第13話
――十分後。
「さてさて。そろそろ話を聞かせていただきましょうか?」
団子のように寄せ集められた密猟犯を見下ろしながら、ヘレナは高らかに言った。腕を組み胸を張った姿勢は、とても貴族然としいる。密猟犯の六人は、深刻そうな顔で目を伏せていた。
「まずは、仲間はこれで全員ですわね?」
「そうだ」
「では、次に、どうしてこんなことをしでかしたのか聞かせてもらいましょう。そこの貴方。話しなさい」
命令されたのはリネットだった。彼は、ゆっくりと妖精の密猟を始めた理由を話し始めた。
「決まってんだろ。金だよ。……俺たちは、戦争で何もかも失った。家族も、家も、何もかもだ。それでも俺たちは、戦い続けた。なんでか、分かるか?報われると信じてたからさ。戦争に勝ったら、そりゃあいい褒賞があると思ってた。だが、違った。いい思いをしたのは、一部の商人と南部の貴族連中だけだ。帰ってきても、街はボロボロで、いい仕事だって言われた石切場も、朝から晩までヘトヘトニなりながら働いて、もらえるのが、数日分の生活費だけだ。こんなの、やってられねぇよ!!……なぁ!軍人さん!あんたらなら分かんないんだろうな!いい様に使われて、捨てられた民兵の気持ちなんてよ!」
リネットの言葉は真に迫るものがあった。なによりも、彼の主張に共感する部分が多かった。
戦争の最大の被害者は彼らなのかもしれない。突然、国から戦争へ行くように命令され、強制的に戦わせられる。暗澹とした闇の中を、導も無しに、ただただ走り続けるのはさぞかし苦痛だっただろう。報酬を期待してしまうのは、人間の性だ。ニックが話していた、最近になって辞めた若い連中というのは彼らの事だったようだ。
「貴方たちの言い分は、分かりましたわ。ですが、それでも罪を犯してよい理由にはなりませんの」
ヘレナは高圧的な姿勢を貫く。軍人としては正しい姿と言える。
密猟の罪は重い。少なくとも、三年は牢屋から出ることはできないだろう。下手をすれば、五年、いや、もっと長い時を過ごさなくてはいけないかもしれない。
「ヘレナ。ちょっといいか?」
声を掛けたのは、ジルクニフだった。
「どうかなさいまいて?」
ヘレナが聞き返すと、ジルクニフは言う。
「彼らを見逃してやってくれ」
エイラは目を丸くして、当惑した。リネットたちも同様の表情を浮かべた。
「冗談ですわよね?私に、罪を見逃せと?」
「その通りだ」
「理由をお聞かせ願います?」
「戦争の所為で、多くの若者が死んだ。この街に彼らが必要だ」
「そんな理由で?認められるはずがありませんわ!」
「第一に証拠がない。捕まえても、直ぐに釈放になるだろう」
「とんだ戯言ですわ・証拠ならあります。彼らの証言を私は確かにこの目で見ましたし、彼らの行動を見ました。軍人の現認は証拠として認められますの」
「意見が食い違った場合は違う。俺は、全く逆の証言をするだろう。ヘレナ・プレスコット少尉の言っていることは、間違いです、と」
ヘレナは、眉を顰めて、怪訝な表情を浮かべる。
「どのような、おつもりなのですか?貴方は彼らを捕まえるために、この森まで足を運んだのではなくて?」
ヘレナと同じ感想をエイラも抱いていた。どうして、彼らを見逃せなどと言うのか。
「勘違いだ。俺は、怪奇現象の原因を突き止めて、それを解消してほしいと頼まれている。その依頼は、既に達成された」
「尚更、変ですわ。彼らが捕まろうが、どうなろうが貴方には関係無いのではなくて」
「ああ、関係ない。これは個人的な思想だ。だが、君が彼らを逮捕しようとするなら、俺が、それを阻止する」
「どうしてそこまで?シュルト人であるあなたが、どうしてそこまで彼らの肩を持つのです?」
ジルクニフは、その質問に答えようとはしなかった。
