金次郎さんの努力
金次郎さんはついに一人ぼっちとなってしまいました。親類の縁者・萬兵衛さんに養っていただくことになりました。時に年齢が十六歲でした。
萬兵衛さんという人は性格がはなはだ
孤児をひき取るということは食事や着物の心配をしなければいけません。その分の費用がかかったでしょう。
そんなある時です、金次郎さんは終日、萬兵衛さんの家業を勤めおわり、夜にはいって寢ずに夜学をしていました。自分の家ではそれがあたりまえの日課だったのかもしれません。しかし夜にはいっても勉学するというのは、当時の農家の風習としてなかなかできないことだったかもしれません。
萬兵衛さんはおおいに怒りました。
「私はおまえを養うのにたいへんさまざまな出費があるんだ。おまえは幼ないし若いのに働きでどうやってこれらの出費をおぎなうのにたりるというのだ。今、それにもかかわらずその出費のことをおもわないで、夜学のために燈油をつかっている。こんなことをするとは恩を知らないというものだ。
おまえは家もないし田圃もない、人の扶助をえてそれで命をつないでいるのだ。身の学問をして何の用をしようというのだ。すみやかに火をともすのを止めなさい」
そう激怒すること大変な剣幕でした。金次郎さんは泣いて、私が間違っていました、と、このことについて謝りました。
そして天を仰いで歎いておっしゃったのです。
「私は不幸にして父母をうしなったが、幼くして独立することなんてできない。しかし他人の家に養われ日をおくるといっても、筆の道や文学を心がけなければ一生、文字をあつかえない人のままであり、父祖伝来の家を復興することはむずかしいだろう。私が自力で学ぶようにするのならば、萬兵衛おじさんのその怒りに触れることもないだろう」
そう考えて、ここに川べりの不毛の地を開墾して油菜を蒔きました。すると秋にはその実が七、八升とれたのです。
当時、菜種油は一合で四十文したといいます。毎日勉強すればお金もかかったでしょう。菜種油の取れるのは収量の三割程度とも聞きますが、金次郎さんは勉強できる程度の油を手に入れたのでしょうか。ただ金次郎さんは自分で作物をつくり、そだてて、収入にする作業をくりかえされています。金次郎さんは努力の人だったのでしょう。
金次郎さんは大いによろこんで、これを市で売って灯油にしてもらいました。それで夜学することにしました。
萬兵衛おじさんはまた罵っておっしゃいました。
「おまえが自力の油をもとめて夜学するというのは私の家の費用には関係しないとはいっても、おまえは学んで何の用をなすつもりなんだ。無益のことをなすよりは、深夜にいたるまで繩をない、私の家の家事を手伝うべきではないか」
そこでここにおいて金次郎さんは、夜になれば必ず縄をない
昼は山に登って薪をとり、柴を刈り、田にゆきて耕耘し、また酒匂川の堤普請の役に出て力をつくしました。
賃銀をえれば名主さんのところにいってそのお金を託し、その数が一貫文にみちたならば、これをもって村內の寡婦・年老いたのに身に助けのない極貧のもの・その他の貧困のものどもへ、あるいは二百銅、三百銅ずつお金をわかちあたえ、しばしの苦をおぎなってやり、つかわしてやり、いささかもわが身の用としないで、このことでもって艱苦のなかの楽しみとされました。
ある年のことです。出水のために用水堀が流失し、堀筋が変化して古堀が不用の地となることがありました。
当時の水利技術では、関東流の蛇行する川の流れをこのんでいたものから、紀州流の直線の川の流れをこのむようになり、川筋が変わることがあったといいます。その川筋の土地をゆずりうけられたのでしょうか。
ともかく休日にこれを開墾し、村の人の棄てた苗をひろいあつめて植えつけたところ、幸にして一俵あまりのみのりを得ることができました。喜んでおっしゃいました。
「すべて小を積んでいくと大にいたるのは自然の道だ、この方法をもって父祖の家を興し祖先の霊を安ずることができる、きっとだ」
そうおっしゃったのです。それからはわずかなる一俵を種もみとして勤労され、ふやし、倍にする道をたどられ、年をえるにおよんで、たいへんな数になりました。
のちに金次郎さんは『二宮翁夜話』巻一、全体の第十四でおっしゃっています。
翁(二宮尊徳翁、金次郎さん)がおっしゃった。
「大事をなそうとのぞむならば、小さなる事をおこたらず勤むべきである。小が積りて大となるからである。
およそ小人の常として、大なる事をほっして小さなる事をおこたり、できがたき事を憂いて出来やすい事を勤めない。そのためについに大なる事をなす事ができないのだ。
それ大は小の積んで大となる事を知らぬためである。
たとえば百萬石の米といえども粒が大きいということではない。萬町の田を耕すのもその
小さなる事をゆるがせにするものに大なる事はかならずできぬものである」
そしてそのような気づきは、このような若いころからのものだったのです。
さて金次郎さんはここに数年の養育の恩にお礼をのべ、家にかえって家業を興そうとおもうことを告げられました。
萬兵衛おじさんはよろこんでその意にまかせてくれました。そうしてわずかに空の屋敷があるだけだというものの、数年、住んでいなかったために、家は大破していてつる草が軒をおおっていました。
金次郎さんはひとり帰って草をはらい、破損を補修し、ひとりで住んでではありますが、日夜家業にはげみ、力をつくして余分を生じさせて、自らの田圃を買われました。
このようにしてたいへんな苦労をつくして、廃れていた家もようやくわずかな煙をあげるようになりました。親類の縁者はその奥さんをもらわれることを勧めてやみませんでした。
金次郎さんはこのことをしばらくはお断りになっていましたが、辞すること数年、ここにおいて隣村の某氏の娘さんをめとられることになられました。
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