第26話 面談

 随分と先延ばしになっていたドルイアとの面会。


 普段通りのメリルと緊張気味のパウに挟まれる形で、ディースは母親の居室に向かった。


(まずどういうスタンスで対応してくるか、だな)


 この世界に転生してから自分の目でドルイアを見るのは初めてだが、そこに特別な気持ちは無く、ディースは冷静だった。


 しかし、向こうからしてみれば毒殺未遂やら人格変化があった後。メリルの様子から、おそらく好意的に迎え入れてくるとは思っているが、実際に会うまで確定ではない。


 今回の狙いを達成までの手順に影響するので、ディースはドルイアの心理状況を注視していた。


 そして、いよいよ対面の時。ベッドの上に腰を下ろし、こちらに正対していたドルイアは……。


「いらっしゃい、ディース」


「っ……」


 見る者を包み込むような、柔らかい笑顔を浮かべていた。


 そのに、ディースは一瞬目を見張る。


「今日はよく来てくれたわね。ずっと会いたかったわ」


「おはようございます、母上。お元気そうで安心しました。母上がお呼びとあればすぐに参りますので、いつでもお申し付けください」


 とても良く出来た笑顔だった。ともすれば、ディースが注意していなければ作り物だと気づかなかったかもしれないほどに。


 ――高位貴族の本気を見た気がした。しかし、問題も無ければ反応自体も想定通り。


 にこやかに対応しながら、視界の隅では標的がディースの思っていた通りだったことも確認済み。


 準備は完了した。


「あらあら、本当に立派になっちゃって。もっと普通に話してもいいのよ?」


「いえ、母上にはもう充分に甘えさせて頂きました。これまで母上が僕を守ってくださったように、これからは僕が母上を、家族を守るため、情けない姿は見せられません」


「そう……。子供の成長は早いって言うけど、寂しいわねぇ……」


 他愛も無い会話。


 頬に手を当てて困ったように笑うドルイアは、自然すぎていっそのこと不自然だった。


 メリルから色々と報告は受けているのだろうが、聞くと見るのとでは大違い、ということは間々ある。


 ましてや、自分の子供が悪魔にでも取り憑かれたかのように別人になってしまったのに、それに全く触れず、おくびにも出さないのは普通考えられない。


 見方によっては腫れ物扱いしているとも捉えられる対応。だが、ドルイアだけではなく総合的な状況を勘案すれば、これはむしろ正反対の感情からきているものだと分かる。


 そこには、息子を拒絶しないという絶対の意志を感じた。


(メリルと相当話し合ったな。面会の日時が延びていたのは、体調不良だけが原因ではなくこれも要因の一つだったか。……メリルも、今日は極力顔を見せないようにしていたあたり、徹底してるな)


 出歩く時はいつも後ろをついてくるのに、今日に限って先導していたから違和感はあった。


 ディースに気を遣っているのが悟られないように行動していたのだろう。そしてそんな状況は、ディースにとって都合の良い条件が揃っていることを意味していた。


 あとはタイミング。そう思っていると、早々に機会が訪れる。


 ドルイアが、あからさまに溜息を吐き出した。


「はぁ……寂しいわねぇ」


「……母上?」


「ねぇディース。あなたは早々に親離れができたのかもしれないけど、私はまだ、どうにも子離れができないみたいなの。久々に会ったのだから、もっと顔をよく見せてくれるかしら?」


「……はい」


(この女、だいぶ力業で来たな……)


 ディースの設定を考えれば、親の愛情を示すために近寄れと言ってくることは分かっていた。だがこんなにも恥も外聞も無く、ストレートに言ってくるとは思っておらず、心の中で苦笑する。


 ディースはドルイアの要望に応えるために、ゆっくり近づいていく。ドルイアも徐々に緊張が解けてきたのか、最初よりも更に良い笑顔で手を広げていた。


 予期せぬ事件を乗り越えてやっと再会できた親子。お祝いムードが満たす中、幾らかの距離を残して、ディースは突然脚を止めた。


 訝しむドルイアに、ディースは悲しく笑ってその理由を告げる。


「……どうしたのディース? もっとこっちに……」


「ここまでにしましょう、母上。これ以上近づけば……其方の護衛に、負担をかけてしまいますから」


「「ッ!??」」


「元は騎士か冒険者といったところか? 水を差された形にはなってしまったが、息子だからと油断せず、自らの役目を全うしようとしたお前の仕事ぶりを僕は評価しよう。加えて、これまで母上の安全を守ってきてくれたことに礼を言っておく」


「あ、ありがとう……ございます」


 一変してしまったドルイアたちの表情と場の雰囲気。


 護衛の女は、どうにかこうにか言葉を紡いでいた。


「まぁ強いて言うのであれば、警戒感を悟られてしまっていることが油断か。お前を選んだのが母上かお爺様かは知らんが、さぞかし優秀なのだろう。これからもよろしく頼むぞ?」


「……はい」


 伏し目がちなメイド。はっきり言ってあちら側の空気は最悪だったが、そんなのお構いなしにディースは朗らかに交流を図った。


 何せ、これから駄犬が世話になるのだ。挨拶は飼い主として当然だった。


(さて……)


 弱みは掴んだ。後はどうにでも転がせる。


 後ろめたさを覚えるドルイアたちは、これからするディースのお願いを断れない。


 さっさと終わらせるため、心ここにあらずといった感じのドルイアに本題を切り出そうとしたディース。しかし、その口から流暢に言葉が出てくることはなかった。


 いつの間にか、ディースの背後に接近していた人物がいたからだ。


「ディース様。護衛のことなど気にする必要はありません。どうぞご遠慮なく、ドルイア様の胸に飛び込んでください。さぁさぁ」


「っ、メリル? あ、おい!」


 両肩をがっちり掴んで離さないメリルは、そのままグイグイと背中を押してきた。


 今のディースであれば振り解けないことはないだろう。だがそこまでの拒否反応を示してしまうと面倒臭いことになりかねないので行動に移せない。


 みるみる縮まっていくドルイアとの距離。


 一体どこまで接近させるつもりだと思ったのも束の間。


「むぐっ……」


 ディースは、そのままサンドイッチにされた。


(……メリルゥゥ。コイツ、ちょくちょく余計なことしやがって! 後で覚えてろよ……)


 前後からやけに密着してくる女たち。温もりはすぐに熱となり、暑いやら息苦しいやらで苦行に変わった。


 いつまでくっついているつもりだと、さすがに抗議の声を上げようとする。だがその寸前、ディースはふと言い知れない違和感を覚えた。


 それは、ドルイアのお腹に抱えられているからこそ気付けた、ほんの僅かな魔力の相違。


 ドルイアの魔力でも、メリルの魔力でもない。異なる力の気配が、ドルイアの下腹部から漂っていた。


(何だ、これ……下腹部? 確か、魔力障害を発症している部分じゃなかったか。そこから流れてきてるっぽいな……)


 余談だが、ディースは魔力障害の原因を血栓の魔力版のようなものだと考えていた。何らかの理由で凝り固まった魔力が、血管のように張り巡らされた魔力の通り道を塞いでしまうことによって起きる現象だと。


 しかしこれを視る限り、話はそう単純ではないようだ。


(まぁ、それもそうか。僕程度が思いつくようなことなら、既に誰かが試しているだろうし。ましてやドルイアは公爵家の正妻。治療には手を尽くされているだろうからな。……しかし、こうして手掛かりがあるのに原因不明と言われている理由が分からない。治療が難しいにしても、もう少し具体的な発生要因ぐらいは分かりそうなものだが……)


 ディースは自分でも意外に思うほど魔力障害のことが気になっていたのか、考えが深まっていく。


 ニスティスとメリルの勘違いから、多少気にせざるを得なくなってしまったと言うのもあるのだろうが、やはり一人のプレイヤーとして、ゲームと深い関わりがあった魔力障害の真相を知らないまま終えてしまったことは大きいようだ。


 こうして実際に目の当たりにし、肌で感じることによって、何か頭に引っかかりを覚える。あと少しで、その何かが分かりそうな感じがしたのだが、止むなく思考を中断させた。


「むーーーーーーッ!!」


 もう、我慢の限界だった。


 くぐもった抗議の声が聞こえたことによって、ドルイアとメリルは慌ててディースから身を離す。酸素不足と熱によって顔が赤くなったディースは、メリルに一瞥くれると呼吸を整え始めた。


「母上。親子の触れ合いはこの辺りで充分かと。まだパウの面談が残っておりますので、そちらをお願いしてもよろしいでしょうか」


「あ、そ、そうだったわね!」


 過度なスキンシップだった自覚があるのか、素直に話に乗ってくるドルイア。


 ディースはその隙にさりげなく距離を取り、メリルに潰されてしまったタイミングを再び待つことにした。


「こうして顔を合わせるのは初めてね。待たせてごめんなさい、パウさん。ディースの侍女になりたいって話だけど、間違いないかしら」


「は、はいそうです! 宜しくお願い致します!!」


 サンドイッチを見て顔を緩ませていたパウは、急に矢面に立たされて背筋を伸ばす。慌てていたが、面談は順調に消化されていった。


 そもそも既に許可を出しているという話だから、軽く確認していくだけだ。ドルイアの体調を考慮しても時間をかけることはあまりよろしくない。


 トントン拍子に終盤まで進み、そろそろ終わりを迎えようかという頃。ここで、ドルイアの表情に変化が見られた。


「うん、問題は無さそうね。ここまでは、だけど……。パウさん。実は、テスタラ家からはもう返事が来ていて、貴方を一人の使用人として雇う準備は出来ているの。でも、貴方に任せるのは私の大切な息子に携わること。私は母親として、パウさんにどうしても聞いておかなければならないことがあります」


「な、なんでしょうか……?」


 今まで浮かべていた微笑から一転。油断ならない顔つきになったドルイアに、パウの緊張感が急激に高まる。


 周りもつられて表情が引き締まる中、ドルイアはズバリ核心を突いた。


「…………年端もいかないディースに、劣情を抱いていたりはしないでしょうね?」


「ふあ!?」


「もしそうなら、パウさんの採用はやはり考え直す必要があるわ。そんな危険人物を、ディースの傍に置いておくわけにはいかないから」


「ちちち、違います! そ、そういうのじゃ……!!」


(子供の前でなんつー会話してんだ、コイツらは……)


 ディースは聞いていて頭が痛くなりそうだった。だがこの流れは使えると思い、気は進まなかったが口を挟んだ。

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