その時。エイラの視界を、光の粒が横切った。泉に居た妖精だ。その妖精はひらりひらりと、風に舞い、ジルクニフの顔の前でピタリと止まった。丁寧にジルクニフに向かった頭を垂れる。
「神の子らよ。感謝します。あなた方のお陰で、私たちは救われました」
エイラは、立ち上がり妖精の近くへ寄った。まるで精巧な人形のようなだ。十センチ程度の体躯に比べ、非常に長い半透明の羽。図鑑などでは見たことがあったが、実物は、その想像を超えて美しい姿だった。
「ねぇ、神の子ってどういうこと?」
エイラが尋ねると、妖精は柔和な笑みを浮かべ、
「我々は、神によって想像されました。ですから、我々は皆、神の御子なのです」
「そ、そうなのね」
妖精などの有語族と人間の考えた方は大きく違う。全く違う言語を話している族も多いし、文化も、価値観も様々だ。
「どうして、逃げようとしないんだ?自逃げようと思えばできただろ?」
ジルクニフが言うと、妖精は首を横に振った。
「我々は、あるがままを生きるています。それは、摂理だからです。人間たちが、私たちを捕えようとするのならば、それは神がお許しになった事。私たちは、それに抗うことは致しません」
「不思議な価値観を持っているんだな」
「不思議ではありません。そうするようにと、神がお決めになったのです。神は、人間たちが妖精を捕らえることを許し、そして、それを同じ人間が妨げる事もお許しになった。これが摂理。我々が生きる原則なのです」
「難しくてよくわかんないけど、今回の件で、怒ってはないって事?」エイラが尋ねると、妖精は頷く。
「そのように、受け取っていただいて構いません」
「だってよ、ヘレナ。妖精たちが怒ってないなら、彼らも許してあげれば?」
ヘレナはいかり肩を下ろし、それから、はーっと大きなため息を吐いた。
「分かりましたわ。今回は見逃しましょう。ですが、一度きり。それも、貸しにさせてもらいます。何かあった時に、私に力を貸すと約束なさい」
「ああ」
「まったく、貴方達の所為で、言い訳を考えなくてはいけなくてよ。なんて、上に報告すればいいか……」
「それなら、俺にアイデアがある?」ジルクニフは、言葉を区切り、リネットたちの方を見て、「お前ら、捕まえた妖精はどうしてたんだ?」
「大半は、≪南部≫の貴族に売った。売れ残ったやつは闇市へ流したよ」
「その貴族の名前は?」
「さあな。取引は、代理人を通じてだった。だが、そいつの名前は分かるぜ」
「聞いたかヘレナ。その代理人を調べるといい。趣味の悪い貴族が一人が釣れるだろう」
「そんなうまくいくかしら?」
「リネットたちを通じて、上玉の妖精を捕まえたから取引したいと言って、おびき出せばいい」
「なるほど。分かりましたわ」
それを聞いて、ジルクニフはリネットたちの縄を解く。アベルは立ち上がると、腑に落ちない様子で言う。
「本当にいいのか?見逃しても」
「もちろん。ただ、条件がある」
それを聞いて、アベルは生唾を飲み込んだ。
「石切場に戻って働くことだ」
「そんなことでいいのか?」
「ああ」
ジルクニフは短く答えた。
「恩に着るよ」
そういって、アベルはジルクニフと握手を交わす。その時の、ジルクニフの表情はどこか満足気だった。
段々と、ジルクニフ・リンストンという男の事が分かってきたような気がした。初めは、全くと言っていいほど何を考えているのか、分からなかった。心がないのだろうか、とも疑った。今にしたって、その喋り方や言葉選びからは、何も伝わってこない。
――もう少し、この人の事を知りたい。
そんなことを、思うようになっていた。
英雄のおつかい 坂町 東 @azumasaka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。英雄のおつかいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます