第27話 面談 二

「母上。実は僕も、その点には若干の不安がありました。ですので、発情したパウに襲われないよう、母上には協力して頂きたいことがあるのです」


「ディース様ぁ!?」


 まさかの追撃をかけてきたディースに、パウがグリンと勢い良く顔を向けてくるが無視する。ドルイアが心配そうに問いてくるので解決策を提示した。


「……そうだったの。何かしら?」


「はい。僕の安全を確保するには、パウの性欲を溜めないようにする必要があります。そこで、母上の護衛でもあるそこの侍女に、特訓をつけてもらいたいのです」


「特訓……? アマンダに……護衛の?」


 期せずして侍女の名前が判明する。ドルイアは一度アマンダの方を見ると、不思議そうにディースに視線を戻した。


「はい。母上もご存知の通り、パウは少し変わった性癖をしております。ですから護衛の訓練を通じて性欲を発散させることで、二重の意味で僕の身の安全を確保したいのです。如何でしょうか」


「それって……アマンダ、どう?」


「どう、と言われましても、かなり気が進まないと申しますか……。…………いえ、訓練するとなると、どうしてもドルイア様の護衛に支障が出ます。私ではなく、公爵家の騎士団から見繕うのが良いかと」


 性欲解消の相手にされるのがよっぽど嫌なのか、アマンダは咄嗟に思いついたような理由を持ち出して拒否する。だが、ここまできてみすみす見逃すはずがない。


「勿論そこまで時間を割けとは言わない。それに、お前にとっても悪くない話のはずだ。母上と共にこの地へとやって来て、それなりの年数が経っているだろう。普段はどうやって訓練している? いくら元が優秀だったとしても、実戦から離れていれば錆びついてしまうぞ。落ちた腕前で、肝心な時に役に立てるのか」


「…………」


「的当てをしているだけでも違うはずだ。そのついでに、護衛としての心構えや技術を教えてくれればいい」


 アマンダは何も言わなかった。いや何も言えないのだろう。


 実際に子供に警戒感を悟られる失態を晒しているのだから。


「ちょっと待ってくださいディース様! 的当てって、私のことですか!? 私のことなんだと思ってるんです!?」


「ただの言葉の綾だ。気にするな」


「気にしますよ! 絶対本気で言ってましたよね!? 私、死んじゃいますうぅぅ!?」


「うるさいぞ。今は大事な話をしているんだ。……どうでしょうか母上。誰も損をしない案かと考えます。是非とも、大して知りもしない騎士団の人間より、責任感が強くて優秀だと分かっているアマンダに訓練をお任せしたい。お願います」


 私だって大事な話をしてるんですぅぅ、と立て膝で腰に縋りついてくるパウの頭を抑えながら矛先をドルイアに変える。


 二人の様子を見たドルイアは苦笑いを浮かべていた。


「……そうね。分かったわ」


 そして、何かを諦めるように了承した。


「具体的に、いつからどこでやるかは追って知らせるから、それまで少し待っててくれるかしら」


「分りました。我儘を聞いてくださり感謝いたします、母上。……それでは、名残惜しいですが今日はこの辺で」


「ええ。いつでも遊びに来ていいからね」


「はい。失礼します」


 一先ず経験値獲得の目途はついた。目的を果たしたディースは恭しく一礼すると、速やかに部屋を後にするのだった。






「ドルイア様。申し訳ございませんでした」


「…………」


 ディースたちが去った部屋の中で、アマンダは深く頭を下げる。


 大事な日だった。とても。そんな日に、アマンダは致命的な失態を犯した。


 同僚のおかげで、最悪の結果だけは免れたように思う。しかし、危うく溺愛する息子を、決定的な孤独に追い込むところだったドルイアの怒りを考えると、怖くて余計なことを言えず、衣擦れの音すら立てられない。


 沙汰を待つアマンダに、やがて一つの溜息が聞こえた。


「……はぁ。もういいわ。終わったことだし、正直、私もあそこまでとは思ってなかった。メリルの機転に感謝しましょう」


 張りつめていた糸が切れるように、ドルイアは沈黙を破った。後ろ手に身体を支え、大きく息を吐き出す。


 今回、最も避けるべきことはディースとの間に壁を作ってしまうことだった。


 かなり強引だったことは否めないが、それでも何とか気持ちを伝えることはできたはず。そう思えば、ドルイアとしても怒りより先に安堵がくるのだろう。


「それで? あなたの緊張感が伝わったって言ってたけど。そんなに警戒するほど、ディースはおかしかったのかしら?」


 ただ、怒りが無いわけじゃない。ドルイアの言葉には若干トゲトゲしさが残っていた。


 正直に言うのは気が引ける。だがディースも言っていた通り、アマンダとしては自分の仕事をきちんとこなした結果だ。


 あの時何があったのか、白状する。


「……申し訳ございません。釣られてしまったのだと、思います」


「……釣られた?」


 思いもしなかった答えだったのだろう。ドルイアの顔から毒気が抜ける。


「はい。例えが悪くて心苦しいのですが、ドルイア様は、獣が普通に歩く時と、獲物に近づく時の歩き方に違いがあるのはご存知でしょうか」


「まあ、辺境伯家の娘ですからね。知ってるけど……そんな言い方をするってことは?」


「はい。まるで別人になってしまったところに、そんな思わせぶりな行動をされては、こちらとしても準備をしないわけにはいかず……。私は、ドルイア様の護衛として相応しいかどうか試されたのでしょうか……」


