与えられたご褒美の内容と、待ちに待った約束の日
―――そして六月中旬の週末。テスト返却から二週間が経過したこの日、僕はある場所を訪れていた。
そこは駅前にある時計台広場だった。時刻は午前九時三〇分を少し過ぎた頃。今日は僕にとって特別な日になる予定である為、こうして早めに現地に到着したのである。
時間に余裕のある僕はふと、周囲を見回してみる。そこには週末の休日だからか、沢山の人達の姿があった。その中にはカップルと思しき男女の姿もある。彼らの表情は一様に明るく、楽しそうな雰囲気を漂わせていた。
そうした光景を見ていると、これから僕も同じような視線を誰かから向けられるんだなと思い、自然と頬が緩みそうになった。しかし、そこでハッと我に返ると、慌てて表情を引き締め直した。
いけない、いけない……油断したら駄目だ。そう思いながら気持ちを切り替えようとするも、やはり頬が緩みそうになってしまうのは止められない。このままではダメだと思って、気を紛らわせる為に空を見上げてみると、雲一つない青空が広がっていた。
天気は快晴。気温は初夏らしい暑さで、少し暑さを感じはするけれども、六月にしては湿度が低いこともあって、まだ比較的過ごしやすい気候になっている。そんな中で僕は今、待ち合わせをしている最中なのだけど……約束の時間までは結構な時間があった。つまり、まだしばらくはこのままということになる訳だ。
うーん……早く来すぎちゃったなあ。広場の中央に鎮座する時計台に刻まれた時刻を見つつ、そんなことを思う。というのも、今日のことを考えると妙に落ち着かなくて、予定よりも早く到着してしまった。
本当ならもう少しゆっくり来るつもりだったんだけど、結局居ても立っても居られなくなってしまって、予定の三十分以上も前にここに来てしまったのだ。我ながら、ちょっと浮かれ過ぎだと思う。
だけど、浮かれ過ぎなのも仕方が無い気がする。だって、今日という日は……僕にとって初めてのデートなのだから。そう思うと緊張してしまうのは当然のことだし、そわそわした気持ちにもなるというものだ。
……えっ? 山登りデート? あれは別枠だから、ノーカウントでお願いします。だから、デートらしいデートは今回が初めてとなる。
そう。今日、僕は如月さんとこれからデートをするのだ。テストで良い点を取ったご褒美ということで僕がデートを提案すると、彼女は少し考えた上で了承してくれた。そうして、僕と如月さんは休日を利用して、二人で出かけることになったのだ。
「それにしても、本当に楽しみだなぁ……」
これから向かうのは電車で少し移動した先にある場所なので、移動時間も考えるとそこまで長い時間遊べる訳ではないけれど……それでも、折角の機会だし楽しまないと損だろう。
そう思いつつも、僕の胸の中には僅かな不安もあった。果たして、上手くやれるのだろうかという心配が頭を過ったのだ。
山登りの際は、ほとんどが如月さんがリードしてくれていたので問題は無かったのだけれど、今回は僕主導で動かなければならない訳で……そう考えると、途端に自信が無くなってきたような気がする。
そんなことを考えている内に時間はあっという間に過ぎていき、気付けば約束の時間まで残り五分となっていた。そろそろ如月さんがやって来る時間だろう。
そう思った僕は時計台から目を離すと、再び周囲に視線を巡らせた。すると、こちらに向かって歩いて来ている一人の女性の姿が目に映った。それは間違いなく如月さんであった。
今日の彼女は白いワンピースの上に淡い水色のカーディガンを羽織り、足元はサンダルを履いている。そして頭の上には図書館で会った時にも被っていた、つばの大きな白い帽子があり、手には小さなバッグを持っていた。その姿はまるで避暑地へ向かうお嬢様のような出立ちだと言えるかもしれない。
そんな彼女の姿に見惚れていると、向こうもこちらに気付いたようでゆっくりと僕に向かって近付いてきた。歩く度にサンダルの音がコツコツと音を立てているのが聞こえてくる。その音は次第に大きくなり、やがて目の前までやって来た。
「おはよう、蓮くん」
「お、おはよう」
淡々とした口調で、いつも通りの表情で挨拶をする如月さんに対して、僕はぎこちない挨拶を返すことしかできなかった。正直言って、今の僕には彼女を前にして平然としていられるだけの度胸は無いようだ。それくらい彼女の姿は魅力的だったし、ドキドキしていたのだから。
しかも、良く見てみれば……今日の如月さんはなんと化粧もしていた。強調するような派手めの化粧じゃなくて、うっすらとしたナチュラルメイクなんだけど、それでも普段よりも可愛らしく見えた気がした。
それに服装も相まってか、いつも以上に大人っぽく見えるというか何と言うか……とにかく、とても綺麗だった。そんなことを考えてしまって余計に恥ずかしくなってしまい、顔が熱くなるのを感じた僕は思わず顔を逸らしてしまった。しかし、そんな僕に構わずに如月さんは話し掛けてくる。
「……待った?」
「い、いや、全然待ってないよ! むしろ、僕が早く着きすぎたくらいだから気にしないで!」
「そう」
「う、うん……」
「……」
「……」
沈黙が流れる。会話が続かない。どうしよう、何か話さないと……でも何を話せばいいんだ!? いや、そもそも何の話をすればいいんだよ! ああもう、分からない!! そんな風に心の中で叫んでいると、不意に彼女が口を開いた。
「じゃあ、行こうか」
「えっ? あっ、うん……」
そう言って歩き出す彼女に釣られて、僕も歩き始める。しかし、内心ではかなり焦っていた為、足が縺れてしまい転びそうになるが何とか堪えることに成功した。ふぅ……危ないところだった……。
その後も僕らは無言のまま歩いたのだが、その間ずっと心臓が鳴り止まなかった為、生きた心地がしなかった。だがその一方で、この状況を楽しんでいる自分がいることにも気付いていた。
多分、これが幸せというものなのだろうと思う。そんなことを考えながら歩いているうちに駅に到着した僕たちは切符を購入して改札を通ると電車に乗った。今日行く場所は少し遠目の場所にあるので、電車での移動となる。
僕と如月さんは運良く空いていた席に座り、揺れる電車の中で揺られながら目的地へと向かうのだった。
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