頭を搔きながら、吐き捨てるように言ってくる。
「ちっ、なんだよ。一人だと思ったのに、これとか……せっかくこれから楽しもうと思ってたのによぉ。萎えちまったぜ」
そう言いながら、僕の横を通り抜けていく。そして、最後に残った金髪の男性は、僕を睨みつけながらこう言った。
「次からはちゃんと見といてやれよ、彼氏くん。じゃないと、俺らみたいな奴に連れてかれちまうぞ」
そうして悪い笑みを浮かべた後、金髪の男性は先に行った仲間を追っていった。残された僕は、緊張から解放された反動からか、重い息を口から吐き出した。
「はぁ……緊張したぁ……」
「……」
隣に立っている如月さんが、心配そうな表情でこちらを見てくる。僕はそんな彼女に苦笑しながら言った。
「あはは、ごめんね。僕がトイレに行ったばかりに、こんなことになっちゃってさ」
「……別に」
謝る僕に、素っ気なく返してくる如月さん。やっぱり怒らせちゃったかな……? いや、今はそれよりもさっきの人たちのことだ。まさかあんな強引な人たちもいるだなんて思わなかった。これからはもっと注意しないと……。
「……蓮くんは」
「えっ?」
「蓮くんの方こそ、大丈夫……?」
突然そんなことを言われて戸惑ったものの、すぐにその意味を理解した僕は慌てて頷いた。
「だ、大丈夫だよ、ちょっと怖かったけど、何んともないから、うん」
「……本当?」
「本当だよ」
心配そうに聞いてくる彼女に、僕は笑いながら答えた。すると、彼女は少し視線を逸らしてから、僕に向けてこう言ってきた。
「……ありがと」
「へ?」
「助けてくれて、ありがとう」
「あ、あぁ、うん」
突然のお礼の言葉に、僕は戸惑いながらも頷いた。
「う、うん、どういたしまして」
「……」
如月さんは相変わらず無表情だったけど、何となく雰囲気が柔らかくなったような気がする。
「あと、その……」
「ん?」
「そろそろ……手、離して」
「あっ!?」
そこで初めて自分がまだ彼女の手を握っていたことに気づいた僕は、慌てて手を離した。
「ご、ごめん! つい勢いで……!」
僕は顔を真っ赤にしながら頭を下げた。いくら咄嗟にとはいえ、女の子の手を無理やり握るなんて最低なことをしてしまったからだ。
そんな僕の様子を見ていた彼女は一瞬きょとんとしていたが、僕の顔をスッと覗き込んできた。その表情はとても優しいもので、不覚にもドキッとしてしまうほどだった。
「別に気にしてないから、早く行こ?」
「え、あ、うん。そ、そうだね……」
僕がぎこちなく頷くと、彼女はそのまま歩き出したのだった。そんな彼女の背中を追いかけるようにして、僕も歩き出すことになったのだ。
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