おにぎりと涙と花見とあなたと
藤泉都理
おにぎりと涙と花見とあなたと
おぼろげにのべひろがる青い空も。
ゆるやかにまいおちる桜の花びらも。
ささやかにながれゆく冷たい風も。
まろやかにそそぐ春の日差しも。
たおやかにくすぐる新緑の千草も。
ひそやかにひびく人の話し声も鳥の鳴き声も。
影も光も桜の花びらもちらついたかと思えば、おもむろに陽だまりが染まる、あなたのまんまるい後ろ頭も。
何か決定的なことがあったわけではない。
戦地から帰還したわけでもなく。
病苦から解放されたわけでもなく。
災害から生き延びたわけでもなく。
死別に立ち会ったわけでもない。
ただ花見を楽しもうと桜の傍で腰を下ろしてお弁当を広げる中。
あったかいなあと。思っただけだ。
当たり前に在る環境を見て、触れて、聞いて、嗅いで、味わって。
温もりがほのかに残るおにぎりを持ったら。
あったかいなあと思った。
あったかいなあと思ったまま、無意識におにぎりを一口分かじって、おこめのふくよかな甘さと塩のしずやかなしょっぱさが口の中に広がって、美味しいなと思って。
美味しいと思ったまま、二口目を味わっていたはずなのに。
やけにしょっぱくて。
米と塩が同じ量なのではと疑ってしまうくらいにしょっぱくて。
「あ、先に食べたな。って。どうした?塩加減をたくさん間違えたのか?」
後ろ頭とおんなじまんまる目を向けて来るあなたに、無言で新しいおにぎりを手渡した。
あなたは黙って受け取ると、おにぎりを頬張って、そして。
美味しいと笑うあなたの目尻に浮かんだこまやかな皺を見た途端、一気に込み上げて胸が詰まって、どうしてか空腹感に襲われて。
食べかけのおにぎりと新しいおにぎりを食べながら大泣きした。
(2023.3.30)
おにぎりと涙と花見とあなたと 藤泉都理 @fujitori
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