 これから激化が予想される後継者争いの前に、今一度ドルイアの安全を確かめておきたかったのではないか。母親に似てディースは大層家族思いの様子だったので、妥当な考えだと推測する。


 しかしドルイアの考えは違うようだ。思案気な顔はもの悲しく、声にも元気が無い。


「それだと、前々からあなたが護衛だったと知って……いたのよね。……もしかして、最初からこれが狙いだったのかしら。面会を通して、アマンダにパウさんを鍛えさせる約束を取り付けること。土属性で頑丈なパウさんなら、自衛の一環として適していると言えるでしょう」


「そ、それは……」


 この面会に賭けていたドルイアの気持ちを、余りにも蔑ろにする行為だ。もし本当にそうなら、ディースの発言と食い違い過ぎているではないか。


「護衛として試したって言うのも少し変なのよ。あなたを見定める機会なんてこれまで何度もあったわけだし。それに、今のところ私が直接襲われる危険性なんてほとんど無いわ。放っておけば勝手に死ぬかもしれないのに、わざわざ手を出すのはリスクが高いでしょ。だから、あの子には別の狙いがあるって考えるのが自然なの」


「それが、パウ・テスタラの強化というわけですか。……ですが、事前の情報通り、私から見てもパウ・テスタラに戦いの才能があるようには見えませんでした。私を護衛だと見抜く力を持つディース坊ちゃまが、その辺りのことを間違えるとも思えません」


 それは率直に感じたことであり、辛そうなドルイアを見ていられなくて出た反論でもあった。


 はっきり言って、パウ・テスタラに訓練を施しても効果は薄いだろう。アマンダの戦う者としての勘がそう告げていた。


「むしろ、そういう意味ではディース坊ちゃまが特訓をした方が実を結ぶかと。以前は有り得ないと思っていましたが、身体強化系スキルの件。もしかすると、もしかするのかもしれません」


「……あなたにそこまで言わせるなんてね。あの子は、強いの?」


「強いかどうかではなく、飽くまでも私が感じた、これからの可能性の話です」


 自分でもこんなことを言っているのが信じられないぐらいだ。


 ディース坊ちゃまは決して強くない。アマンダがこれまで相対してきた強者には、特有のオーラがあった。


 まだ子供なので当たり前なのだが、ディース坊ちゃまにはそれが無い。しかし、ただならぬ何かを感じたのも事実だった。その何かが、ディース坊ちゃまを大きく飛躍させるのかもしれない。


 ただ、惜しむらくは属性が無いことか。ドルイアの前では口が裂けても言えないことだが。


「……そう。結局、あの子の狙いは分からずじまいということね。パウさんをあなたに預けて、自分は何をしようとしているのかしら」


「そうです、ね……?」


「……? どうしたのアマンダ。心当たりでも……」


「い、いえ、何でも……そう、お勉強。お勉強ではありませんか? ニスティス様が家庭教師についてくださったと聞いていますし、御当主を目指すというのなら学ぶことがたくさんあるでしょうから!」


「まあ……そうね?」


 アマンダは内心で冷や汗を流す。ここにきて、自分だけは伝えられている、とある情報を思い出したからだ。


 あのメリルをして、興奮のあまり一人では抱えきれず、アマンダにも共有されたディース坊ちゃまの目標の一つ。


 魔力障害の治療法確立だ。無駄な期待をさせるわけにはいかないと、ドルイアにはまだ言っていないこの情報に鑑みれば、訓練に費やしている時間が無いのも頷ける。


 ドルイアはネガティブな思考から悪い方に考えがちだが、ドルイアより中立を保っているアマンダからすれば、こちらの方が筋が通るというものだ。ディース坊ちゃまは人が変わってしまったとはいえ、今日の様子を見る限りでは、母親の想いを無下にするような性格とはどうしても思えなかった。


 そしてそう考えれば、嫌みのように聞こえた誉め言葉も期待の裏返しのように思えてくる。才能の無いパウをどうにか鍛え上げてくれと、あの可愛い顔でお願いされたら悪い気はしない。


「ともあれ、あの子がして欲しいことがあるのなら出来るだけ叶えて上げたいわ。アマンダが護衛であることを隠してきたのも公爵家への気遣いからだったけど、あの人もとっくに知っていることだし、もういいでしょう。あなたが丁度良いと思える場所を見繕っておいてくれるかしら」


「畏まりました。失態した分は、働きを以てお返し致します」


 最近は年のせいか体重管理も難しくなってきていたところだ。


 これを機に、思いっ切り身体を動かしてやろうと決意するアマンダだった。

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