無口な彼女が好きなものと、不意に出会った謎の女性
「あ、あのさ、如月さん」
「……なに?」
如月さんはまだ若干不貞腐れているのか、不機嫌そうに返事をする。そんな彼女に対して、僕は慎重に言葉を選びながら話を続けることにした。
「如月さんは、その……魚とかが、好きなの?」
「……好きではない」
少しの間を置いてから、如月さんはそう言った。……いや、絶対に嘘でしょ。あんな目をキラキラさせて水槽の中を泳いでいる魚やサメを眺めていたのに、好きじゃないはずがない。
「じゃあ、サメについても……そんなに好きじゃないのかな?」
「……好きじゃないわ」
そう言いながら、視線を逸らす彼女を見て、やっぱり本当は好きなんだなと思った。
「……」
「……」
「サメといえば、コバンザメって―――」
「コバンザメはスズキ目コバンザメ科に属する硬骨魚類。軟骨魚類であるサメとは、類縁関係だけど少し違う。頭部の背中側に小判のような形をした吸盤があって、これを使って大型のサメやクジラなどに吸い付き、それらの海洋生物が食べたエサのおこぼれを貰ったり、海洋生物に付いている寄生虫や排泄物を捕食する、そんな片利共生な生活スタイルが特徴の魚。だから、間違えないで」
僕の言葉を遮るようにして、早口で捲し立てるように如月さんは言った。普段は多くを語らない彼女だったからこそ、そんな長文のような内容を口にするとは思っておらず、僕は驚いてしまう。
そんな僕の様子に気が付いてか、如月さんはハッとなって少し俯き気味に視線を落とした。そしてあれだけ饒舌に語っていたというのに、黙ってしまった。
……マズい。機嫌を直そうと話題を振ったというのに、より悪化させてしまったじゃないか。何やっているんだよ、僕。だって、こんな感じの如月さんが新鮮だったから、つい調子に乗ってしまったのだもの(みつを感)。
「え、えっと……如月さん?」
「……」
「その……調子に乗って、ごめん。けど、やっぱり……魚やサメのことが好きなんだね」
「……うん」
如月さんは小さな声で頷いた後で、ゆっくりと顔を上げて僕の方を見た。その表情は少し照れ臭そうだった。
「……変わってる、でしょ。女の子なのに、男の子みたいに魚やサメが好きだなんて」
「そうかな? 別に、そうでも無いと思うけど……」
「……本当に?」
「だって、男の子でも女の子が好きそうなもの好きな人はいるし、そういうのは何もおかしくないと思うけど」
そもそも、人の好きなものに関して、とやかく言うのは間違っていると思う。僕も良く母親から、いつまでそんなおもちゃで遊んでいるんだ、とゲームやプラモ遊びしている時に言われたりするし、正直、放っておいてくれと思ってしまう時もあるくらいだ。
まあ、それはそれとして、僕は如月さんの趣味を否定するつもりは無いし、何より、如月さんが楽しそうにしている姿を見られるのは嬉しいと思っている。
「僕は良いと思うよ。如月さんが魚やサメとかが好きでも。むしろ、僕にも教えて貰いたいぐらいだよ」
「……」
「だからね、お昼ご飯を食べ終えてまた館内を回る時にでも、教えてくれないかな。どんな魚とかって。そうした方が、僕も如月さんも楽しめると思うからさ」
僕はそう言って、如月さんに向かってたどたどしい感じだったけど微笑み掛けた。すると、彼女は少しだけ驚いたような表情を浮かべた後で、優し気な表情を見せた。
「……分かった」
そしてそうした会話を交わしてから少しして、注文をした商品が僕らの前にやって来た。僕はうどんの上にネギと天かす、かまぼこが乗ったシンプルなかけうどん。そして如月さんには―――
「お待たせしました、シャークステーキです」
「こ、これがシャークステーキ……!」
如月さんの目の前に置かれた料理を見ながら、僕は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。てっきり、熱々のステーキプレートの上に乗っているようなものを想像していたのだが、木製のプレートの上に焼かれたサメの肉と付け合わせの野菜が置かれていて、上にはソースが掛けられていた。
けど、すごいオシャレな感じがしていて、すごく美味しそうに見える(素人並みの感想)。それに比べて、僕は安っぽいかけうどん。……見栄でもいいから、もっと感じの良いものを頼めば良かったかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
「いただきます」
そんなことを思っている間にも、如月さんは箸を手に取り、手を合わせていた。
「い、いただきます……」
そんな彼女につられて、僕も慌てて手を合わせる。そして僕たちは食事を始めたのだった。
******
「ごちそうさま」
「ご、ごちそうさまでした……」
そして数分後。僕と如月さんはほぼ同時にそう口にして、昼食を終えた。シャークステーキを完食した如月さんはとても満足そうな表情を浮かべていた。どうやら、相当に美味しかったようだ。
僕はというと、うん、普通にうどんだった。特に何の感想も起きないほどの味わいである。まぁ、美味しいことには変わりないけどね!
「どうだった? 美味しかったかな?」
僕が尋ねると、彼女は小さく頷いた後で答えた。
「満足」
「そっか、それなら良かったよ」
彼女の答えを聞いて、僕はホッと胸を撫で下ろした。そして安堵すると同時に、自然と笑みが零れてしまう。こんなにも楽しい食事は初めてのことだったからだ。……だって、如月さんとの食事って、ほとんど激辛がセットになって付いてくるから。
そうして僕らは席を立ちあがってから、それぞれに会計を済ませた後、レストランから出て行った。それからしばらく歩いて行くと、如月さんが振り返って僕の顔を見て話し掛けてくる。
「次は、どこに行く?」
「あっ、その前に……ちょっとお手洗いに行ってきてもいいかな?」
「分かった」
如月さんが頷くのを見届けてから、僕はそのまま近くのトイレへ向かった。そして男性側のトイレへ入ろうと足を進めていき―――
「きゃっ!?」
「あっ!?」
僕は誤って女性側のトイレから出てきた人に肩がぶつかってしまった。幸いなことに僕も相手も転ぶようなことは無かったけど、僕はすぐに頭を下げて謝った。
「す、すみません! 僕の不注意で!」
すると、ぶつかった相手の方も慌てた様子で頭を下げてきた。
「いやいや、アタシの方こそごめんね! ちゃんと見てなかったし……」
そう言って謝ってくる目の前の女性。彼女は野球帽を被り謎の星形サングラスを掛けていて、派手なアロハシャツにホットパンツといった格好をしていた。色白の肌に綺麗に染められた金髪が映えている。見た目は完全にギャルだ。
だけど、それにしてもこの人……どこかで見たことあるような気がするんだよな……どこだっけ? 思い出せないんだけど……うーん。僕がそうして悩んでいると―――
「げっ!?」
彼女は僕の顔を見ながら、そんな素っ頓狂な声を漏らす。そして冷や汗を流し始めたかと思えば、突然、深々と頭を下げて謝罪してきたのだ。
「ご、ごめんなさい!」
あまりにも突然のことで呆気に取られていると、彼女はそのままの勢いでどこかに行ってしまった。残された僕はただ呆然と立ち尽くしてしまうばかりであった。
……なんだったんだ、今の人……? そんな風に考えていると、尿意が限界に達しつつあったので、僕は慌てて男子トイレの中へ入っていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます