「正気」の証

露月 ノボル

「正気」の証


「おはようございます、桂木センパイ!」


今日の朝の挨拶。いつもと変わらない日常。ニチジョウ。ニチジョウ。


「おはようございます、ごきげんよう、神崎さん」


私はそうにこやかな笑顔の仮面をつけて答えると、確か秋の文化祭の何かの部の展示の申請に生徒会室へ来た後輩だったか…名前は神崎だったはずだ、当たっていたらしい。


満面の笑みで「はい、ごきげんようです!」と答えてきた。まあ、挨拶をする義務は果たした。


「桂木センパイ、今日も香水や麗しい香りがして、素敵です!この香りはラベンダーですね!」


しつこい。まだ話を振るか。「そんな事はないですわ、はい、ご指摘の通りラベンダーです」と仮面を維持したまま答えた。


「さすがです!私、実は園芸部なんですよ!香水使う女性って憧れちゃうな♪」


さすがにしつこい。「そうなのですね、では、私は生徒会の仕事がありますのでこれで……」


そう立ち去ろうとする私に対して、「神崎理恵」は微笑んで答えた。




「猫の生首の血の臭いを隠すのに、ラベンダーやハーブは最適ですものね♪」


私は想わず振り返り仮面をかろうじて付けたまま、「なんのことかしら?」と答えた。


「隠さないでくださいよ、桂木センパイ♪ 私とセンパイのヒミツですからね! あ、あと、カバンの底、血が染みていますよ?」


そう楽しげに答えると「神崎理恵」はスキップを踏むように校門へと向かっていった。



何故だ。何故だ。何故ダ。ナゼダ、ナぜダ、ナゼダ!!!


バレた、バレた、バレた、バレた、バレた!!!




私はカバンの底に手をやる。確かにほのかに赤い染みができている。ビニールとタオルに包んだのに。失敗だった。昨日情けで墓でも作ってやろうと首を持ち帰ったのを、やはり学校の焼却炉で処分しようと持ってきたのは、失敗だった。だが何故バレた。この染みや臭いではそんなモノが入ってると分からないはずだ!




1年4組。「神崎理恵」のクラス。私は心臓の鼓動を抑えながら、穏やかな笑顔の仮面をつけて「奴」を読んだ。


私と話したとかそういう事で後輩共がきゃっきゃとうるさくわめくのをうんざりしながらいると、「奴」が来た。


「神崎さん、ちょっとお話いいかしら?」


私は極めて冷静に言うと、「桂木センパイ、はい、行きますね♪」とドアををくぐって「こっちですよ、センパイ!」と先導しやがった。




中庭に朝の日差しが差し、暑さを感じる。とっとと校舎に入りたいが、「コイツ」に問いたださなければならない。


周りには誰もいない。


「何故知った?」


私は単刀直入に仮面を脱ぎ捨て聴いた。




そうすると「コイツ」はころころと笑いながら目を輝かせて答えた。


「それは、センパイがー、廃ビルの中でー、野良猫のクビ、ナイフで掻き切りましたヨネ?」


全部見られてた。私が壊れてく。ワタシ ガ コワレテク。ワタシの仮面、守るにはコイツを…!




そうすると、またもや面白そうな顔をしながら「大丈夫ですよ、センパイ♪」と顔を覗き込んで言ってきた。


「私も、クビ切り取った『アレ』、持って帰って…リサイクルしましたから♪」


私は怪訝に思い「…リサイクル?」と、とりあえず尋ねた。




「園芸部では肥料が必要ですしー、死体を埋めると花の色も変わるんです♪ ただ、『アレ』を肥料にするのに、あと遊ぶのに、バラバラにするのは、骨が折れますけどね♪ いつもは花を植えるたびに自分で『調達』してくるんですけど♪」そうころころ笑い、目を本当に楽しそうにしていた。




「だ・か・ら♪ そう怖い顔、しなくていいんですよ♪私とセンパイは同類です♪ 『イノチ』とか高尚なモノのように呼ばれてる、たかが『たんぱく質の塊』な下らないものを、下らないと正直に『壊して遊べる』お友達ですよ♪」




私は吐き気がしてきた。私はそんな異常者ではない。つい魔が刺して、受験勉強のストレスで、良い子でいるためのストレスで、ワタシ ガ ミンナ ガ ノゾム ワタシ デ アルタメニ…!




「私は、壊して遊んだりする気なんかない! この異常者が!」




「コイツ」は「おや?」と拍子抜けした顔で言ってきた。「あれれ? もしかしてセンパイ、今さら良識ぶるんですか? いたいけな子猫の頭を胴体からナイフで切り落としていて……それで、今さら後悔? 私は違う? 私は正常?」そうにこやかな顔で答えると、突然。




「ふざけるな。ふざけるな。フザけるナ。ふざケるナ。フザケルナ!!!!!!」


そうさっきまでの明るさが嘘だといやなほど分かるように半狂乱になって私の首につかみかかった。




「は、離せ、異常者め! この殺戮魔! オマエと私を一緒にするな!」


そう突き放すと、半狂乱で泣き顔なコイツは、急にぱっと明るい笑顔の仮面を被り、「そうでしたか、センパイ。所詮そんな下らない『たんぱく質の塊』の『イノチ』とやらに拘るような下らない『偽善者』ですよね。いかにそれがクダラナイか、見せてあげますよ♪ それじゃさよなら」と言い、校舎へと入っていった。




しばらく呆然として、仮面を被るために、いつもの仮面を被るために心を落ち着かせていた。




「きゃぁぁぁ!」と屋上らしき所から聞こえ、上を見る。


私の方に落下していく「ソイツ」がいた。ニヤリと満面の笑みを浮かべた顔が一瞬見えると私の1m横でぐしゃりと頭がひしゃげ、首と身体があり得ない方向に向かった身体が崩れ落ちていた。




「おはようございます、桂木先輩」


私は微笑みの仮面を被り声を後輩共に笑顔と「ごきげんよう」と愛想を振りまく。


「神崎理恵」は転落死なものの、小指が鋭利な刃物らしきもので切り取られたように無くなっており、ただ飛び降りる姿を見た生徒が複数いるため、警察では転落の際の欠損として、自殺として処理しているらしい。




「コレ」は仲間でない。だが、狂人と共に居る事で自分は「コレ」と違い異常者でないと自分を抑えられる。私はホルマリンを入れている遮光瓶の入ったカバンを撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「正気」の証 露月 ノボル @mirumir21c

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る