十九歳、冬

「渓澤瑞季さん、来月であなたは二十歳になります。よってあなたの保護観察期間はそこで満了となります。本当によく頑張ったね瑞季」

 私は迷っていた。蓮二のおかげで高卒認定の資格にも合格できた。荻野目の人たちのおかげでこれ以上道を踏み外さずに来れた。まるで本当の家族のように迎えてくれた優しい人たち。保護観察の期間が終わっても一緒に暮らそうと言ってくれた蓮二。私は迷っていた。その優しさに甘えていてはいつまで経っても私が本当の意味で立ち直れたことにはならないのではないかと。二十歳になればここを出て、一人でも生きていけるということを見せることが蓮二への恩返しになるなのではないかと。でも切り出せなかった。弱さが出てしまった。ずっと一緒にいたいと思った。こんなに幸せなのに苦しかった。私は蓮二のことが好きだった。家族としてではなく、一人の異性として。ただこの気持ちを打ち明けて拒絶されるのが怖くなっていた。それでわかった。私は理屈で言い訳をしているだけで本当は傷つきたくないからこの家を出ようかなどと思うのだ。近くにいればいるほど遠ざかって感じる彼のことを歯痒く思っていた。こんな時、相談したい人が私には蓮二しかいなかった。広がったようでいてまだまだ私の世界は狭いのだ。


 悶々とする日々を過ごすうちにだんだんと春が近づいてきた。私は三年前、家出した日に逃げ込んだ公園に一人で来ていた。まだ肌寒い季節。桜は咲くはずもなく寂しさはそのまま残っている。けれど十六の私が見ていた時よりも穏やかで静かで温かかった。公園は私の心をそのまま映していた。私は決心した。ここに来てよかったと思えた。


「おめでとう、瑞季」

「気が早いよ」

「何言ってんだよ 誕生月なんだから 今日から毎日祝ってもいいくらいさ 瑞季は本当に頑張ったんだから」

「進学しなくてごめんね せっかく応援してくれたのに」

「いいんだよ これからのことは 瑞季が決めることだから」

 蓮二が前祝いだと言って私の観察期間満了を祝ってくれた。おじさんも喜んでくれて、お酒は飲めなかったけどはしゃいでしまった。喜びで疲れたなんていつぶりだろう。いつも泣いてたような気がする。おじさんが先に寝るねといって、私はリビングで蓮二と二人きりになった。

「ちょっといい」

「どうしたの」

「私、二十歳になったらこの家を出ていこうと思う」

「決めたんだね」

「うん」

「行くあてとかは? もう決まってるの?」

「この前、地元に帰ったでしょ 昔の友達に会ってたんだ」

「それって」

「心配しないで あいつらじゃないから で、その子、今お店やっててさ そこでしばらく働かせてもらえることになった」

「そっか おめでとう」

「……」

「瑞季?」

「蓮二は止めてくんないんだね」

「俺は」

「保護司だから? 対象者の更生を手助けするのが使命だから?」

「瑞季」

「私は蓮二のことが好き! 世界で誰よりもあなたのことが好きです」

「瑞季、ごめん 俺」

「保護司じゃなくて あなたの返事を聞かせてほしい お願い 蓮二 そしたら私 明日からも前向いて頑張れるから」

「瑞季 俺も君のことが好きだ でもそれは恋愛としてじゃない だから俺は」

「ありがとう」

「……」

「ごめんね 困らせちゃって 私頑張るから 蓮二 私は蓮二が私の保護司でいてくれて本当によかった 辛いこと、苦しいこと 全部蓮二やおじさんたちのおかげで乗り越えられた 本当にありがとうございました」

「……」

「じゃあ 先に寝るね おやすみ」

「ああ おやすみ」

 夜が長く感じた。どこまでも続いていて真っ暗だった。静かで、寂しくて。けれど私の未来は必ずその先に通じているのだと信じていた。全部、蓮二のおかげだ。









(先生! 電話でてくださいよ!)

「ごめんねミホちゃん ちょっと漫画描いてて」

(原稿できたんすか!?)

「ごめんフラスパじゃないやつ」

(ちょっと〜 お願いしますよ! 〆切近いんすから)

「ごめんごめん 今度ご飯奢るから」

(あ じゃあその今描いてたやつ読ませてくださいよ! 内容次第では読み切りで載っけれちゃうかもです!)

「これはダメかな」

(えー! でも読むだけなら! 私、先生の漫画なら世界帰れるって思ってんすから! ね? 先っちょだけ! お願い!)

「だーめ じゃあ原稿あげなきゃなんで切りますね」

(あ! 逃げるな! ちょ 先セッ)


拝啓

穏やかな春の兆しが見えてまいりました今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

この度、わたくしごとながら拙作『フライング・スパゲッティ・モンスター』の第1巻を発売させていただけることとなりました。

そこでこの単行本を是非とも受け取っていただきたく思い併せてお贈りいたします。

あわせてあわせて昔のことを思い出しながら描いた仮原稿もお贈りします。

恥ずかしさで体調でも崩しやがれください


元気でやってるよ 蓮二も元気でね

敬具

渓澤瑞季

荻野目蓮二様

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フライングスパゲッティモンスター教(仮題) るつぺる @pefnk

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