4:お姉ちゃんに襲撃されたぼく

「ねぇ御幸くん、起きて、起きて~」

「うぅ、ん……」

「あぁっ、うぅんだなんて、可愛いんだから~、も~」


 朝の日差しに負けないくらいのぽわぽわとした声に誘われて、御幸は重たい目蓋をしぱしぱと――、


「あぁっ、可愛いぃ~っ」

「ふぐぅモガぁっ!」


 起きようとしたら柔らかく圧倒的なボリュームに包まれて永眠させられかけた。何を言っているか分からねーとは思うが、頭がどうにかなりそうなくらいの柔らかさとボリュームで、母性とはある種凶器になるのだと心底にワカラせられた。

 本当に何を言っっているの分からなかった。


「む、むぐぅ……ぴくぴく」

「はぁっ、堪能したわ~、おはよう、御幸くん」


 永遠にお休みなさい、と答えそうになったが、辛うじて踏みとどまることが出来た。


「ぶはぁっ、ぜはぁっ、ぜはぁっ……はぁっ、ど、どうして生徒会長が此処に……」

「こら~、お嫁さんのことをそんな風に呼ばないの~、私を呼ぶのなら、ちゃんと名前か、それか~、お前、って呼ぶのも良いかも知れないわね~」

「せ、生徒会ちょ……」

「んっ」


 と、そう呼ぼうとしたらまひるは両手を広げて御幸を捕まえようとしてきた。そこに用意されているのは制服に包まれたたわわである。

 待って!? この人おっぱいを自然に脅迫道具に使ってるっ!?


「……ま、まひる……さん」

「むぅ~、でも、その方がなんだかキュンキュンクるかも知れないわ~」


 そう言っていったい彼女は何処を押さえているのだろうか。……おへそ、だろうか?

 深く考えない方が良さそうな気がした。


「そ、それで、どうしてまひるさんが此処に……」

「え~、お嫁さんが旦那様を起こしに来るのは当たり前でしょ~、お義母様の了解も取ってあるし~」

「え、えぇえ……」


 すでに外堀は埋められていたらしい。


 ――ぼく、まだ囲われることを了承してな……、


「ちゃんと五人揃って挨拶もしたんだから~」

「逃げ場なしっ!?」


 どうやらお嫁さん(自称)五人の共同作業であったらしい。


「それでね~、今日は私の担当なの~」

「そ、そうなんですか」

「そうなの~」


 と思わず和んでしまいそうな口調ではあったが、御幸は此処が自分の部屋で、そこにあろうことかまひるような美少女がいることに気が付いてきた。

 なんなら彼女の柔らかさだって、甘い匂いだって……、


「ぅ……、」御幸はもぞりとベッドの中で身じろいで、「じゃあ、起きるので、まひるさんは一度部屋の外に出ていただけると……」

「え~、どうして~? そのままベッドから出れば良いのに~」

「ど、どうしてって、いや、ちょっと起きたばかりなので、諸事情があると言いますか……」


 たとえ生理現象であっても言える筈がない。

 すると、


「ははぁ~ん」


 と。

 まひるはその糸目を薄らと開けて、口は三日月、はっきりいって美少女でも朝っぱらから見たい顔では決してない。


 ぞわり、


 と御幸の背筋には寒いモノが奔っていた。


「大丈夫だよ~、立派だったから。まさか御幸くんにあんな……私の方が大丈夫じゃないかも~、でも私、頑張るから~、きゃっ🖤」

「なっ、なぁあああっ!?」


 ツッコむどころか二の句が継げぬ。


「じゃあ、着替えたら下りておいで~、それとも、お手伝い、す・る?」

「結構ですっ!」

「残念~、じゃあそれはまた今度だね~」


 ひらひらと手を振って、制服のスカートを翻して去ってゆく彼女。


「起きましたよ~、お義母様~」

「ありがとうね、まひるちゃん。まひるちゃんのような娘が出来て、私嬉しいわ」

「いえいえそれほどでも~」


 外堀どころかすでに本丸にまで攻め込まれていた。


 ――うぅう、ここから覆せる気が全くないよ……。


 御幸は朝からがっくりと肩を落とすのであった。



 まひるも手伝ったと言う朝食ををいただいて、

『良いわね、御幸、これからずっとまひるちゃんのご飯を食べられるのよ。あら、まひるちゃんだけじゃなくって、他にも四人いるのよね。まさか御幸に奥さんが五人も出来るだなんて、お母さん鼻が高いわ~』


『ははっ』

 朝食中に思わず甲高い声が出てしまった御幸である。


 共に登校することになった。

 一緒に歩いていれば視線が向けられた。

 手だって――なんなら恋人結びで繋いでいた。


「まさか、あいつ生徒会長と……?」

「くそっ、俺、生徒会長狙ってたのに……」

「いやいやお前には無理だから」

「生徒会長、あんな可愛い子と……羨ましい」

「姉ショタ! 姉ショタ!」


 視線の種類に幅がありすぎた。


 ――ぼくは高校一年生なんだけどなぁ……。


 確かに生徒会長である彼女は三年であり、雰囲気的にもお姉ちゃんと言った風情だが、ショタという言葉は認められぬ。だが、それを言えば頭に合法を付けて叫ばれるに違いない。

 いと深き人間の業である。


「……はぁ」

「御幸くん、私と一緒にいるの、嫌~?」


 御幸が溜め息を吐けば、まひるが声を掛けて来た。


「いっ、いえっ、違います。これはまた別のことです。まひるさんと一緒にいることは決して嫌ではなく……」

「そう? それなら良いのだけど~、ギュッて、しておく~」


 そう言って御幸を引き寄せようとしてくるまひる。

 確かにそれは男として嬉しくはあったが、今の御幸にはそれは母性よりも凶器として受け取られていた。


「ひ、人目もありますし……」

「そ。それじゃあ、皆に内緒で、ね?」

「ぅぐ」

「ふふっ、御幸くんの、エッチ~」

「うぅうっ!」


 どの口が言うのか、と言う話ではあったが、凶器として見てはいても母性には違いない。見た目は可愛くとも立派な高校一年生男子としては、完全に断ってしまえば沽券に関わる。

 それすら見通していそうなお姉さんの糸目である。


 と、彼女はそっと声を潜めて、


「それで~、御幸くんは~、エッチなお姉さんは、嫌い?」

「うぇえっ!?」


 素っ頓狂な声を上げた御幸に、まひるは柔らかく微笑んでいる。


「あのっ、えっと……」

「好きか大好きかと言ったらどっち~? 私は御幸くんのこと、大好きだけどな~」


「……ぅ、えっと……」有無を言わさぬお姉ちゃんの糸目には、イエス以外の選択肢がないことにいつの間にか気付けない。


「……大、好きです……」

「ふふっ、良かった~、じゃあ、御幸くんに大好きで居て貰えるように、頑張るね~」


 むぎゅっ、と。

 まひるお姉さんは御幸を適度に抱き締めると、すぐに離してしまった。


 ちょうど柔らかさと安心感だけが味わえる抱き加減で、離れてしまうと寂しさが去来してしまう。


「ふふっ、もっと、抱き締めて欲しい~?」

「……あ、後で、お願いします」

「ふふっ、お願いされました~」


 飴と、飴によく似た鞭で躾けられる御幸であった。

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