虚構の自由の中で

平 遊

本当の自由とは

「ねぇお母さん!なんで森のお外に出ちゃいけないの?」


 子ウサギが、母さんウサギに尋ねました。

 子ウサギはこの森で生まれてこの森で育ちました。

 まだ一度も、この森から出たことがありません。


「何度も言っているでしょう?この森には外は無いの。この森がこの世界の全てなのよ」


 母さんウサギの言葉に、子ウサギはプゥっと頬を膨らませます。


「ウソだい!この間、亀のおじいちゃんが言ってたもん。『この森の外には絶対に出てはいけないよ』って!」

「あらあら、亀のおじいちゃんたら、おかしな夢でも見たのではないかしら?」


 母さんウサギは笑って言いました。


「亀のおじいちゃん以外でそんなおかしなことを言っているのは、他にいる?」

「…いない」

「あの物知りなフクロウだって、そんなこと言っていないでしょう?」

「…うん」

「ほら、ごらんなさい。お母さんがあなたにウソをつくはずがないでしょう?」


 母さんウサギの言葉に、子ウサギは何も言い返せませんでした。母さんウサギの言うことは、その通りだと思ったからです。


「ごめんなさい、お母さん」

「分かってくれればいいのよ。さぁ、遊んでいらっしゃい」

「はぁい!」


 子ウサギは、母さんうさぎに見送られて、元気よく森の奥へと駆けていきました。



「大丈夫かしら…亀のおじいちゃん」


 子ウサギの姿を見送りながら、母さんウサギは小さく呟き、この森に来た日のことを思い出していました。



 ※※※※※※※※※※


(逃げなきゃ…なんとしてもこの子を守らなければ!)


 異常気象、人間たちの醜い戦争。

 地は干からび、植物は枯れ果て、あらゆる生き物達が、ほんの僅かに残された貴重な食料を奪い合う日々。

 何もかもが殺気立ち、殺伐とした世界。

 そんな中、お腹に子を宿した一匹の雌ウサギが、襲い来る猛獣たちから必死に逃げていました。

 つがいの雄ウサギが囮となって、子を宿した雌ウサギを逃がしてくれたのです。

 けれども、次第に猛獣たちは距離を詰めてきます。隠れられそうな場所も、どこにもありません。


(助けて…誰か、助けてっ!)


 強く強く雌ウサギがそう願った時でした。

 目の前に眩しい光が現れ、声が聞こえたのです。


「その願い、叶えましょう」

「本当ですかっ?!」


 藁にもすがる思いの雌ウサギに、声は言いました。


「あなたを『自由の森』へ導きます。ただし、一つだけ守ってもらいたいことがあります」

「守ります!なんでも守ります!」


 笑うような音が微かに聞こえた後で、声は言いました。


「森の外の世界の存在は、決して口にしないこと」

「え?」

「この世界にあるのは、『自由の森』だけ。『自由の森』こそが、この世界そのもの。これさえ守って貰えるのならば、『自由の森』では、なにものであっても皆、平和で安全で自由に暮らすことができます」

「…もし、破ってしまったら…?」

「『自由の森』から永遠に追放します」


 雌ウサギはほんの少しだけ迷いました。

 自由とはなんだろう、と。

 けれども、どうしてもお腹の子を守りたかった雌ウサギは言いました。


「必ず守ります。ですから、助けてください!」

「いいでしょう」


 声とともに、眩しい光は大きく膨らんで雌ウサギを包み込み…気づいた時には雌ウサギは、見たことのないほど緑豊かな森の中にいたのでした。


「おっ、新入りかい?」


 突然頭上から降ってきた声に顔を上げれば、そこにいたのは天敵のフクロウ。けれどもフクロウは言いました。


「これからよろしくな。分からないことがあれば、なんでも聞いておくれ」


 一瞬身構えた雌ウサギでしたが、思いもよらないフレンドリーなフクロウの言葉に、ポカンとするばかりでした。


 ※※※※※※※※※※


「お母さん!亀のおじいちゃんがいなくなっちゃった!」


 走って戻ってきた子ウサギの言葉に、母さんウサギはハッとしました。

 約束を破ったため、『自由の森』から追放されてしまったのだと気づいたからです。


「自由、って…?」


 敵から逃れながら、僅かばかりの食料を求めて走り回っていたあの頃。

 過酷ではあったけれど、そこには確かに、何者にも縛られることのない自由があった。

 けれども、今はどうだろう?

 平和で、安全。

 そして。

 嘘にまみれた、偽りの自由。

 本当にこのままで、いいのだろうか。


「どうしたの?お母さん」


 気づけば目の前には、自分を心配そうに見つめる、愛しい我が子。

 母さんウサギは子ウサギを優しく抱きしめて言いました。


「きっと、どこかの葉っぱの陰で休んでいるのよ。もうお年だから、亀のおじいちゃんはたくさん眠らないといけないからね」

「そっか」


 ニッコリと笑う子ウサギの姿に、母さんウサギは心に決めました。


 この子が大人になって、もし真実を知りたいと強く願ったのならば。

 その時は、この子に真実を告げよう。

 そして。

 たとえどんなに過酷であったとしても、本物の自由の世界で共に生きて行こう、と。


 それまでは。

 真実はこの、『自由の森』の中。

 奥深くに、隠し続けて。

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虚構の自由の中で 平 遊 @taira_yuu

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