車内で交わす、彼女との会話と僕からの謝罪
ガタンゴトンと音を立てながら走る電車の車内の中。僕と如月さんはボックス席にて向かい合い座っていた。車内は静かな空気に包まれており、聞こえる音と言えば時折聞こえてくるアナウンスの声くらいだ。そんな空間の中で僕らの間に会話は無く、ただ黙って座っているだけだった。
何か会話を挟むべきか……そうは考えても、中々に切り出すことが出来ずにいた。普段からでも如月さんに話し掛けるのは僕にとって勇気のいることなのに、今日はさらにハードルが上がっている。
だって、こんなにおしゃれな格好としっかりと化粧をした彼女を前にしたら、どうしても緊張してしまうのだから仕方がないじゃないか。心なしか少し離れているというのに、良い匂いもしてくるし……ああもう、僕の人生はここで終わるのかもしれない。
そんな馬鹿なことを考えつつも、このままだといけないと判断をした僕は意を決して話し掛けることにした。何を話すのが良いかは分からないけど、僕は信頼する会話のカードプールの中から、今までずっと支えてきてくれた言葉を口にすることにした。
「えっと……今日は良い天気で良かったね」
「……うん」
「……」
「……」
……会話が続かない! うん、分かっていたけれども、僕が構築した天気デッキでは会話を続けることが出来ないようだ。なので、別の話題を振ることにした。
「そ、そういえば、その……あのさ」
「……何?」
「えっと……その服、凄く似合ってると、思うよ」
そう言うと、如月さんは一瞬驚いたような表情を浮かべた。
「……そう? 変じゃない?」
「そ、そんなことないよ。すごく似合っていて、僕は可愛いと思うよ」
「……」
僕がそう言うと、如月さんは黙って俯いてしまった。その様子を見て、やっぱり変な事を言ってしまったかと後悔していると、小さな声でポツリと呟く声が聞こえてきた。
「……ありがとう」
それを聞いて僕はホッと胸を撫で下ろすと同時に嬉しくなった。どうやら言葉選びは間違っていなかったみたいだ。それが分かっただけでも嬉しい気持ちになることが出来たし、何よりもお礼を言ってくれたことが嬉しかった。
「……蓮くんも」
「えっ?」
如月さんの口から出た言葉に驚いて聞き返すと、彼女は続けてこう言った。
「蓮くんも、その……今日はいつもと違う服装、なんだね」
「え、あ、ああ、これ……?」
「前も、この間も、ジャージだったから。そんな格好、初めて見る」
そう言われた僕は自分の服装を見下ろした。僕が今日着ているのは、清潔感のある白いシャツの上に紺色の薄手のジャケットを羽織り、下にはベージュ色のチノパン……? ってやつを穿いているというシンプルな格好だ。靴もスニーカーだし、いかにもな若者感が漂うスタイルである。
如月さんには今までジャージか制服での姿しか見せていなかったから、こういったきちんとした私服姿を見せるのは初めてかもしれない。そうした服装を指摘されて、僕は頭を掻いて照れ笑いを浮かべた。
「ど、どうかな、これ……? 実はあまり着慣れていないから、ちょっと不安なんだけど……似合って、ないかな?」
「……そんなことない。蓮くんに、良く似合ってると思う」
「そ、そう……? あ、ありがとう……」
如月さんから褒め言葉を貰って、僕は嬉しさのあまり心の中でガッツポーズを決めていた。好きな人から褒められたことが嬉しくてたまらなかったのだ。
そしてそれと同時に、ここにはいない彼に向かってありがとうと感謝の念を送った。そう、実はこの服装……僕が選んだんじゃなくて、卯月にどんな服装がいいのか相談をし、放課後に一緒に付いてきて貰って決めたものなのだ。
僕が持っている服は大体が母が買ってきたものか、自分で選んだチェック柄とか、襟付きのセンスの無い服ばかりだったので、卯月に頼み込んでアドバイスを受けながら選んで貰ったのである。
正直言って、僕一人だったら絶対に買わないようなデザインや色合いのものが多くて戸惑ったけれど、それでもこうして如月さんから褒められたのなら、良かったと言えるだろう。
……ただ、この服を買ったことで、僕の財布には大打撃を食らった訳だが。まあでも、必要経費だと思って、これは割り切ることにしよう。そう思いながら僕は話を続けた。
「けど、その……今日は本当にありがとう。僕のお願いを聞いてくれて……」
「……別に。そもそも、蓮くんのお願いを聞いてあげるって言ったのは私だから」
「あはは……そうだね」
「だから……これも全部、蓮くんが頑張ったからだよ」
「そうかな……」
「そうだよ」
如月さんはそう言うと、視線を窓の外に向けた。そんな彼女の横顔を見つめながら、僕は考えていたことを口にした。
「でも、ごめんね」
「……何が?」
「ほら、その……如月さんって、遠出とか嫌いだよね」
「……」
「それなのに、こうして付き合って貰って……本当に、ごめん」
僕がそう言って謝ると、如月さんは窓の外に向けていた視線を、また僕の方に戻した。
「……謝らなくていい」
「いや、だけどさ……」
「確かに、遠出は嫌。だけど、私が言い出したことだし、それに……」
「それに……?」
「……何となく、行きたいとは思ったから。だから、気にしなくていい」
如月さんはそれだけ言うと、僕から視線を外して再び外を眺め始めた。僕も同じく視線をそちらに向けると、窓から見える風景はいつの間にか市街地を抜けており、周囲には田畑や山が広がっている光景が広がっていた。
それから如月さんへ視線を向けると、彼女はもう僕から興味を失ったかのように、外から視線を外さなかった。おそらく、しばらく話しかけても無駄だろうと察した僕は、それ以上話し掛けることはせずに黙って車窓を眺めることにしたのだった。
そして僕らは目的地に到着するまでの間、一言も喋ることなくただ静かに電車に揺られていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます