自由の森に隠したもの
旗尾 鉄
第1話
心地よい風が吹く、初夏の夕暮れ時のことである。
初老の男性がまた一人、森の小道を歩いてきた。森の一角、整備された広場の隅のあずまやへと向かっている。夕日に染まるあずまやには、男と同年配の男女が十人ほど。男がやって来るのを見ると、みな懐かしそうに彼を迎え入れた。
「やあ」
「お久しぶり」
「すっかりジジイになってしまったよ」
「気にするなよ、みんなそうさ」
どうやら、久しぶりに会うグループのようだ。学生時代の同窓会なのだろうか。
ここは、「自由の森記念広場」という。今から三十年ほど前、この国で長く続いた内戦の終結を記念して造られた公園施設である。
公園といっても、日本の公園のように遊具があったり、芝生や池が整備されているわけではない。公園の敷地のうち、彼らが今いる広場やあずまやのある一角は確かに整備されている。それ以外の大部分は自然そのままの森だ。森の中を、散策のための遊歩道が通っている程度である。
「さてと。じゃあ全員そろったし、行こうか」
リーダー格の男性の声を合図に、一行は森の遊歩道を辿りはじめた。小型のスコップや、草刈り鎌を持っている者もいる。ボランティアで森の手入れをするつもりかもしれない。
「懐かしいなあ。最後の戦いは、このへんだったろう」
「そうそう。あそこの窪地に機関銃を据えつけたんだった」
「あたしは、あの岩陰から狙撃したのよね。地形は変わらないわねえ」
懐かしそうに昔話に花を咲かせながら歩いているが、内容は驚くほど物騒だ。これには、この自由の森の過去に理由がある。
内戦末期、独裁政権に抵抗する反政府ゲリラが最後まで立てこもり、抵抗を続けたのがこの森だった。彼らの粘りが国民全体に勇気を与え、革命運動が全土に拡大。諸外国からの批判と圧力も高まり、独裁者はついに国外へ亡命し、この国は自由を勝ち取ったのである。
この公園が『自由の森』と名付けられたのには、そんな背景があったのだ。そしてさきほどの会話を聞けばわかるとおり、彼らはかつての反政府ゲリラのメンバーだったのである。
夕陽は地平線に沈み、一番星がまたたきはじめた。彼らは周回コースになっている遊歩道を外れ、さらに森の奥へと進んでいく。このあたりまで入ってくる者は、まずいない。草が茂って足元は悪いが、彼らにとっては庭のようなものだろう。平気で歩いていく。
一行は目的地に到着したのか、足を止めた。大きな岩が二つ、重なりあうように並んでいる。ランプの明かりの下、交代で岩のすぐわきの地面の下草を刈り、穴を掘りはじめた。年齢を考えると楽な作業ではないはずだが、彼らの目は生き生きとしている。
やがて、大きく掘られた穴の中から、金属製のケースが三つ運び出された。リーダー格の男は満足そうにうなずき、おもむろに演説をはじめた。
「みんな、聞いてくれ。三十年前、我々はこの国のため、自由を手に入れるために戦った。我々は独裁政権を打倒し、勝った。自由に話し、自由に移動できる、自由な暮らしが送れる、はずだった」
リーダーの口調は激しさを増していく。
「だが、あれから三十年。この国は間違った方向に進んでしまった。新政府のいう自由はまやかしだ。自由な経済などといって、金持ちだけが儲かる社会を作ろうとしている。形式的には何でも買えてどこへでも行けるが、それは金のあるやつだけの自由だ。なにより許せないのは、国のために命を賭けた我々に敬意を表そうとしない。我々が当然の権利として受け取るべきである、革命功労者年金を減らそうとしていることだ」
そうだ、そうだと声が上がる。その場にいる者みな、熱にうかされたように目がぎらついている。
「こんな自由は間違っている。我々が望んだのはこれではない。我々が望んだのは、もっと我々にとって有益な自由だ! 我々は、やり直さなければならない!」
拍手が沸きおこる。リーダーはアーミーナイフを手にすると、金属ケースの蓋をこじ開けた。拳銃、ライフル銃、手りゅう弾。さまざまな種類の武器が、ランプに照らされて鈍く光った。
「さあ、同志よ、もう一度、立ち上がろうではないか!」
リーダーは高らかに宣言すると、みずからライフル銃を手にとり、誇らしげに頭上に掲げた。
果たして、二度目の革命は成功するだろうか? 彼らの主張は、人々に受け入れられるだろうか? 答えは、この国の市民が出すことになるだろう。
自由の森に隠したもの 旗尾 鉄 @hatao_iron
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