幕間

 現在の時刻は深夜二時、いわゆる草木も眠る丑三つ時である。ほとんどの人間がすっかりと寝静まっているのは言うまでもない。

 しかしそんな中、郊外のとある空き地にて六つの人影があった。

 未だ就寝することなく活動を続けているその者たちの正体とは、何を隠そう、例のヤンデレガールズである。並木 天音、犬束姉妹、羽入田 愛己、帯刀 綾女、追川 真白――愛しの彼、西園寺 優利に対して強烈で重い愛を抱く六人全員がそこにそろっていたのだった。


「さてさて、まずは簡単なご挨拶から。みなさん、今日はうちの招集に応じてくれてありがとうっす」


 最初に口を開いたのは真白である。


「みなさんを呼んだ理由はあらかじめ送ったメッセにも書いといたんすけど、要は優利パイセンにまつわる衝撃的な情報を入手したからっす。うちはこれを六人全員で共有すべきものだと判断したっす」

「もったいぶらずさっさと本題に入りたまえよ。時間は有限だ」

「ん、そうっすね。綾女パイセンの言う通りっす。時間がもったいないので早速本題に――と言いたいところなんすけど、その前にいくつか言っておきたいことがあるんで、そっちから先にすませていいっすか? 天音パイセン」

「……え、私?」


 唐突に名指しされて驚く天音。


「まあ、別にそんな大したことではないんすけど……。なんで天音パイセンは未だにメールを使ってるのかなって疑問が。正直、天音パイセンに連絡する時だけちょっと面倒なんすよね。いちいちこっちもメールで伝える必要があるんで」

「う~ん、そう言われてもね……。メールを使うのはオーソドックスなヤンデレである私にとってのアイデンティティーだから……」

「アイデンティティーなら仕方ないでしょう」

「そうですね。致し方ありません」

「いやいや、なに自分はさも無関係みたいな感じでパイセンに援護射撃飛ばしてんすか、音葉ちゃん。あんたもっすよ。なんなんすか? あのいちいち送られてくる音声入力は。あれが送られてくるたびに、こっちはわざわざファイルを開いて中身を確認しなくちゃならないんすけど。え、文字が打てないんすか? 別にそういう訳じゃないっすよね? うちらノートの貸し借りもしたことある仲っすよね?」

「……それは、まあ、言霊を操る私にとって音声入力はぴったりというか、おそらくアイデンティティーみたいなものなので」

「そうですね。致し方ありません」

「あぁん!? うちも随分となめられたものっすね! アイデンティティーだから、とかそんないい加減な言葉で納得するとでも!? できる訳ないでしょうが! 理由になってないんすよ、理由に! ……後、愛己パイセンも! 普段での会話はともかく、メッセでのやり取りの時にまでどもるのはさすがに勘弁して欲しいっす! っていうか、メッセでどもるってなんすか!? なんでそうなるんすか!? これに関してはガチのマジで意味分かんないっす!」

「ご、ごめんね……。な、なるべく気をつけるようにはするから……」

「はぁ……。君たち、そこまでにしておけよ」


 混沌としてきた場を収めたのは、このグループ内の年長者である綾女だった。


「真白、君が今日わざわざ私たちを集めたのは、そのようなくだらない愚痴を聞かせるためなのかい? それなら私はもう帰らせてもらうけど」

「ごめんなさい、ちょっとはしゃぎすぎたっす……。なんというかこう、みんながそろうのも結構ひさしぶりじゃないっすか? それが嬉しくて、つい……」

「忘れることなかれ、私たちがなぜ『』を結んだのか。こうして馴れ合うためではない。……彼に、優利くんに勝つためだろう?」


 ヤンデレ協定――そう、ここにいるのは全員が生粋のヤンデレなのだ。本来ならばヤンデレ同士が相容れることなど絶対にありえない。それなのに、なぜ彼女たちは互いの存在を許容しているのか? その疑問を解決するのが先の言葉である。

 もちろん、当初の彼女たちの仲は非常に険悪であった。愛の重さこそ共通すれど、その中身はそれぞれが異なっている。ゆえに彼女たちは何度もこの郊外の空き地にてぶつかり合った。全員が己の愛の方が重いと譲らなかったのだ。


 だが、そんな衝突をいく度となく繰り返しているうちに、彼女たちは次第にこんなことを思うようになった。私たちのこの闘争には一体何の意味があるのか、と。

 彼女たちの最終的な目標は優利に勝つことであった。にも関わらず、日夜こうしてライバル同士で争っては無駄に気力を消費している。いつの間にか本来の目的から遠ざかってしまっていたことに気づいたのである。


 このままではいけない、そう反省した彼女たちは議論に議論を重ね、そしてその末にこのヤンデレ協定を作った。協定を結んだヤンデレ同士での闘争、あるいは妨害などといった行為を禁止し、また西園寺 優利にまつわる情報を任意で提供し合い、互いに共有するといったものである。

 彼女たちが愛する彼はとんでもなく強い。六人全員が今にいたるまでただの一度も勝てたことがない。彼に勝利するためには全員が協力とまではいかないが、ある程度の譲歩の精神はやはり必要不可欠であった。


「私たちの理念を思い出せたかい? さあ、それなら早く本題に入ってくれ。君が入手した重大な情報とやらを教えて欲しい」

「……分かったっす。実は今日、喫茶店で――」


 ようやく真白は話し始めた。あの彼にかつて一度負けたことが、精神が爆発したことがあるという衝撃的な事実を。


 それを聞いたみなの反応は多少の差異あれど大体同じであった。誰もがひどくショックを受けた表情をしている。

 まあ、そりゃみんなこんな顔にもなるっすよね――真白は内心でそうごちた。彼女だって当時は信じられなかったのだ。世界的にも有名な大企業、あの西園寺グループの御曹司にして幼い頃から英才教育を受けてきた彼に、まさかたったの一度でも敗北を喫した経験があるだなんて。


「それ、本当なの……? 優利くんは一体誰に負けたの……?」


 少女たちの中でも一番ショックを受けていたのは天音だった。

 この場にいる全員が優利とは幼少期からの付き合いだが、彼との関係を一番に築き上げたのは彼女である。だというのに、心当たりがまったくない。彼は昔からとても強く、今と同じようにヤンデレたちに対して勝ち続けていた。


「さあ、パイセンもそこまでは……」

「そっか……。でも、彼がそう言ったってことは、きっとそうなんだろうね……」

「あ、天音さん、大丈夫ですか……?」

「うん、もう平気だよ。ちょっとびっくりしすぎちゃっただけ」


 そうして深呼吸を一つした彼女は、次の瞬間にはもう冷静さを取り戻していた。

 他のヤンデレ少女たちに比べ、彼女には特にこれといって秀でた部分がない。音葉のような特殊な能力も、あるいは綾女のような洗練された技術もない。

 だが、メンタル面においては唯一自信をもっていた。この中で一番優利との付き合いが長い彼女は、その分敗北してきた数も多い。その膨大な敗北の数が彼女の精神をたくましく成長させたのである。


 ゆえに、こんなことでくよくよはしていられない。

 メンタルのステータスが『B+』なのは伊達ではないのだ。


「いずれにせよ、私たちがするべきことは変わらないよね」

「いかにも。私たちがすべきことは何も変わらない。優利くんに打ち勝つことを胸に、日々努力を積み重ねるだけさ」


 天音の言葉に共鳴した綾女、彼女はそのまま一足先に空き地を去っていった。

 メンバーの一人が抜けてしまった以上、この会合を続ける意味ももはやない。後に残された者たちもそれぞれ帰宅する準備を始める。


「うちらもそろそろ帰るっすか」

「えぇ。明日も学校がありますからね」

「そうですね。致し方ありません」

「あ、あの、みなさん! わ、私の勘違いかもしれないのですが……さ、最近の綾女さんの様子、少し変じゃありませんか……?」

「ん~、言われてみればそうっすね。月並みな推測っすけど、今年は受験を控えてるからじゃないっすか? ぴりぴりするのも当然っす」

「……なんとなくだけど、それだけじゃないような気もする。ほら、綾女先輩ってかなり優利くんをリスペクトしてるでしょ? 日頃の言動といい態度といい、事実あの人は私たちよりも一つ上の領域に足を踏み入れている訳だし……」

「黒色のオーラのことっすね」

「うん。でも、そこにいたってもなお、未だ彼には勝てていない。だから……」

「加えて、彼女は私たちのまとめ役まで買ってくださっています。精神的に疲弊してしまわれるのも無理ないかと……」

「そうですね。致し方ありません」

「わ、私、今度彼女に差し入れを持っていきたいと思います! な、何を持っていこうかな……あ、甘いものとかどうでしょうか……?」

「問題ないと思いますよ。確か綾女先輩に好き嫌いはなかったはずです」

「そうですね。致し方ありません」

「料理上手な愛己パイセンが作るスイーツっすか……間違いなく絶品っすね。想像するだけでよだれが出るっす。……ところで、なんか静葉ちゃんの様子もちょっと変じゃないっすか? 記憶する限り、さっきからずっと同じことしか喋ってないような気がするんすけど……。ボットかなにか?」

「ああ、この子、眠気が限界になるといつもこうなるんですよ。最初に口にした言葉を繰り返すだけの機械に。かわいらしいでしょう?」

「へぇ~……。静葉ちゃん、この間うちが貸した七兆円、早く返して欲しいっす。明日になったらちゃーんと学校にお金を――」

「そんな大金を借りた覚えはありません」

「……おい。あんた本当は起きてるだろ」


 仲間たちと帰路につく中、天音はふと天を見上げた。そこでは数多の星たちが多種多様に光り輝いている。それを見ているとどことなく感傷的な心持ちになって、彼女は無意識のうちにぽつりとこう呟いていたのだった。


「はぁ……。かなうことなら、やっぱり初めての黒星は私がつけたかったなぁ……」

「あ、天音さん……? ど、どうかされましたか……?」

「ん、なんでもないよ。愛己ちゃんのスイーツ、私も食べてみたいなと思って」

「そ、それならみなさんの分も一緒に作ってきますよ! た、楽しみにしていてください! ……あ、でも真白さんからはお金取ります。七兆円」

「えぇー! なんでうちだけ金取られるんすか! しかも超たけぇ! 横暴っすよ、横暴!」

「ふふふ……。ちょっ、ちょっとしたジョークです……」











 ワイングラスをゆっくりと回しながら、その女性は窓から天を見上げた。そこでは数多の星たちが多種多様に光り輝いている。

 しかしながら、彼女の目に映っているのはそれらだけではなかった。きらめく星々を背景に、彼女はとある一人の男の姿を幻視していたのだ。


「……ようやく見つけたわ。あなたとはいずれまた必ず会えると信じていた。でも、ここまで本当に長かったわね……」


 その言葉には万感の思いが込められていた。彼女以外の人間には決して理解できないような、そんな万感の思いが。


「――もう逃がさない。えぇ、決して、絶対に」


 ぽつりとそう呟くと女性はグラスに口をつける。

 最大級の危機が、今まさに優利の身に訪れようとしていた。

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ヤンデレ・バトルロイヤル 黒髪のシャンクソン @kosoado5108

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